第75話 過去についての尋問
虻頼が虻輝達を呼びつけている同じ時間に、
三浦は知美から獄門会について聞き出そうとしていた。
「島村さん。わざわざおいでいただいてありがとうございます」
「いえ、私に協力できることでしたら、何でも言わせてください」
正直なところ全てを言うつもりはありませんが、“それっぽい事”を答えて時間を凌ぐとしましょう。
「これを知っているかな? まぁ、簡単に言うと嘘発見器なんだ。
……出来れば正直にすべて答えて欲しい」
まるで私の心を見透かしたかのように、三浦さんが小さい機械を取り出しました。
「は、はい」
「ははは、緊張しなくていいよ。嘘だとしてもそれだけで罰するということは無いからね」
ただ、『内容次第では罰することもある』と言うことの裏返しでもあります。
それを最初に言ってくるとは三浦さんもやはり只者では無いです。
「ではお願いします」
私は声を出しながら肩の力を抜きました。
「獄門会は東北地方以外の練習を行う道場においても我々に捕捉されないように工夫をしているですけど、一体どう言う工夫をされていたの?」
なるほど、そう言うことを聞いてきますか。
「私の知る限りでは、3カ月に1回ぐらいのペースで集会する場所を変えていました。借りる担当者を変えることによって責任者による分析されることも避けていたようです」
これは真実です。次はだれを代表にするか? どれだけ虻利家は知っているか? など綿密に打ち合わせていました。
「なるほど……上手い事AIアルゴリズムを掻い潜っていたわけですか……」
三浦さんは目を瞑りながら頷きました。
メモを取らないのは私の話はどこかにデータとして取られているからでしょう。
「獄門会のミナと言う子とは昨日の夜から会っていたようですけど? 一体どう言う話をしていたんですか?」
……ミナが来ていたことは承知済みだったということですか。
つまり、私は最初から試されていたということでしょう。
「ミナには私に獄門会へ戻ってきて欲しかったようです。
私と皆は寝食を共にするほどの仲で、ほとんど一緒に生活していましたから」
嘘を吐くことはリスクしか無いように感じたので、とりあえずはありのままのことを話すことにしました。
「なるほどね。島村さんはミナさんに誘われた時にどのようなことを感じたのかな?」
「私も流石に旧友の誘いに乗ろうかと一瞬迷ったのですが、
私は今の生活の方が大事に思えました」
「具体的に今の生活のどういうところが大事に思えたのですか?」
「玲子さんは私の尊敬する人です。
その妹のまどかちゃんもとても優しくて私に無い明るさを持っています。
この2人を差し置いてまで戻ることは何だか忍びない気持ちになったんです」
これも全く嘘ではないことです。
「なるほど……確かに玲子さんは少し特殊な発想をお持ちのお方のようですね。
虻輝様も少し感化されているようで、少し問題となっています」
三浦さんは30代後半と言う感じの優しそうな感じの人です。
しかし、やはりあの虻成の警備部長を務めるだけの人間ですから、『虻利家の価値観』に完全に取り込まれているのでしょう。
「あの……玲子さんの考え方はいわゆる“危険思想”なのでしょうか?
修正していく必要があるのでしょうか?」
私はモヤモヤした状態が嫌なので思い切って聞いてみることにしました。
「うーん、この国を良くしたいという気持ちは我々も同じです。
しかし、玲子さんは『虻利家を根本から変える』と言ったモノですからね。
虻頼様達から見れば“挑戦“と捉えられてもおかしくは無い訳です」
「な、なるほど……」
「ですが、まだ玲子さんは具体的な行動を起こしていませんからね。
計画性みたいなものも未だに我々も捉えきれていませんから“野放し“と言った形になっているんだと思います。
結局のところ、虻利家を好印象のイメージを作り出しているのも玲子さんの会社のお陰でもありますからね」
「なるほど……」
虻利家の功利主義に助けられているということですね。
玲子さんのことですから誰にも言えない秘密の作戦があるのだと思います。
私やまどかちゃんにもきっと言えない事なのでしょう……。
そんな風に思索に耽っていた時に遠くから、とんでもないグシャ―! と言う轟音が聞こえてきました。先ほどの崖崩れの音にも引けを取らないほどの音でした……。
「な、何が……今、虻成様と連絡をしてみます。
ご無事ですか? あ――藤田が。そうでしたか……。ええ、申し訳ないです。いえ、私の責任でもありますので」
何やらコスモニューロンで三浦さんが連絡を取っているようです。
「一体何があったんですか?」
何やら不吉な予感がします。
「……あまり言いたくは無いのですが、今回の担当責任者である藤田が“処刑”されたようです」
「えっ……亡くなったということでしょうか?」
「ええ……今回の一件の責任を取ったということです」
「責任を……そうなんですね……」
「今回の損失は1兆円とも2兆円とも言われています。
そんな中、1人の人間が支払うことは出来ませんからね」
正直言ってかなり驚きました。確かに藤田さんの失態だったのかもしれませんがいくら何でも殺されてしまうことは無いのでは?
