第7話 技術の代償
「そもそもいまだに書庫に保管している理由はご存じでしょうか?」
黙々と大王が開錠作業をしながらそんな質問をしてきた。
ここは地下20階。ご隠居の部屋に匹敵するセキュリティが施されている。
ただし先ほどと違うのは人を介したセキュリティシステムはないことだ。いかに他人を介することを拒んでいるかがわかる。僕もこの書庫がこんなところにあることを今日初めて知ったほどだ。
「いや、分からん。デジタル化する前からのデータがあるから……とか?」
「違いますな。スキャンすればデジタル化することは直ぐに出来ます。かつては本の背表紙を取り、分化してから1ページ1ページを機械にかけることが主流でした。今の技術ですと本を分解せずとも赤外線のみで本も傷むことは無いです」
「んー、今のが違うのなら見当もつかないな」
「答えはデーターベースとして保存しておくとハッキングされる恐れがあるからです」
「え……虻利のセキュリティが突破されるとは思えんが。これほどのセキュリティだと僕レベルだとハッキングしようとも思わないね」
プロゲーマーとしてゲーム内キャラを脳のデバイスで操作するという行動は並の人間ではできない技術を僕は持っている。
それを利用して上手いことデータを改竄しているわけだが、虻利のセキュリティ能力は抜きんでており僕も管理者権限が与えられていなければ到底太刀打ちできないレベルだ。
「現状では確かにそうです。しかし、ハッカーというのも手強いですからね。
今はAIの開錠などもありますから時間を与えてしまうと突破されるリスクというのは付きまといます。
そこで、物理的にこうして隔離することが大事になってくるわけです」
実際にここでは外部との連絡が遮断されているようで、コスモニューロンのネットワーク接続すらすることができない。
だからご隠居の住まいよりも更に地下空間に保管しているのか……。
「ああ、なるほど。ゲーム業界でも不正をする奴らが謎の進歩を続けてルールを掻い潜ってくるからな。
それに対して運営側も新しい技術を開発したり、防御対策をするのとでいたちごっこしているのと同じことだな。
eスポーツでは大きな賞金の出る大会では必ずオフラインでの観客を呼んでの公開形式になっているからね。
そのほうが不正が見つかりやすいんで、不正は無いも同然だ」
ふと、自分の業界に置き換えたら一気に納得できた。
「そういうことです。本当はAIにすら探索されないような絶海のサーバーができれば良いんですがね。この点については今後の課題になってきそうです」
「因みに秘具についても似たようなところに保管してあるのか?」
「ええ、この本社ではありませんが虻利家の厳重な管理の下で保管してあります。あの2つについては扱うのが難しかったのです。虻頼様のお力でようやく力を鎮め。私が封印しました。あの2つが力を発揮し続ければ地球ごと消滅します」
サラリと大王が言ったが秘具がどれだけ危ないか。そしてご隠居がどれだけ強いかが分かった瞬間だった。
「おっと、話しているうちに、ようやく最後のロックを開錠できたようです」
シルバーの光沢のある扉が開く。ここまで指紋、目の彩紋、パスワード、声紋、IDなど10種類以上の様々な開錠方法を行っていた。
「ふぅ、やっと着いたみたいだな」
パッと大広間にある案内図を見た感じは、カテゴリごとに部屋が分かれていてそれも何室あるかわからないぐらいなのだが、図書館地下にあるどこにでもありそうな資料室みたいな印象で、極秘機密文章が眠っているようには見えない。
「さて、私の持ち時間もそれほどありませんし、主だった大きな出来事だけでも見ていきましょう」
そう言って、更に小さな個室の前のドアに行きパスワードを何かしら入力していた。ここに来るまでも思ったがよくもそんなに覚えていられるものだと感心した。
そこで何冊かの資料を持ってきて机に置いた。
「おかけください。では始めましょうか。いったいどんな人体実験が行われて、そしてどんな成果が出たのかを」
「た、頼む」
僕はゴクリと生唾を飲み込む。大王にも聞こえたぐらいの音だっただろう。ここまでして隠したい情報とはいったい何なのか気にならないはずはない。
だが同時に怖さもあった。見たくないという気持ちもあったのでその2つの気持ちがせめぎ合った。
「まずは飛行自動車に関する事件です。開発実験開始の2038年の初期の段階に起きました。
