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第70話 生死の境

 全く想像だにしていない事だった。

 突然、地面が崩れ去り、空中に放り出されたのだ。

恐らく先程ロボットの部隊が暴れた影響で地盤が更に弱くなったのだろう。


 地上までは30メートルはあるだろう……ああ――これが最期の瞬間か――と思った瞬間上に引っ張られた。


「なっ!」

驚いたことにまさかの島村さんが僕の右腕を取っている――つまり僕は彼女にギリギリのところを助けられたわけだ。


 どうやら地面が崩れたのは僕がいたところだけだったようで、島村さんはどうやら無事だったようだ。

今は島村さんに捕まっている1点を除いて“奈落の底への直通便”に入ろうとしている……。


「しっかりして下さい! 引き揚げますからっ!」

 と島村さんは言うが、どうにもこの態勢を維持するのに精一杯のようだ。

先程突き飛ばした時に島村さんは足の怪我を悪化させた。

上手いこと力を出せないのだろう。


 ゴォーッ! と突風が体を直撃をして煽られる。島村さんの手首を握る力が強まる。


「な、何をしているんだ。このままだと2人とも落ちるぞ! 手を離すんだ!」

 

 勿論僕だって本当は死にたくない……間違いなく手を離されたら死ぬ。

 でも、このままだと地盤が悪くなっている以上、いつ崩れるか分からないので本当に危ない。

 僕だけでなく島村さんまでも死なせるわけにはいかないんだ。


「あなたに死なれると玲子さんに怒られます!」

 島村さんは歯を食いしばって何とか引き上げようとする。


僕の体重は島村さんに比べると恐らくは軽いが、それにしても片足に力が入らない状態だと引き揚げるのは相当難しい。残念だけど僕の命運はここまでのように思えた。


「バカなことを言うなよ……。大丈夫、きっと玲姉も分かってくれるって。

それに、ここで手を離せば自然に復讐が一つ完成するじゃないか。

大丈夫だってここで手を離しても虻利家は君の罪を問わないよ」

 

 せめて島村さんだけは生きていて欲しかった。

 手を離してくれれば彼女は確実に助かる。

 だが、島村さんは更に表情を険しくした。


「あなたには生きて世界を変えてもらう責任があるんですから! 死なせやしません!」


 とっておきの言葉を言ったつもりだが、この様子では島村さんは素直に言うことを聞いてくれそうな感じはない。

 彼女の性格的に、一度決めたことなので意地でも僕を引き上げようとするだろう。

 最悪の事態になる可能性が高いのも顧みずに……。

 

 僕は左手で銃を取り出した。この際だから腕ごと切り離すしかない。

 叩きつけられる衝撃だけでなく腕も死ぬほど痛そうだが、これが最終手段だ……。

 大丈夫、死んだら痛みも関係なくなる……。

 そうだ。痛いのは本当に一瞬だけなんだ……。


「それこそ何をバカなことを……! 止めてください!」

 島村さんが僕の様子を見て何をしようとしているのかを理解したのか、更に手に力を加える。

しかし逆に指が滑っている印象を受ける。汗が出て逆効果なのだろう。

早くしないと……。

 安全装置を解除し、引き金を引こうとする。


 だが、こんな時に限って、玲姉やまどか、そして学生時代過ごした仲間とのこれまでの思い出が蘇ってくる。

 正直迷惑をいっぱいかけたし、下らないこともたくさんしてきた。でもとても楽しかった。

手が震えて狙いが定まらない。視界が涙でボヤケてきた……。


 バリッ! と地面が割れる音がして現実に引き戻された! 何をモタモタしてるんだ。このままだと島村さんも死ぬぞ! 


「さようなら、島村さん。玲姉やまどかにヨロシク言っといて……」

 頭を振って涙を振り払った後、引き金に手をかけた。

 玲姉やまどかもきっと島村さんの代わりに死ぬなら許してくれるだろう……。


「何を勝手なことを! 考え直してください! ――良いことを考えました。一緒に落ちた時は私が電撃の弓を使って衝撃を和らげて見せます!」


「残念だが、それも島村さんが怪我をしている以上は生存可能性は限りなく低い。

 君は生きるべきだ。君は枯山水で見た鳥のように自由に飛び立つべきなんだ……」

 