藤田さんの気の弱そうな顔が浮かびました。あの人が亡くなったなんて何だか信じられない気もします。
……ただ、私には反論する権利はありませんし、言うことで不利になる可能性しかありません。
「命で損害を支払ったということなんですね……」
「ええ、そうなります。島村さんもお気を付けくださいね」
何に気を付けろというのか言われなくても理解しました……。
「はい……」
「さて、質問に戻りますね。獄門会の目的は何かご存知ですか?」
「私の知る限りでは虻利家の打倒だと思います。まさしく先程の話の危険思想に近いですね」
「ほぅ……やっぱりそうでしたか。ちなみに島村さんはそれについてどう思われましたか?」
「当時は比較的には賛同していました。虻成さんを本格的に殺そうとしていましたから……。
ですが今は違いますね。虻利家も日本においては震災復興以降では多大な貢献をしていることも事実ですし、海外にとっては驚異的な存在であることは間違いないですから」
嘘を吐いても仕方ないので正直に話しました。
「なるほど……確かに世界的に見たら圧倒的な存在ですからね虻利家は。
転覆してしまっては更なる混乱が生じる可能性はあります。
また、虻頼様や大王様は少々変わったお方ではありますが、人間をより良くしようと考えておられることには変わりありません」
三浦さんはそうは言いましたが、人体実験をして犠牲者を増やすと言ったやり方は賛同できません……。
また「人間半神化計画」と言うのも何だか胡散臭い感じがして未だに狙いが分かりません……。
虻利家が国民を支配しやすくするための作戦の一環なのではないかと思ってしまいます。
「そうみたいですね。少なくとも虻成さんからはそのように感じました。
母を殺したことはまだ許したわけではありませんが」
三浦さんは少し驚いた顔をしました。恐らくは思い切って本音を話したからでしょう。
「実は次にそれを聞こうと思っていたところなのです。そんなにも素直に話されてしまうと少し困りますね」
三浦さんは苦笑しながら話しました。
「生き残った父や弟ともバラバラになってしまいましたから……。ほとんど天涯孤独も同然です」
「それでは、ご家族についてお聞きしようかな?」
「私の家は剣術の道場をしていました。当時の年収はとても低かったようなのですが、
私は家族みんなが顔を揃えてお母さんが作ってくれる料理を食べているだけで幸せでした」
当時のことを思い出すだけで思わず涙が出てきました。
持っていたハンカチで涙を拭いていたのを三浦さんは無言で待っていてくれました。
「弟は私も母も目の中に入れても痛くないぐらい可愛くて――今はどうしているんでしょうか?
今はもう高校生になったぐらいだと思うんですけど……」
「弟さんは施設から逃げ出してどこかにか消えてしまったようだね……。
我々の調査からすらも逃れているのだから余程うまく逃れたのでしょう」
若しくは既に死んでいるのかもしれませんが……。
「お父さんも行方が分からないんです……どうしてしまったのでしょうか……。
す、済みません。お見苦しいところをお見せしてしまって……」
「いえ、心中お察しします。お二人の身元について獄門会が身元の隠蔽に協力していたという可能性は?」
「私は分かりませんが、その可能性はあると思います。なるべく拠点を長期間構え無い程慎重でしたからね……」
「――なるほど、色々と聞けて良かったです。
ほとんど嘘の情報も無いという判定だったし、本当に協力的で助かったよ
また、何かあったらこういう形の質問をするかもしれないからその時はよろしくね」
「はい、分かりました」
本当のことを言ったのですが少なからず緊張があったのでとても良かったです。
何か常に採点されているような感じがしてとても居心地が悪かったので……。
三浦さんは何かペンダントのようなものを取り出しました。
「本当ならコスモニューロンに個人認証が可能だからほとんどの人は持っていないのだけど
――島村さんは脳に埋め込むのに抵抗感があるとか。ですから個人認証ペンダントを発行しました。
その代わりに無くさないように善処して下さい。再発行にはかなりの手間がかかります。
出来れば、常にお守りみたいに首から下げておいてください。内部の情報はこうやって専用の機械をかざすことによって出てきますから」
三浦さんが機械にペンダントをかざすと、生年月日や経歴など事細かに書いてあります。
なんと、今は虻利邸にて保護観察中とまで書いてあります。
そして、いつ撮ったのかも分からないですが私がニッコリと笑った写真がありました。
「いえ、ペンダントで大丈夫です。色々とご配慮ありがとうございます。
また、何かありましたらその時はよろしくお願いします」
私はペンダントを首から下げ、お辞儀をしてから部屋を去りました。




