第63話 胸に響くプレッシャー
2055年(恒平9年)11月2日火曜日
「ふわぁぁぁぁぁ~」
大欠伸が口から漏れる。寝る前は眠れるか心配していたが。それは全く無用の心配だった(笑)。
疲れていたのもあるけどさぁこんなに眠れるとは思わなかった(笑)。
21時か~ゲームをやりながら寝るか~と思って布団に入って、気が付けば朝だった(笑)。
「お兄ちゃんおはよ。それにしても、暢気だね~。昨晩の記憶もう無くなっちゃったの?」
「おはよ~。え? 何かあったっけ?」
確かに、言われてみると昨日ご飯を食べて以降の記憶は曖昧だ。さっき思い出した記憶は昨日の夜の記憶じゃなくて一昨日の夜の記憶だったような気がする……。
「……都合の悪いことは忘れる素敵な脳味噌をしているんですね」
更によく見るとまどかや島村さんがもう着替えている。僕はそしてそう言われても何も覚えていない。
「お兄ちゃんが、知美ちゃんにヘンタイ発言してそれでぶっ飛ばされたんだよ!」
「あ……そう言うことあったかも……」
まどかに言われて突然殴られたと思われる左頬が痛みだす……湿布のようなものが張られてあった。
確か島村さんの“スタイルがいいね特に胸元の盛り上がりが”とかそれ系統のことを言ったら殴り飛ばされたんだった……。そのシーンはほとんど消えていたので島村さんの宣言通り記憶が消されるほど殴られたようだ(笑)。
そして記憶を勝手に都合よく改変していた(笑)。しかし、殴り飛ばすところまで玲姉を見習わなくていいというのに……。
「お兄ちゃんっ! 思い出したのなら謝るっ!」
まどかが強引に僕を島村さんの前に引っ張り込む。そこで島村さんを下から覗き込むと、涙の跡が見えた。
「いやぁ、泣くほど嫌だったとは知らなかったよ。今後は自重する……。本当にゴメン……」
僕が土下座気味に謝って顔を上げると、島村さんがハッと何かに気づいた表情をした。そして涙の跡を急いでハンカチで拭った。
「全く……だから、こんな人と同じ部屋は嫌だったんですよ」
その時、また不思議な違和感を覚えた。どうにも、島村さんの取ってつけたような言い訳のように感じたのだ。
よくよくその場で考え直してみると、そもそもの話として島村さんがセクハラ発言をされただけで泣くとは思えない。
彼女の性格的に考えて僕を殴ってスカッとするような感じもする。ということは、何か“他の要因“で泣いたということか?
「今度から注意します……」
だが、こうも誤魔化しているということは自分から言ってくれるまで真相は分からないだろう……。とりあえずはひたすら謝るしかない。
「ただでさえ、“親の仇“を前にして不快感が高いのにこの仕打ちは酷いですよね……明日から別の部屋にして欲しいです」
「まぁ……父上か三浦さんに部屋割の変更については言ってみるよ」
ふと思ったのだが、もしかすると島村さんは“親の仇”を目の前にしてもまたしても目的を達成できていないことを嘆いたのかもしれない。
そうなると、今日は想像した以上に父上と島村さんを双方見ておいた方が良いな。今日は特に最前線のところまで行くわけで“どさくさに紛れて”と言うことが一番起きやすい。
「それにしても、ちょっと軽く殴っただけなのに吹き飛んだときは少し焦りましたよ」
「お兄ちゃんは軽いし、受け身も下手そうだからな~。ま、息もありそうだったし、アザにならないように処置しておいたけどさ~」
「悪かったな……まぁ、お陰で昨日は眠れないのではないかと思ったけどよく寝れたよ(笑)」
僕が弱いのもあるけど島村さんが強すぎるんじゃ? とか言ったらまた怒られそうなので自重しておく……。
風呂場で着替えて、部屋で朝食を食べると警備部長の三浦さんの所に向かう。
三浦さんにはとりあえず明日以降の部屋割りの変更の要請と、父上への警戒を強めるように言うつもりだ。
「三浦さん、いらっしゃいますか?」
「虻輝様どうなされました?」