 僕は引き金を引いた。バーンッ! と言う音がしたが態勢が悪いのか、思ったよりも横に逸れていった。


「私をトラウマにするつもりですか!? あなたにこういう形で死なれたらもう立ち直れませんよっ!」

 島村さんの顔をこれ以上見てしまうと心が動かされてしまうかもしれない。

 深呼吸をして僕が思う最善の行動をしようと決意した。


「……生きていればきっと立ち直れる。死ねば立ち直る機会すら無いんだよ

 君には僕の遺志を引き継いで頑張って欲しいんだ」

 僕はそう言いながら標準を合わせ直す。

早くしないと自分の銃撃によってまたここの地盤が弱くなっている。

最悪の事態になる可能性はまた上がっているのだ。

こうなると、少し曲がってしまうのならそれも計算に入れたほうが良いのかもしれない。

 

「止めて下さいぃ! こんな形では終わらせませんよ!」

島村さんの裏返った声がすると共に、急にグイっと引き上げられた。


 何が起こったのかと思って島村さんの方をもう一度見た。


「虻輝様! 諦めないで下さい! 俺が今から引き揚げますから!」

 景親が島村さんの後ろから姿が見えた。

どうやら、景親が島村さんの腰のあたりを掴んでいるようだった。


 景親が一気に引き上げた反動で僕は銃を手放してしまった。

銃は奈落の底へ消えていった。グシャリという鈍い音が小さく響く。


 あの銃が僕だったかと思うと流石に血の気が引いた。

さっきまで島村さんを救うために死ぬ覚悟だったはずなのになんとも情けない話だ……。


「いやぁ、危なかったですな。戦闘も敵が撤退したので落ち着きましたので虻輝様を探していたら大変なことになっているじゃないですか!」

 

 ガハハハと景親が笑う。気が付けば周りに敵がいない。ここが安全地帯になっている。

死をも覚悟したのに……アレは一体全体何だったのか? と思えるほど実にあっさりと引き上げられた。景親のパワーが凄すぎた……。


「いやぁ、まさしく生死の境にいたね。

 島村さんが怪我をしていてちょっと引き上げてもらうのが厳しそうだったんで思わず自殺しようとしてたよ。

 それにしても地面の感触がこんなにも素晴らしいとは思わなかったね。

 あと景親が10秒も遅ければ人生終了してたね(笑)」

 笑い事では無いのだが、笑いごとにしないといけないような物々しい雰囲気が漂っていた。

 自分でも嫌になるぐらい饒舌になっている。


「全く……最後まで諦めないで下さいよ。流石に肝が冷えました……。

それより、ここは危ないです。もうちょっと森の方まで移動しましょう」

 島村さんは半泣き状態になりながら腕や足をほぐしている。

結構負担をかけてしまったんだな……。

 

 皆疲れていたのでゆっくりと森の方へ向かう。

こんなにもここの空気が美味しかったのかと思う程に肺に酸素が行渡っているのが分かる。


「僕はどちらかと言うと、島村さんが救ってくれようとしたことに驚いたね。

そもそも、助けようとしてくれないか敢え無く手を離されるかと思ったよ」


 そして最も意外に思える点は島村さんのことだ

――だが、もう島村さんの中では僕や父上に復讐することに対してはある程度は“ケジメ”のようなものが付いているのかもしれない。


そうなると島村さんが泣くほど悩んでいたことというのは「旧友と戦うことになること」だったのかもしれない。


「……玲子さんから言われていましたから。

それに、身を挺して私を助けてくれようとした時に少しあなたの見方が変わりました。

 私のお母さんの最期もそうだったから……だから死んで欲しくないって思いました」

 

 島村さんは目を潤ませながらそう語った。島村さんの家族のことを考えると心中察する……。


「僕は君のお母さんのように素晴らしい人じゃないよ。

自分の自己満足のためにこれまでの自分の罪を見て見ぬふりをして偽善で塗り固めているんだ……」


「最初は玲子さんがあなたのことを「リーダーに相応しい人」と言っていたのは正直抵抗感がありました。

 ですが、冷静な分析力で判断を下していくのは確かに凄いですよね。

 それが自分の命を棄てるという結論だとしても……」


「まぁ、プロゲーマーって言うのは局面を瞬時に分析して速攻で最適解を叩き出さないといけないからね。

 ある意味職業病に近いモノなんだよ(笑)」

 特に瞬間で判断しなくてはいけない際はもう考える余裕が無いから“感覚“に任せているだけだがね……。


「ですが、命は簡単には捨てないで下さい。本当に皆が困りますし悲しみますから……」

 島村さんはさっきから目線は地面に向けているが、当初のような恐ろしい殺気は感じない。

 最悪の関係からは脱したと言って良い――のだろうか? 

 

「これからもそう言ってもらえるように、やれることをやって行くよ。

 小さいことかもしれないけどね……」


 いや、まだ安易にそう判断していいとは思わないほうが良いだろう。

 信頼を築くのは相当努力が必要だが、崩れる時は一瞬だから……。


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