“宇宙人”の技術によって健康に害のないレベルで強力な電波を地球上に張り巡らせることに成功したわけなのですこの点はご存じですね?」
なお、僕たちは“宇宙人“と呼んではいるのだが、実際のところ本人たちは”上位世界“と呼んでいる。
僕たちが介入できることができないところからの介入という点では間違っていない。
「そうだね。ただ“宇宙人”が何で虻利家を選んだのかについては知らないね。世の中には世界を動かせるだけの一族というのはいくらでも存在するからね」
宇宙人と繋がるまでの虻利家は世界中のどこにでも存在する“ちょっとした金持ち“程度のレベルだったんだから。
確かに2029年の大震災の復興に力を貸した虻利家は一気に日本では台頭したが、世界を裏で操るような名家は世界中どこにでもあったわけだ。
「私も決定的な事は存じないのですが、虻頼様から聞いた話をそのまま話させてもらいますと“虻利家は面白そうだから”ということだそうです」
「あ、そうなの……」
よく分からん奴らはよくわからん理由で選んでしまうんだな……。
まぁ、確かに虻利家ってご隠居様を含めて結構“キャラが濃い“人間が多いがな。
「ご存知の通り“宇宙人”の技術は画期的だったわけです。電磁波とゼロンスステッキから抽出した反重力原子を上手く利用して飛行しています」
大王はその反重力原子を取り出すことに成功し、それを実社会に活用しているのだから脱帽する。
「そうらしいな」
大王が僕と向かい合って座り持っている資料を開きながら説明してくれる。その文章は何語で書いてあるかわからない。
もしかしたら、何かの暗号で記載されているのかもしれない。何重にも警戒された極限の機密であることがここからもわかる。
「しかし、反重力を利用した飛行自動車での動物実験から人体実験に移行した際に想定していないことが起きました」
「い、一体何が……」
大王が1枚の写真を取り出す。車が見るも無残な姿になってビルに突っ込んでいる写真だ。
「車の装甲が耐え切れずに爆発したのです。人間の電子の量と動物の電子の量に大きな差があったことが原因でした。しかし、これは人間を乗せるまでは分からなかったことです」
大王はこんなにも恐ろしいことをさも科学の授業でもしているかのように淡々と説明している……。
こちとら目の前の写真と事故のシーンを想像しただけで倒れそうになっているというのに……。
「次の事件は脳にコスモニューロンを埋め込んだ際に起きた出来事でした。今は100万分の1の確率で障害が起きる程度でほとんど適応障害は起きません。しかし、最初の2040年の段階ではそんなレベルではありませんでした」
何事もなかったかのように次の資料を取り出してくる。
書いてある言語は相変わらず不明だが図を見ると、脳を切り開いたような気持ち悪い画像があって眼を背けたくなる。意識すら飛びそうになるが、この流れは堪えて聞くしかない。
「どれぐらいの割合で異常なことが起きたんだ?」
「最初の臨床実験では10分の1でした。ついでに脳の神経であるニューロンとCPUを繋ぐ以外にも方法はないか、別の神経と繋いだらどうなるのか? などを実験していきました。
恥ずかしながらいまだに脳の役割の全貌が分かっていないところもありまして、今でも“繋いではいけない神経細胞“がどれなのかが分かっているに過ぎないのです」
ヤバすぎだろ……“ついでに”の内容があまりにも怖すぎる……。
「あ、そうなんだ。それにしても10分の1っていうのは尋常じゃないね……」
「まぁ、障害は大小ありましたが軽度なもので言語障害や記憶障害。
まぁこの程度ならばコスモニューロンのサポートのほうが勝る点も多いでしょう。悪くて全身不随や獣のように暴れまわったというケースもありました。
ここまでくるとまともに人間としての社会復帰は不可能でしょう。第一次実験の人数ですと被験者は5万人に対して軽度の障害は16678人、重度の障害を負ったケースは5325人、死亡者は956人でした」
軽度な障害で3分の1も……今は何気なく当たり前に使っている脳のコスモニューロンで致死率2%とか――それだけの多くの人命が犠牲になっていたのか……。
「この話は以上で次の話に進みたいのですが……顔色がお悪いようですが大丈夫ですか?」
「あ、ああ……続けてくれ」
僕は大王から差し出された水を飲んだ。これも富士山辺りで取れた美味しい天然水とかのはずだがどうにも味がしなかった。