「部屋割についてまどかと島村さんから不満があるようなんだ。僕を明日から別の部屋にして欲しい」
「虻成様からは“虻輝が2人とヨロシクやる”だろうからと言うことをおっしゃっていたので一緒の部屋にしたのですが……」
僕はズルっとバランスを崩した。額が地面のスレスレのところで何とかバランスを取理直せた。
「父上……無意味な配慮だよそれは。そもそも僕と島村さんは絶望的な関係だし。まどかは妹だし……恋愛感情はお互い無いよ」
「確かに、仲のいいお友達と言う印象はいたしました」
両者ともに“友達“とも言えないような気がするが……。
「とにかく、2人からクレームがあるから部屋を替えて欲しいんだ。替えるのは僕だけで良いからさ」
正確には島村さんからしかクレームは無いが、細かいことを言う必要はない。
「分かりました。部屋は変更させましょう――今おられる部屋の隣の108号室です」
まぁ、部屋を替えると言っても大それたことをする必要はない。
僕はほとんど持ち物が無いので僕のコスモニューロンのシステムにおいて入れる部屋を変えるだけの手続きである。
「ありがとう。次に島村さんのことなんだけど……」
今日に関してはかなり危険なのではないかと言うことを提言してみた。
「なるほど……では、後で虻輝様にお渡ししようと思っていた物を先に差し上げましょう」
そう言うと三浦さんから小型の銃を渡される。
「こ……これは……」
一気に手に汗が出てきた……。そういうことを言いたかったわけでは無かったのだが……。
「何、扱いは簡単です。安全装置を解除して打てばすぐに使えますよ。弾は3発ですが当たれば象すらも1発で動けなくなります。反動が凄く少なくて小さいお子さんや女性にも人気のタイプです」
銃身は軽いはずなのに妙に重みを感じる。でも、そうだよな。何だかんだで実力行使をしないと止められない事ってあるよな。
しかし、僕に人を直接殺せるのだろうか? 間接的にはたくさん殺してきたかもしれないけど……。
だが、いざという時は残念だけど付き合いが浅い島村さんよりここまで自由にさせてくれて育ててくれた父上の方が大事なのは当たり前だ。
かなり悲しい現実ではあるけどね……。
「ま、まぁ僕なら3発あれば大丈夫かな。使わないに越したことはないけど」
でも、そう言う悲劇にならないようにするためにお守りを大量に買って、僕の部屋に吊るさせたんだ……本当にこれを使わないに越したことはない。
「護身用だと思って下さい。敵が迫ってくる可能性もありますからね。弾も差し上げましょう」
三浦さんは僕の表情を窺いながら10発ほど入ったケースもくれた。
“もしも“の事態が起きそうになったら島村さんの足を狙おう。また痛いだろうけど説得なども出来る可能性は上がるだろうし……。
「ああ、ありがとう……ちなみに三浦さんは島村さんが父上を襲う確率はどれぐらいだと思う?」
三浦さんに聞いたところでしょうがない感じはあるのだが、気休め程度にでも聞きたかった。
「そうですねぇ……。彼女の殺気はとんでもないものがありましたからね……50%と言うところでしょうか」
「50%ですか……」
まぁ、三浦さんは僕よりも島村さんについて知らないんだから当たり前か……。
だが、僕もどれぐらいの確率かと言われたら50%と答えるかもしれない。
「ご安心ください、警戒は強めておきます。特に彼女は電撃の弓を得意としているそうですから、そもそも虻成様には絶縁物質を持たせております」
それなら少しは安心かもしれない……。
「そうだったのか。杞憂に終わると良いけどね。僕も何とかしたいとは思うけど……」
「ええ、何もない方が良いですね。島村さんにとって生きるか死ぬかの境界線におられますからね」
その言葉は僕の胸にドーンと響いた。島村さんに関してはやはり僕に責任がある。何とかしなければ……僕の身分は何とかなるかもしれないが玲姉に消されることが間違いない……。