第66話 数値通りの演習
「やっと来たか。何をやってた……」
父上が遅れてきた僕たち3人を見て呆れながら言った。
「そ、その……つい車の中で僕が寝ていたら起きれなくて……」
アハハと周りの黒服たちが笑い何だか和んだ雰囲気になる。完全にネタキャラとして虻利家内でも認知されつつあるのは良い事なのか悪い事なのかは不明である……。
まぁ、この場合は処罰されなくていいからプラスなのかもしれないんだけどやはり複雑な気分だ……。
「全く、しょうがない奴だなお前は……まぁご隠居様が待たれている時に寝坊しなくて良かったな」
「その時は全力で眠気を覚まして時間通りに間に合わせます」
「常にそれぐらい心がけろよ……。さて、皆の者。行くとしよう」
そう父上が言うと、壁の中央にある門が開く。ここからは安全は保障されない。門が開く音が響くと同時に緊張感が体中を駆け巡った。
――そしてついに、戦線の壁を越えた。僕たちを守ってくれていた“万里の長城”の外に今僕たちはいる。
皆が境界線を越えたことを確認すると再び大きな音を立てて門が閉まる。
「あの丘の上から戦局を観察していこう」
「なるほど、あれなら全体を見渡せそうですね」
全体的には比較的平地の地形ではあるが、父上が指した方には全体を見渡せそうな丘があった。
ふぅ……体力的には堪えますな……。こんなこと言うとまた何か言われそうだから口には出さないが(笑)。
しばらく、丘に向かって歩いていくと小さな休憩所が見えるようになった。絶好のポジションだから今回のために作られた休憩所に違いない。
今回のテスト作戦はIDを敢えてつけていないデコイロボット部隊が攻め入った時どういった対処法を取るのかについて実際に見るといったものだった。
出来れば島村さんはここにいて欲しくない感じはあったが、これを乗り越えなければ“市民権”を得ることは難しいだろう。
「何も壁の外に出る必要はないのではないでしょうか……」
「だが、壁の上から見ても分からないことがあるからな」
僕が呟くと父上がすぐさま答えた。まぁ、こういう風に現地調査をするから現地部隊も“手が抜けない”と思ってシステムの管理などを頑張るんだろうけどさ……。
「虻輝様、ご心配なさらず。我々には被害が行かないように識別プログラムもしてありますから」
三浦さんがそう言って説明してくれたが、虻利家の軍事システムについては信頼している。僕が不安なのはそこでは無い。
あくまでも気になるのは島村さんの動向だ。父上から5メートルほど離れているところに彼女は居た。
その島村さんの表情は先ほどからずっと能面を張り付けたかのように無表情になっており逆にそれが怖 い――まぁ、島村さんのバックボーンを知っている身からするとどんな表情をされても正直怖い気がするけどね(笑)。
「虻輝様、三浦から聞きましたぜ。島村を警戒しろってことですな?」
昨日は父上と共に行動していたので、あまり話さなかった景親がそんなことを小声で言ってきた。
「いや、これについてはあんまり大きな声で言いたくないんだけどね。とりあえず島村さんについては、僕が見ておくから景親は森の辺りから敵襲が無いかどうか警戒して欲しい」
景親は僕の言葉をイマイチ納得していない様子だ。
「はぁ……ですが、それでは虻輝様が危険なのでは?」
「まぁ、それはそうかもしれんがどうにも嫌な予感がするんでね。どこかから敵が攻めてこないとも限らない。こういう時に限って相手はやってくるものなんだよ」
嫌な予感と言うのはさっきの夢だ。先程の夢の崖のような場所とは違う気がするが、それにしてもこういう高台だったことは間違いない。
根拠が夢と言うのは何とも言えない感じがあるので理由について景親にも話せないのだが、敵襲があるような気がしてならないのだ……。
「分かりました。ここも近いとはいえ戦線基地の外ですからな。警戒しておきますぜ」
景親はイマイチ納得はしていないようだが素直に言うことを聞いて僕から離れていった。アイツもああしてはいるが、流石に元軍人だ。
周りへの警戒の仕方がやはり“プロ“といった鋭い目つきを辺りに飛ばしながら森の方へ去っていった。確かに敵が大部隊を隠すとしたら森の中だろう。
そんなこんなしているうちに、模擬訓練の時間になった。何だかんだでこの時間に間に合ったので結果オーライだ。
「では開始します!」
担当者が叫びながら何やらスイッチを押した。緊張感が一気に高まる。
開かれた平地から豆粒のような集団が見えたかと思うと、瞬く間のうちにその全容が明らかになる。
昨日の博物館で見たような装甲ロボットがこちらに向かって猛進してきている……。うーん、正確な数は分からないけどその数およそ1000体~2000体だ。
「うわぁ……あんなにズラリといると何だか怖いね……」
まどかが呟いたが、確かに同じフォルムの無機質なロボットがズラっと並んでいるのは僕でも何とも形容しがたい恐怖を覚える。
「集合体恐怖症というものに近いかもしれませんね。密集して隊列を乱さず同じように動いていますから」
島村さんが静かな声でそんなことを言った。
確か、集合体恐怖症とは小さな穴がブツブツ集まる、蜂の巣や蓮の実などを見た際に恐怖心を覚えるものだ。
中には精神科にもかかるほど嫌悪感を抱く人もいるほどとか。
確かに、あのロボットは緻密にプログラムされた同個体のようだからある意味集合体恐怖症を覚えるのも不思議ではない。
「お、隊列がバラけ始めたぞ」
ようやく集合体状態から解除され、5つほどの隊に分かれて壁に向かってくる。中には飛行体制に入ったり土の中に潜る部隊もあった。
こちら側の壁から1キロほどの距離になった頃だろうか?
すると、壁の方からレーザー砲が次々と発射され広範囲の敵が次々と吹き飛んでいく。
その攻撃が終わると続いてロボット部隊が現れる。レーザー砲は連射が難しいのでその間の時間稼ぎも兼ねているのだろう。
「えっ……あれがロボットなの?」
まどかが驚くのも無理はない。無機質な“敵側ロボット”とは違いまさしく“人間そのもの“と言って良い背格好だ。
至近距離でも確実に人間との見分けがつかないのではないだろうか?
「あれは最新型のロボットで、技術の内容については言えませんが、皮膚を移植し細胞を活かすことによりこれまでの弱点であった電磁波による攻撃を遮断することが可能です。
また、ロボットとしての装甲は維持されており“良いところどり”が実現化しています。今回のテストが初めてのお披露目と言うことになります」
三浦さんが説明してくれた。僕も技術的な情報は見聞きしていたが実際に生で見るのは初めてだ。本当に不気味なぐらいに人間に似ている。
恐らく違いは“体重“ぐらいだろう。重量は同じ身長の人間の4倍~5倍ということらしいからな。
それでもジェットエンジンを装填しているので高さ5メートルぐらいまでなら自由に飛行が可能になっている。
翼の生えた人間と思えば地上戦の制圧力は圧倒的だろう。
そのジェットエンジンで飛び回り次々と空中から地上にいる敵ロボットをピンポイントで狙撃していく。
空中に逃げた部隊も瞬く間のうちにやられて行き、地中に潜った部隊は引きずり出されて破壊されていく。
こうして初弾のレーザー攻撃を避けたり、分散したロボットは各個粉砕されていく。
「あ、あっという間だったね……」
「そうですね……」
まどかと島村さんは驚いて目を見張っている。ものの数分で敵側の1000体~2000体ほどいたロボットは全滅した。圧巻の防衛能力だった。
蟻1匹通さないのでは? というような殲滅戦を見せてくれた。




