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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第1章 歪んだ世界で生きる者
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第6話 狂気の覇王

社長室とは真逆に地下エレベーターで地下10階まで下がる。この直通エレベーターの時点で複雑なパスワードを入れなければ動くことすらできない。


僕もコスモニューロンで辛うじて機密部門のところで保存してあるデータを引き出して何とかしているという形だ。

 

更に会長室は社長室とは比べ物にならないほどのセキュリティコードを照合して手荷物検査も行われた。


これから国際会議でも開かれるのではないかと言うほどの厳重さだが、ただ単にご隠居様に会うだけの事である。しかし、それだけ1人でも世界から見て価値のある人物とも言えるのだ。


「ッ!」

 バッと部屋の扉が開くと一瞬光で目が眩んでよろけそうになった。ここには何回か来たことがあるが慣れない。


「虻輝様いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

 左右にずらりと並ぶ虻頼親衛隊ともいえる黒服・黒メガネのコスチュームの一団が一斉に頭を下げた。


「皆さん、ご苦労様です」

僕は皆に対して挨拶する。なんだか申し訳ない気持ちになってくる。


これほど、部屋の持ち主本人の性格が出た格好や場所もないだろう。

ご隠居が1日のほとんどを過ごす、通称“王者の間”は金箔の壁と天井、大理石の床。宝石が散りばめられた額縁に入れられた絵画の数々がズラリと並んでいる。


ご隠居の隣には呪いの刀とも呼ばれた名刀村正と金の鎧……本人も時代劇の太閤秀吉のような金の羽織物を身にまとっており虻利の栄華の象徴のような恰好をしている(さすがにちょんまげではないが)。


これほどの贅沢ができるのは、持っている金額の桁が別次元だからだ。

僕だって自慢じゃないけど総資産額100億円以上は軽く持っているが、ご隠居は僕の総資産の桁と比べて5桁以上違うのではないだろうか? 

本人は全く不要だとは思うが、小さい国から数えて半分の国数ぐらいなら国家を買い取れそうな金額だろう。


「よく来たのぅ。もうちょっと近こうよれ」

ご隠居……虻利虻頼が手招きをした。御年68歳で10年前に引退したが依然として虻利の――いや、世界の誰もが意向を無視できない絶対的な存在だ。


巷では“覇王”の2つ名で知られている。声はゆっくりと喋っているがまだまだハリがあり並の人間ならばその声の“圧力”だけで震え上がってしまうほどの凄みや迫力を感じる。


「ははっ」

僕はご隠居から3メートルぐらい離れたとこで跪いた。


「虻成から話は聞いているな? なぁにお前の才能ならば直ぐにでも虻利流を習得できるだろう。それも虻景の体調次第だから何も心配することは無い」


 もう何か決まり切っていることを話している調子なのは気になるが、とりあえずすぐに強制されるわけではないようなのでそこは一安心してよかった――っというかこの時点ですでに自分の意見を言えずに反論できないんだから情けないよな……。


