第64話 最高の胃薬
豪華な朝食が目の前に並べられているが喉を通らない……。口に運んでも吐き出しそうな衝動に襲われるんだから仕方ない。
さっきまで気持ちよく眠れて爽やかな気分でいたはずなのに、三浦さんから銃を渡されたのもあって余裕があった気分は吹き飛ばされた。
自分がどうかすれば最悪の事態を防げるのか――そればかりを考える。だが、僕には何も出来そうなことが見つからない。
せいぜい、僕にできることと言えば島村さんが“行動を起こした”時の弁護の言葉を考えるぐらいだろう。
例えば何だろう? 島村さんのホンの出来心だったんですぅ――絶対許してもらえそうにない。
実は射撃の訓練も計画していて――父上に向かって射撃訓練する奴がどこにいる?
もういっその事、糾弾する側に回るか? ――玲姉とまどかに僕が消される……。
あぁヤバい。まだ何も起きていないし、島村さんは何の起こしていないのに僕が追い詰められてきた……。
「おーい。お兄ちゃん大丈夫か~?」
まどかが気が付けば隣にいた。軽そうな言葉とは裏腹に心配そうに僕を見つめている。周りを見渡すと大広間には僕とまどかしかいない。後はご飯の用意をしてくれていた汎用ロボットが2体いるだけだ。
皆、僕が苦悩に沈んでいる間に朝食をさっさと食べて部屋に戻ったのだ。
「あ、ああ……ちょっと胃が痛くて……」
「……まぁ、分からなくもないけどね。でも大丈夫、知美ちゃんはあたしがいればヘンな気は起こさないと思うし~」
にこぉ~ッという感じで屈託のない笑みを浮かべる。何も考えていないように見えるが、相変わらず察しは良いな。
「調子に乗るなよコイツ~」
まどかの頭を軽く拳でグリグリとする。
「もぉ~! 折角心配してやってんのに~!」
まどかがちょっと抵抗するが笑顔だ。まどかと戯れていたお陰で胃の痛みは消えた。 さっきまで笑えなかったのに自然に笑顔になれたのだ。
「まぁ、心配してもなるようにしかならないよな」
「そうそう、知美ちゃんを信じてあげようよ。だって仲間なんだからさ」
「そもそも島村さんが僕のことを仲間とか思っているか怪しいがな……」
何とも言えない沈黙が落ちた。その分ご飯が進むからまだ良いけど。
正直朝ご飯はこんなに食べたくないが、今日一日大変なことになるかもしれないので、体力は付けておかないとな……。
「それも、分からないでもないけどね……。仮にお兄ちゃんやお姉ちゃんがサイアクの事態になってその相手の家族を許せるかと言われたらあたしも困るもん……」
「やっぱりそうだよな……」
よくよく考えると、僕も父上が島村さんに殺されそうになった時にとんでもないクオリティで動けたのも最悪の事態を防ぎたかったに他ならない。
そして仮に父上があのまま殺されていたら島村さんを滅多刺しにしたかもしれない……。
「ま、あたしとお姉ちゃんがいるから時期に2人も仲良くなれると思うよ。お兄ちゃんは知美ちゃんの胸元が特に好きみたいだけどぉ~」
「う、うるさいな! 昨日は何を言ったか忘れたが、それだけ色気を感じたんだよ……」
うーん、だが本当に島村さんに記憶を吹き飛ばされたのかおぼろげにしかイメージが湧かない。恐ろしい衝撃を頭に受けたのだろう……。ある意味勿体ないことをしてしまった痛い思いだけをしたのだから……。
だが、次は命の灯を吹き飛ばされるかもしれない。命は大事にしないとな……。
「ち、ちなみに……あたしの浴衣姿はちなみにどうだった!?」
「お前の寝間着姿なんて子供の頃から見飽きるほど見ているからなぁ~。色気とか感じるまでも無いかなぁ~」
全くヘンな気を起こさないと言えばウソにはなるが、そんなことを言ったらツケ上がりそうだ。ここはある程度嘘を吐いた方が無難だろう。
「むぅぅぅぅ~~!!!! ヒドイよぉ~! あんまりだよ~!」
また頬をパンパンに膨らませる。それをプシュッと空いた手で潰して楽しむ。
その後、ふと島村さんについて考える。
「出来れば島村さんには昨日庭に止まっていた鳥のように自由に飛び立たせてやりたいけどな。
