第55話 胃痛がする船出
朝食が終わると直ちに参加メンバーが僕とまどか、島村さん、景親の4人になることを父上にコスモニューロンで伝えることにした。
「虻輝、とりあえずは上手く説得してくれて感謝する」
「ええ、玲姉が協力してくれましたしね。
――これが2人のためになればいいですけどね。何事もないことを心の底から祈りますよ。叶えてくれるならどんな神頼みだってします」
とりあえず、何の役に立つか知らないがお守りを大量発注した(笑)。家を出る前に届いたら烏丸と美甘に僕の部屋にテルテル坊主のように吊るしておけと言っておいた(笑)。
「ああ、私もこんなに不安な現地視察は初めてだ……」
「島村さんは玲姉の無言の圧力に屈しただけでやっぱり苦虫を噛み潰したような表情をしていましたよ」
「そうだろうな。彼女には本当に済まないことをした……何を言っても届かないとは思うが」
父上は女癖はかなり悪いがそれ以外は誠実だと思うんだけどな……悲劇が重なりとんでもないすれ違いをしてしまったのだろう。そしてその誤解が解かれる可能性はかなり低い。
「正直言って彼女の虻利家への憎悪は尋常では無いです。まどかが何とか食い止めてくれることを期待したいですが」
「だが、まどかとは仲が良いのか?」
「ええ、とても。この間も仲良く家具を選んでいましたよ。基本的には一緒に行動させましょうか?」
「そうして欲しい。それと、お前には私のダミーとしてスーツを着て現地調査に向かって欲しい」
「ああ、なるほど。承知しました」
父上と僕とは背格好がそう変わらない。狙撃などされる際に僕がデコイになるのだ。
本来はコスモニューロンを使えば個人の判別はたやすいが、獄門会はAIなどの技術においては後進的だ。
そのために意外とこういった旧来からやっていた戦術が有効な時も多い。実際に父上に扮した黒服が狙撃された事件もあった。
「島村さんについては何とか自由になるステップだとか言って説得してくれないか?」
「まぁ、GPSリングがついてますから本当の意味で自由になることは難しいですけどね……」
「はぁ~~~。お前は結構嘘を吐くと顔に結構出るからな……。本当に祈るしか対策は無いかも分からんな……」
「いやぁ、何というか相手を悪い方向に導く嘘を吐きたくないですもん」
「お前らしいと言えばそうだが……それが命取りにならないようにしろよ」
「はい、結果には責任を持ちます。では出かける準備をしますね」
事実として目の前に横たわっていることを上辺だけの綺麗ごとで誤魔化したくは無かった。島村さんは頭が良いのでどうせ気が付いてくる。こういう嘘がバレると更に関係悪化が加速しかねない。
「うん、頼んだぞ。今回の視察はお前とまどかが頼みの綱になりそうだ。まどかの学校については私が何とかしておく」
僕も玲姉が近くにいないとなるとかなり不安だが、島村さんをまどかに任せれば何とかなるような気がしてきた。
しかし、問題は怒りの沸点が突然降り切れた時だ。何か島村さんにとって気に入らないことが起きた際に感情に任せて僕たちをまとめて殺そうとするかもしれないから……。
島村さんはかなり重い足取りながらも門の前にやってきてくれた。
ふぅ……逃亡していないだけまずは第ゼロ段階の関門は突破したと言える。それに対してまどかは長距離旅行が楽しみなのか満面の笑みで軽く小躍りしている。
黒塗りの高級飛行自動車が何台も現れる。まるで存在するだけで相手を威圧するようにキラリと光が窓ガラスに反射する。これらは1台でも数億円規模の金額の代物だ。性能を以前聞いたら対戦車砲でも壊れないほどの頑丈さだという話だった。
今回の出張のために8車両揃えられた。流石に虻利ホールディングスの社長である父上が出張ともあれば大がかりだ。先頭車両、父上の車両、僕が乗っている車を含めたダミー車両2車両。その他の周囲の警戒をする専用の軍事車両が2車両だ。
「これが民から搾取し、言論統制した産物ですか」
ポツリと隣にいる島村さんが言うが、まさしくその通りなので返答に窮する。
「と、とりあえずは、まどかの隣にいてくれればいいから……」
こういう怨念のような言葉を他人に聞かれて島村さんが反逆の罪で黒服に殺されやしないかヒヤヒヤすることにもなりそうだ……。いろんなことを考えると胃の辺りが痛くなってきた……僕は緊張するとすぐ下痢になるほど胃が強くない。
