第56話 因縁の再会
こうして僕たち一行はとりあえずのところ最初の目的地である、会津前線基地に到着した。島村さんが途中までかなり不機嫌そうだったが、とりあえずは何事も無くて安心した。
この辺りは城下町や市街地だった地域も戦線ということで大分開けた何もない平地となっている。また、センサーなども張り巡らせており敵が現れた場合にはすぐに分かるようになっている。
敵か味方の判定はコスモニューロンなどで“許可“と審査されたIDを持っているかどうかである。島村さんやまどかも足のGPSに”許可”がなされている。
ちなみに今回の3日間の予定を紹介しておく。初日は虻利家の前線軍備配置の確認と説明。2日目は実際に東北戦線基地の外に出て様子を確認する。そして3日目には1日目とは違う部門の視察を行うようだ。つまり、2日目が敵に狙われるかもしれない最大の山場ということになる。
――ただ、島村さんが父上を狙っているリスクは近くにいる限りは常にあると思って良いだろう。足の状態が万全では無さそうだが、殺意が再び湧き上がれば突発的に殺そうとするかもしれない。
また、殺そうとしなくとも獄門会との関わりが残っていることが懸念されることから、スパイとして虻利の情報を流すという可能性も残っている。これは常に島村さんの動きを注意したほうがよさそうだ。
「ふぅ~、空気は美味しいな」
景色は開けていて遠くまで見えて良いし、深呼吸をするとモヤモヤと考えていたことも徐々に晴れてきたような気がする。
ここには初めて来たので、島村さんとまどかは車の更衣室で着替えていたので待ちながら辺りを観察していた。
今回視察する基地は結構堂々と立っているタイプで“いかにも前線です!”という感じの万里の長城のような壁が何百メートルも続いている。見た目は前時代的な壁にしか見えないが、許可IDを持っていない人が範囲内に近づいた際はすかさず自動的なレーザー攻撃、ロボット部隊などが集中放火するらしい。
「2人とも遅いな……」
あの長い黒車にはホテルのように生活できるだけの空間が揃っているからな……。僕のように黒服を用意していなかった2人は借り物を着ようとしている。
「うぅ~ブカブカだよぉ~」
まどかが半ベソになりながら現れた。確かに、指先が辛うじて出ているぐらいで全くもって上下共にサイズが合っていない。
「プフッ! お前のような小さい奴には対応して無いんだよっ! お子様サイズだもんなぁ~」
まどかの頭をポンポンと叩いた。確か、女性の護衛になるためには165センチ以上の身長が無いといけなかった筈だ。つまり、150センチを切っているまどかのサイズはどう考えても無いわけだ。
「むぅぅ~。牛乳たくさん飲んでるもん……」
「まぁ、頑張れよ」
だが、もう17歳だろ。ほとんど伸びることは無いだろうけどな……。あまりにも無慈悲な現実なので言わないでおいてやるけどさ。
「全く、まどかちゃんより遥かに弱いのによくそんな態度が大きくいられますね」
島村さんが気が付けば黒いスーツを着て現れていた。黒い帽子がとてもカッコよくて凛々しいイメージを出しておりとても似合っている。
「うわぁ! 背が高いと似合っていいなぁ!」
まどかが島村さんの周りをくるくると回っている。ただ最近男として見ていて残念なのが、島村さんのあの立派な胸のふくらみが服を玲姉と買いに行ってからよく分かりにくくなっていることだ……。
恐らくは良い下着を買ってあまり圧迫されずに大きく見えない物にしたのだろう。本当ならピシッとしたスーツならふくらみが良く分かりそうなものだが――こんなことが島村さんに伝わったら即座に殺されそうだが……。
「何ですかその眼は……あまりジロジロ見ないで欲しいですね……」
島村さんは相変わらず僕に対しては親の仇を見るような眼で貫く。実際に今ヘンタイみたいなことを考えていたし、親の仇の息子なんだから仕方ないんだけど……。
「ささ、時間もあまり無いし父上と合流しよう」
ヘンタイ的発想を悟られる前に無理やり話を逸らした。父上の待っているところまで向かう。
父上を視界に捉えると島村さんの表情が更に強張ったのが分かった。とんでもない殺気が横から伝わる――これは動向に注意しなければ。最悪は父上の代わりに僕が盾になるつもりでいないと。
父上も島村さんに気づいたようで、少し固まってから無理やりでも笑みを作り島村さんに歩み寄った。
「元気そうで何よりだよ。どうだい足の状態は?」
父上が自分から声をかけたのは少し驚いた。かなり勇気のいることだろう。
「ええ、お陰様で良くなりました。玲子さんの力も借りましたけどね」
「そ、そうか……」
島村さんは営業スマイルをしている。しかし、僕に対して以上に鋭い視線を向けていて据わっている。色々な修羅場を潜り抜けてきたはずの父上も少したじろいだ感じがする。
「どうして、私達の家を襲撃したんですか?」
「いや……元々そんなつもりでは無かったんだ。君はまだ小さかったから覚えていないかもしれないが、最初は話し合いのつもりだったんだ。
だが、君の父君が怒り出して武器を取り出した。そして私も応戦したら気が付けば、あんなことになっていたんだ……」
「あの道場は私たち家族の宝だったんです。それをお金で解決しようとしたことに怒ったのだと思いますよ」
島村さんは思ったよりかは冷静な様子だが、営業スマイルはすっかり消えた。もはや島村さんからの“尋問“に近い様子になっている。
「本当に申し訳ないことをしたと思っている。君には本当に悪いようにはしない。今回の3日間が無事に終われば君に市民権を正式に与えられる」
額に脂汗を浮かべ何とか伝えたいという気持ちを感じる。これだけ必死そうなのは、ミスをしてご隠居に弁明している“命の危機”がある時ぐらいだ。
「ミスコンで優勝者を毎年“良いように”している人に説得力はありませんけどね」
「ぐっ……そう言われては返す言葉もないが……」
誰も口を挟めないような、言いようのない沈黙が落ちる。やっぱり、話し合いでは何も進展しなかった……。感情的な問題なのだから仕方ない。
「社長、そんな小娘のことは良いですから視察に参りましょう」
あまり事情を知ら無さそうな黒服が突然ひょっこりと現れてそんなことを言ってくる。正直この会話はほとんど手詰まり状況だったのである意味空気が読めない行動は助かったと言える。
「そうだな……とにかく今日は楽しんでいってくれ。君たちには虻利家の軍備の充実ぶりを紹介しよう」
父上のこの様子からすると、どちらかというとまどかと島村さんは“護衛“というより“お客さん”と言った印象を受ける。“護衛”として呼ばれたのはただの形式上のものなんだなと分かった。まぁ、父上が配慮してあげているんだろうなと思うがね。
「いやぁ、僕もあまり前線にどんな最新戦力が投入されているか知らないんで楽しみですよ」
「まぁ、私は少し別ルートをたどって後で合流することになるがね。三浦君、後は頼んだよ」
「はっ、分かりました」
恐らくは最重要機密クラスは父上しか見られない場所であり、僕たちが見られるのは所詮“一般で公開できるレベル“までだろう。だが、それでも戦線基地は見たことは無いので少し楽しみだ。