でも、この地球上どこにも逃げ場は無いんだよな。ほとんどの国家が虻利家を恐れている。何とか折り合いをつけて生きていて欲しいものだがね」
「何かを諦めて生きていかないとダメだよね……。最低でも自由な言論は無いと思った方が良いし……」
「まぁ、何も考えなければ生活はそんなに不自由しないと思うんだけど、いつ不用意なことで特攻局から目を付けられるか分からないからな……」
「あたしの友達で逮捕されたから自分も怖くなって真実を広げる活動を辞めちゃったという子も聞いたことがあるよ……」
「だろうな。人生終わるかもしれないと思ったら辞めちゃうか、国の言う通りの犬になった方が儲かるからね」
「知美ちゃんはその点強いよね。信念はまだあるみたいだからね。お姉ちゃんも凄いし。あたしもしっかりしないと――お兄ちゃんもしっかりしてよねっ! 今後、知美ちゃんがどう動くかはお兄ちゃんの言動次第なんだから!」
「さぁてと! やっと食べ終わった。辛気臭い話は良いから。さっさと着替えようか。部屋に帰るぞ」
誤魔化すようにして味噌汁を手に取り一気に口に流し込んだ。
確かにまどかの言う通り、島村さんは僕がどうするかを見ているだろう。
助けたあの日に約束したんだ。
最後にご飯を口の中に流し込み口の中で咀嚼しながら立ち上がった。
「あー! 待ってよ~! 折角励ましてあげたのにぃ! 急にあたしを置いて立ち上がるな~!」
僕が汎用ロボットに食器を預けた。まどかが必死に追いかけてくるのが分かる。
まどかの方が圧倒的にパワーとしては上になっても、力関係は何となく変わらないのは良かった。
この世の中は内部から気づいた人から変わっていくしかないんだ。そうでもしないと現状を打開することは不可能に近い。どんなに小さい事でも積み重ねていかないとな。
部屋に戻ると島村さんがまた枯山水を眺めていた。何を考えているのか全く不明である。
「ただいま」
「……」
そして完全に無視である。正直2人になった瞬間が一番気が重い。
何を考えているか知らないが、島村さんと別の部屋になれるだけでも緊張の糸を少しほぐせるというものだ。
島村さんを目の前で監視できない分リスクは上がるのだが、そもそも僕も常に島村さんに対して目を光らせていてはまたヘンタイ扱いされてしまう……。
「あの……僕は隣の108号室に移動することなったんで、もうこれで余計な迷惑をかけることは無いかと。それでは……」
聴こえるか聴こえないかぐらいの小声で島村さんに話しかける――というか呟くように話した。出来れば何も対話をしたくない。そそくさと自分のリュックを手にして立ち去ろうとする。
「……あなたに非があるとはいえ、流石に私もやり過ぎました。玲子さんには言わないで下さいね」
どーせ言ったところで、玲姉は島村さんの肩を持ちそうではあるがな……。ましてや思考を読み取られるんだから意味がほとんど無い気がするが。
「ああ、分かったよ。今後は僕も言葉には気を付けるし、ヘンな目で見ないようにするよ……」
中々そう言う感情を表に出さないように抑えるのは大変そうではあるがな……。
だって、島村さんの体のラインが男の欲望を刺激しすぎるんだもん……。そりゃミスコンでも優勝しますわな。
「えー! それより、お兄ちゃん部屋替わっちゃうのっ!?」
トイレに行って居なかったまどかが気が付けば後ろにいた。そういやさっきは話していなかったな。
「まどかも僕と一緒の部屋なんて嫌だろ?」
「え、あ……うん。全然……い、嫌だね……」
何だかスパッと言ってくれないので腑に落ちない返事だがやはり、まどかもそうだった。
まぁ、男と同じ部屋だなんて恋人同士でもなきゃ嫌に決まってるわな。
広々とした部屋なのに昨日も色々と配慮しながらで僕も大変だったし……。
「と言うわけだから2人共昨日は迷惑をかけて済まなかった。後30分もしたら出発するから準備しておいてね。ではまた」
僕はそう言って部屋を立ち去った。何とも言えない空気が残った気がしたのでいち早く立ち去りたかった……。
だが同時に後ろ髪を引かれる思いもあった。僕の勘違いかもしれないのだが……。