「それよりワシが心配しているのは、お前が“仕事”を苦悩しながらやっているということだ。あの活動は虻利の今後の活動にとって必要不可欠なことじゃ。分かるかの?」


「は、はい」

 僕はこの部屋に入ってからずっと頭を下げたままの体勢でいる。いい加減首が疲れてきた。


「しかし、何も知らぬままでは不満であろう。おい、大王を連れてこい」

 だが、ご隠居の命令に反して大王は現れる気配がない。


「どうした。大王は来ていないのかの?」

 ご隠居は露骨に不機嫌そうなオーラが漂い始めた。僕はとばっちりが来ませんように――と心の中で繰り返し唱え始めた。


「も、申し訳ありません。私の手違いがありましてまだ連絡が取れていないのです」

 黒服の一人が恐る恐る答える。


「そうか。なら制裁じゃ」

 そう言って村正を手に取って抜刀したかと思うとその抜刀の閃光で答えた黒服の右手の指が親指以外4本スパッと吹き飛んだのが目線の端で捉えた。


「え……うぎゃああああああああああ」

 犠牲になった黒服の周辺に鮮血が噴き出し僕の足元まで飛び散った。

犠牲者はこの世のものとは思えない声で悶絶している。


僕に対して比較的優しいご隠居だが、普通の一般人に対しては一つの些細なミスに対してもこのように手厳しい。犠牲者は本当に気の毒だがこれがご隠居のやり方なのだ。


僕はその凄惨な様子をこれ以上見たくないので頭を下げる角度を深くした。

「お主、こっちへ来るのじゃ」

 他の黒服が犠牲になった黒服を運んで行った。医療班だろう、恐らくは治療費を一生払い続けることになるのだ。


科学技術の進歩の最先端、恒平時代の頂点を行くのは虻利家と言って良い。しかしその事実上のトップは昭和の極道の極致を行くというのは何という皮肉だろうか。


「まだ大王は来なさそうだしここで余興と行こうかの。ワシが黒と言えばどんな白色でも黒、白と言えば黒いものでも白じゃ」

 ご隠居はフワッっと欠伸をするとそんなことを突然言い始めた。なんだかとても嫌な予感がする……。


「では、このワシの帯の色は何色かの? ワシは白だと思うがの……」

 僕の後ろに声をかけている印象があるので、恐らく僕にではなくズラリと並んだ黒服たちに聞いているのだろう。確か、帯の色は黒だったはず。恐ろしい問いだ。


「……」

無限にも思える重苦しい沈黙が続く。だがコスモニューロンで時間を見ても1分しか経過していない。

誰もが迂闊に答えれば命が危ないことは分かっており、サッサと終ってくれというのが心の中の共通言語でやり取りをしている。


「答えぬか……おい、アレを持ってこい」

 ご隠居もそれを察してか、何かを持ってこさせる命令をした。


「回答者は1名のみ。正解した場合にはそのスーツケースの中身を全てくれてやろう」

 相変わらず僕は跪いている態勢なので、チラリと視界の端で見た程度だが恐らくは1億円ほどの現金だろう。


今はキャッシュレス化がかなり進んでいるが、こうして欲望を刺激する上ではやはり現金という圧倒的な存在感が欠かせない。

流石に黒服たちも言葉に出さないまでもつばを飲み込み、心では色めきだっているのが分かる。


だがしかし、ご隠居にとっては自身の細胞一つの方が1億円よりも価値が高いと思っているだろう。それだけの資金力がある。

「さぁ、どうかの? 勇気ある者はいるか? 金を手に入れ人生の勝者になれる男はおらんのかの?」


 一気に緊迫した空気に変わる。皆、それまでは付き合いきれないという感じだったのが突然自分のことに変わり、何と答えたらいいか思案しているのだ。


……単純に黒と答えていいのか? それとも先ほど言ったように白などの他の色を答えるか……ご隠居はこうした金にモノを言わせた狂気の祭典を心から愉しむクセみたいなのがある。


「は、はい!」

 どこからか決意を感じる声がする。戦慄が全員から走ったのが分かる。


「そこの前から2番目の奴。答えてみよ」


「し、白であります。先ほどご隠居様がそうおっしゃっていたので……。」

 果たして、彼に待ち受けるのは天国か地獄か……。僕が思うに99%以上の確率で地獄だとは思うが……。


「ククク……外れじゃ。黒いものは黒じゃ。虻輝頭を上げよ」

「はっ」

 見たくないが顔を上げるしかない。怯えた黒服が左に刀を手にし愉悦に歪んだご隠居が右に視界に入った。


「虻輝よ。我が剣技を見せてやる。虻利流抜刀術!」

「ぎぃやあああああ!!!!!」

 答えた黒服の指が空中に舞いダンスした。赤色の血飛沫がそのダンスを彩る。ご隠居の剣技も相まってとても恐ろしい瞬間なのに妙に美しく見えた。


恐らくは何の色を答えても指が飛ばされたに違いない。

 ただ、ご隠居は金を黒服にあげたくなかったわけでは無く、人々の感情が恐怖や希望、そこから絶望へと揺れ動くその瞬間を愉しんでいるんだから本当に恐ろしい……。


「どうだ。虻輝。虻利流を学べばこのように自在に操れるのだ。前向きに考えてくれ」

「は……はぁ」

 技そのものは確かに見惚れるほど素晴らしいものはあった。だが、僕は少なくともこれほどの実力があってもこんなことはしないだろう……。


「いやはや、遅れて申し訳ありません。失礼いたしました。おやおや、また赤く床が汚れておりますな」

 

そうこう言っているうちにヨレヨレの白衣を着て、頭髪は爆発しているものの、整った口髭を生やした男が登場した。


この男は大王成輝は45歳、虻利科学技術局の局長である。“宇宙人”の技術を現実的な物に転化したことで世に知られている。

世間では『発明の申し子』『現代のダヴィンチ』とまで呼ばれるほどの天才発明家である。

第三次世界大戦の日本の勝利、その後の虻利家大躍進に最も貢献したとしてご隠居の片腕と認められた男だ。


「お前の貢献度合いは計り知れない。多少の問題は目をつむろう。それにこちらも今の今まで楽しんでいたからな」

 虻利そのものが究極の成果主義を強調しており、プラスがマイナスを上回るかそこにひたすら尽きる思想形態なのだ……。そしてこの黒服の指が吹き飛ぶのが日常風景なこの空間が“当然”のように受け入れられている事態も異常だ。


「わざわざご多忙な大王氏自らご見参とはどういうおつもりでしょう?」

 大王も様々な研究などでとんでもなく多忙な人間だ。

サポートの研究員や最新鋭のコンピューターも駆使しているのだろうが、それにしても大王が10人いるのではないかと思えるほどの圧倒的な研究実績をミクロの世界から宇宙の世界まで成果を挙げ続けている。


「なぁに、これからワシと虻成と大王の3人のうち誰かが同伴しなければ入ることが許されない部屋に虻輝を連れて行ってもらおうと思ってのう。一番その分野に精通している大王を呼んだまでよ。虻輝に“世界の真実“を教えてやれ」


「なるほど、部下に聞きましたが虻輝様はどうやらお仕事の内容について疑問をお持ちのご様子。そこで、私自ら研究の実情を説明し、ご納得いただこうという訳ですな?」

 大王は蓄えた口髭を触りながら言った。彼の癖である。


「分かりました……」

 恐らくは外部に公開できない研究内容や極秘資料などがそこに結集しているのだろう。見たいような見たくないような微妙な気持ちに襲われた。怖いもの見たさという奴だ。


「突然のことですが虻輝様にお時間はございますかな?」

「ええ、大丈夫です」

 虻利の研究内容に直に触れられる機会はそうそうないし、大王自らの説明とあればどんな人物よりも信頼できる。


大王は科学の発展に対してあらゆる犠牲も厭わないという恐ろしい考えを持つが、その内容に関しては真摯に向き合う姿勢を持ち、噓を吐くとは思えないからだ。


「では虻頼様、虻輝様をお借りします」

「うむ、2人とも帰りは寄る必要はない。達者でな」

「ご隠居様も元気にお過ごしください」

 こうして、大王に連れられて極秘書庫に向かうことになった。

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