第68話 夢とコンマ1秒の差
景色が先ほどの夢の通りになったと気づいた瞬間に島村さんを見た。
まだ彼女は無事のようだ。何か締まりのない呆然とした表情はしているので少し心配だが……。
「景親、どちらから敵が来ている? この丘は下りられそうか?」
「そ、それが……敵はこの丘を包囲しているようでして。恐らくはどこへ行っても無事には逃げられないかと……」
偵察させた景親に僕は聞いたがその答えに全員に動揺が伝播したのが分かった。僕の顔も相当青ざめていることだろう……。
「皆様ご安心を。こ、こういう時のためにこの前線基地があるのでございます!
直ちに、こちらにロボット部隊を随時急行させましょう。先程使った部隊は既にこちらに向かわせております!」
三浦さんが動揺を収めようと声を張り上げながら発言した。
確かに、先ほどの人間と違わぬ姿のロボット部隊が列をなしてこちらに向かってきているのが分かる。
しかし、三浦さんが話し終わると同時に森の奥の方から爆発が起きた!
全くご安心できない状態であることは間違いない。
「ここは父上と僕とは別々に行動したほうが良いと思う。
虻利家の一門が同時に死亡することの方が一大事だ。
少しでも1人でも生存できる可能性を上げたほうが良い」
易々と死ぬつもりは無いが、最悪の事態に備えたリスク管理をしなければいけない。
「虻輝の言うとおりだ。ここは2手に分かれよう」
父上も僕の意図を察してくれたのか直ぐに同意してくれた。
「そ、それでは虻成様には前線基地の部隊と合流しやすいルートをお願いします」
まぁ、父上が当主なのだしこれは仕方のないことだ。僕は不安しかない状況だが……。
「まどか・景親、頼むぞ。島村さんも……出来れば僕と来て欲しい……」
「うん任しといて!」
「俺の命を懸けても虻輝様をお守りします!」
「……」
まどかや景親は元気のいい返事だ。
島村さんは沈黙したが明確には反対はしないようだった。
父上と島村さんを一緒にしておくよりかはリスクは低いだろう――多分。
「では、虻成様行きましょう。虻輝様も出来るだけ安全なルートをお知らせします」
「分かった、三浦さん。父上を頼むぞ」
「任せてください」
「虻輝も生きてまた会おう!」
「勿論です」
僕に背を向けて安全ルートで父上たちが出発しようとしたその矢先だった。
「虻成! 逃がさんぞ!」
烏の面をつけた男が宙に浮かんで現れる。得体のしれない灰色の翼を持っている。人間でありながら人間でないようにすら見える……。
「な、何者だ!」
「貴様らに名乗る名は無い! 虻成を討ち取れ!」
三浦さんが叫ぶが相手にされない。すかさず、レーザーのような光線の攻撃が飛んできた。
更に前方から亡霊のような影が浮き上がってくる。崖の方は地上から20メートルぐらいはあるのだから完全に浮いている……。
「アワワワワワ……」
先程まで威勢が良かったまどかがまたしても機能不全になっている。
白目を剥きかけており今にも泡を吹いて倒れそうな感じだ……。
何でお化けがそんなにも苦手なんだ……。
「さぁ、我の声に従え! 奴らを殲滅せよ!」
カシャーン! と例の音が鳴り響き僕らに向かって襲い掛かって来る。
「畜生めぇ!」
景親が木刀を振り回して応戦する。父上を含む黒服の一団がジワリジワリと下山を開始し始めていた。
「逃がさん!」
宙に浮かんだ男のレーザー攻撃が父上を襲うが新型ロボット共に森の中に隠れていった。何とか無事に逃げ切ってくれ……。
父上も最後に振り返る時に心配そうな眼差しで僕を見ていたのが頭に残った。
父上が消えた先から入れ替わるようにして味方のロボット部隊が現れる。
先程のように各個粉砕しようと飛び掛かるが、如何せん相手は霊体なのか攻撃が当たっても感触が無いような感じだ。
この間、玲姉が吹き飛ばした奴らとはまた形状が違うのか……それとも玲姉が異次元だったのか……理由は不明だがいずれにせよ苦戦しているのは間違いない。
宙に浮いた男は地面の形状を変えてロボット部隊の足を封じていた。これはかなり厄介だ……。
「ヒョッ! ヒョッ! ヒョッ! 」
例によって亡霊と共に聞こえるこの声が気持ち悪くさせる。
僕は銃を撃って対抗しようとするが、夢の中ではほとんど効果が無かった。
恐らく現実でも大して意味が無いだろうと思い直し、周りを観察しようと思った。
更にあろうことかあの島村さんまでもが一定方向に視線を固定させている。
「ミナ……」
搔き消えるような声で島村さんが呟く。
彼女の視線の先を見ると小さい女の子が立っている。
その女の子はどうやら獄門会の子のようだが――どうにも島村さんと面識があるのかお互いに攻撃しようとしない……。
「危ない!」
父上を逃がすために奮闘していた三浦さんが叫ぶ! そうかこの瞬間が夢の瞬間か! 僕は咄嗟に島村さんを思いっきり突き飛ばす!
思い切りよすぎて島村さんと僕は砂まみれになりながら地面に転がり込む。
だが、こうでもしないと夢の通りの惨劇になってしまう……。
すると間一髪で僕と島村さんのすぐ上を光線が通過していった。
「ご、ゴメン……いきなり突き飛ばして……」
よ、良かった……最悪の事態は防げた。これでどんなに島村さんに怒られても笑顔で受け止められる。
「いえ、私こそよそ見をしてすみません」
島村さんは起き上がると、相変わらず焦点が合っていないような表情で僕に顔を向けた。
し、信じられない……まるで魂が抜けきってしまった「島村さんの抜け殻」のようだ。
「だ、大丈夫? らしくないよ……」
体は僕が突き飛ばした影響で土塗れと言った感じで無事そうだが、
精神状態は全く大丈夫そうに見えなかった。
いっそのこと「何で突き飛ばしたんですか!」とか「もっと他に方法は無かったんですか!」とか罵倒してくれた方が良かった。
こんな魂の抜けた島村さんは見るに堪えなかった。
「あの……ありがとうございます。まさか助けてくれるとは思いませんでした」
「当り前だろ。仲間がピンチになったら助けるよ」
僕が島村さんから嫌われているのは当たり前だが、島村さんも同じように考えているとは思わなかったな……。
「仲間ですか……もう体の方は大丈夫ですから。気にしないで下さい」
相変わらず眼の焦点が合っていない。気にするなと言う方が無理な話だ。
一体、先ほどからの一連の流れで何をショックを受けたのか知らないが相当重症であることは間違いない。
「心の方が大丈夫そうに見えないから聞いてるんだよ」
「……」
何も答えてくれそうにない。これは僕が“答え”を的中させなくては前に進まないだろう。
頭をフル回転させてみて、唯一僕に心当たりがあるとすれば先程の小さい子を呆然と見つめていたことぐらいだ――例え当たっていなくても言ってみることにしよう。