第60話 枯山水の鳥
博物館でその後2時間ほど遊べる場所があったのでまどかをボコボコにしてやった。まどかは相次ぐゲームでの敗北で泣きべそをかいていたのを見てスカッとした。
――だが後の反撃が怖そうだが(笑)。
でもさぁ、ある程度手加減しても全くまどかが勝てる気配が無いんだから仕方ないよなぁ~。
まどかは島村さんと戦った方が良い勝負になりそうだが、2人で共同戦線した時以来島村さんは色々な展示物をぼぉーッと眺めているだけだった。
博物館を見学し終えると、父上たちと合流した。父上を視界に捉えると相変わら気を漂わせていた。
さっきよりも深刻な雰囲気で会話をする雰囲気にすらなれ無い程で、ここに来るまで使った装甲車で20分ほど走ると今夜宿泊する旅館に向かった。
宿泊する旅館は日本庭園をいくつも抱える立派なところだ。江戸時代に創業200年の老舗だが、たびたびリノベーションをしているらしい。
ただ、20年ほど前に虻利家が買い上げ、虻利家要人専用の旅館となっている。そして、虻利家専用で使うために地図からは抹消された。他国から狙撃される可能性を下げるためだ。
もっとも、宇宙から衛星から見た場合そう変わっていないのだから、あまり意味のない事ではあると思うが(笑)。
「へぇ~こんな凄い旅館がところが貸し切りだなんて凄いね~」
枯山水の庭園が臨める部屋で障子や畳まで綺麗で高級感がある。昔ながらの椅子や設備も光が綺麗に反射しており、手入れが至る所まで行き届いていると言った印象がある。
「ところで、なんであなたも一緒にいるんですか?」
僕もどう言う訳か知らないがまどかと島村さんと同じ部屋だった……。
「まぁまぁ、もしもお兄ちゃんがヘンな事しようとしたら、あたしがボコボコにするからさ~」
「そもそも僕が意図してこの部屋割をしたわけじゃないからね……命が惜しいので何もするつもりは無いよ……」
ただ、風呂上がりの艶やかな姿など役得で見られるのは何とも今から楽しみだ……。見るだけなら減るものでもないし良いだろう……。
「ヘンな妄想も辞めて下さいね。考えた瞬間に記憶から消すほど殴りますからね」
「は、はい……」
僕の心の声が島村さんに漏れているのか? とても鋭い指摘だ……。ホント、どっちの立場や年齢が上か分からない。本当なら僕が護衛される側の筈なんだけどこの扱いは一体……。
「あ、小鳥さんだ~」
“ヒヨヒヨ”という感じの鳴き声をしながら庭園中央の枯れ木に止まっている。僕達三人は自然と外の縁側のような場所に腰かける。
「あれはヒヨドリじゃないですか?」
「島村さん詳しいんだ?」
「ええ、まあ」
正直少し遠いので詳しいフォルムは肉眼ではよく分からない。
「僕は、鳥の名前なんて何でもいいような気がするけどね。自然さえ感じられればそれで良い気がする」
「ムードを壊す発言をする天才か何かですか?」
「あ、自重します……あ……ちなみにヒヨドリで合ってるみたいだよ」
島村さんの鋭く冷たい視線を前に委縮した。コスモニューロンでスキャンしたら直ちに名前が出た。
「お兄ちゃんはそういうムードとかよく壊すからな~」
そんな話をしていたらヒヨドリは飛び立った。目で追ったが木々が生い茂っている地帯に消えていった。
「鳥は羽があるから良いですね。自由に飛び立てますから」
島村さんがヒヨドリが見えなくなるとふと呟いた。島村さんもどこかに飛び立ちたいのだろうか……。
「知美ちゃんはどこか行きたいところがあるの?」
まどかが僕の代わりに聞いてくれた。僕が聞いても怒らせるだけなので本当に助かる。
「そうですね……誰もが恐怖や抑圧に怯えないところに行きたいですね。出来れば、それを願う人皆で……」
沈黙が落ちた。どこかで先ほどのヒヨドリが遠くで鳴いているのが聞こえる。日が傾き、夕日が部屋の中を照らした。
「この地上にはどこにもそんな場所は存在しない。
それを望むのならば、この世界を変えるしかないね。なるべくそう言う世界にね。
幸せは人それぞれの価値観だと思うけど、悲しみがなるべく少ない社会にしたいね。それが、島村さんを助けた日に誓ったことだから……」
島村さんは僕を無言で見つめる。僕の発言が本当なのかを“審議“しているのだろう……。
「あなたにはあまり期待できなさそうですが、玲子さんは本当に頼りになりますからね」
「そうそう! お姉ちゃんは本当に凄いんだから! お兄ちゃんは足を引っ張らないように訓練してよね!」
毎度の流れにまた行きそうだ……。
「ただ、玲子さんに頼りきりではいざという時困りますからね。今回の一件も玲子さんが来られませんからね。私達も一回りも二回りも強くならなければいけません。あれほど強くなることは中々難しいと思うのですが、せめて少しでも近づきたいです」
「ホントだよね~って! ってお兄ちゃん! どこ行こうとしてるの!」
僕は2人が話している隙を見計らって抜け足差し足で部屋を抜けようとしていたが、まどかに見つかった……。島村さんも気づき、すかさず僕の首根っこを掴んだ。
「うぐっ……敢え無く見つかってしまうとは……」
「本当にどうしようもない人ですね……こんなに弱くて情けないとは思わないんですか?」
島村さんメッチャ指先の力強いね。多少動いただけだと全く抜け出せる感じがしない。流石に弓道を極めているだけのことはある。そして僕の様子をちゃんと観察している感じもあり隙を全く感じさせない。この状況下で逃亡は絶望的だ……。
「いやぁ……多少は思うけどさ。僕の本業では無いというか。ね?」
「ね? じゃないでしょお兄ちゃん……女の子より圧倒的に弱いってさぁ」
「だって、プロゲーマーだよ? 基本的には脳内デバイスか指先さえ動かしていれば良いからさぁ……。そもそもの問題として、玲姉を含む君たち3人が桁違いに強すぎるんだよ。僕が弱い訳じゃないよ」
「それにしても限度があるような気がしますけどね……実際に重い物を少し持っただけで筋肉痛になっているじゃないですか」
「それを言われたらそうなんだけどね……」
実際に最近はそこら中が筋肉痛で、それを軽減するための塗り薬を塗ってから寝ていることで辛うじて生きていると言って良い……。
「お兄ちゃんは薄々感づいていると思うけどさ。今からやること分かってるよね?」
まどかが何かを取り出す。僕は両耳を塞いで目を瞑った。しかし島村さんはそれを察知するとキリキリと首を絞め上げる。
「ぐふぅ……死ぬ……」
「それなら現実を受け止めて下さい。まぁ私としてはここで復讐を一つ果たしても良いですけど」
僕が目を開くと島村さんの眼が据わってる視線が突き刺さるし、バックボーンからして冗談に聞こえないのが怖いわ……。
「お兄ちゃんがサボらないようにってお姉ちゃんがちゃんとノルマを作ってくれたんだよ! 折角だからやろうよ!」
まどかがヒラヒラとノルマ票を見せつける。
「はぁ~。玲姉は流石に抜け目がないな。どこへ行っても訓練かよ……」
僕が観念するとようやく島村さんの締め上げが緩む。あと20秒もやられてたら星が見えるようになっただろう。命が惜しいから仕方ないから従うしかないな……。