「分かっているとは思いますけど、自分の身は守りますけど“あなたたち”の身を守るつもりはありませんから」
「で、でしょうね……景親、父上を頼んだよ」
「はっ!」
景親は威勢よく返事した。少し心配だが、洗脳してきた敵が現れるまで島村さんよりかは遥かに信頼して良いだろう。警備部長の三浦さんも一緒に父上の車に同乗するらしくもしものことが起きても大丈夫だろう。
「お兄ちゃんはあたしが守ってあげるからさぁ。安心していいよ~」
まどかが腕に引っ付いてくる。
「ちょぉっ! 鬱陶しいぞ! ただでさえ着慣れないスーツを着てるんだから!」
まどかを無理やり振り払う。最近ベタベタくっついてくるようになった。幸い、高級なスーツだし涼しいぐらいの適温なので汗ばむことはないが、動きにくいのは困る。
まどかを真ん中に島村さんと僕が両脇に座る。これでは一体誰が警護されているのかよく分からない(笑)。だが島村さんが僕の隣に座るのを頑なに拒んでいる感じを察知したので仕方ない。
「そもそもなぜ現地に視察に行くのか理解できませんね。最新のシステムで現地の状況は分かるでしょうに」
車が発進すると島村さんがふと愚痴を言う。まぁ、その疑問も分からなくはない。僕も小さい頃はそう言うことを考えたものだ。
「どうやら、現地からの報告では分からないこともあるらしい。人間の報告では都合のいいように曲解されることもあるそうだ。現地の部隊の鼓舞の意味もある。また、AIデータからでも判断できない“感覚的”な事も存在するんだよ」
と言うのは父上の以前の言葉のコピーで僕もイマイチ納得していないがね(笑)。逆にご隠居は自分のやりたいこと以外は全くしない……。
「それに、私が要人警護を任される理由が分かりません。更に脚が玲子さんにある程度は治してもらいましたけど本調子じゃないんです。虻利家もそれぐらいのことは分かっているでしょうに」
島村さんはとにかく不機嫌な表情で愚痴が止まらない。まどかも苦笑いをしている。しかしアレだな――そんなむくれてる島村さんでも結構可愛いなって思えてしまうんだから島村さんは余程美人なんだろう。
「今回の一件は島村さんと景親を“テストする”とのことだった」
そういや具体的な理由については説明していなかった、と思いおずおずと僕は説明し始めた。
「なるほど、裏切らないかどうかということですか?」
「流石に察しが良い――だから頼む、島村さん。我慢して欲しい。これを切り抜ければ君は正式に市民権を得られる。穏便に最後まで終わらせて欲しい……」
島村さんは首を傾けて少し考え始める。
「つまり、虻利家は何か理由を付けて私を殺そうとしているわけですか?」
「そ、そう言うつもりは無いと思うけど……」
「ですが、テストとやらに不合格なら無事で済むとは思えないです」
本当に察しが良すぎて困る……。
「や、やっぱり生きていないと君のお父さんや弟さんに再会できないと思うんだ」
「そのテストが不当な採点基準を採用していないかは、何の保証も無いです」
頭を抱えたくなったが、とりあえずは必死に考えた。
「島村さんが今無事なのは一応僕が助けたからだと思うんだけど……」
「今後も無事で済むかは別問題です」
氷のように冷たい眼。そして声が僕の心に突き刺さる。
「うっ……ただ、無事に終われば悪いようにはならないと思うんだよ。もしも悪いようになったらまた僕が頼み込むからさ。ね?」
「……」
島村さんは目を伏せて考え始める。表情は相変わらず深刻だ。僕の言うことが全く信じられていないということなのだろう。
「まぁまぁ、知美ちゃん。お兄ちゃんをそんなにイジメないであげようよぉ~。何か楽しいお話しよ?」
まどかは座席をリクライニングして上手い具合に僕たちの視界から外れていたが、ここにきて戻ってきた。正直、僕としては手詰まり感があったのでこれは非常に助かる。
「そうですね。こんなゴボウみたいな人を責めたり、あんまり暗い話をしても仕方ないですよね。何か楽しい話の方が気楽ですよね」
島村さんはまどかに笑顔を向けた。ナチュラルに僕がディスられているのはあまり気にならない程に。少し顔は引きつっていなくもないが、やっぱり笑った方が可愛い――そんなこと言ったら怒られそうだけど。
その後、2人は玲姉の凄いところをまた語り合っていた。本当に2人共玲姉のことを好きだよな――まぁ、僕も好きだけどね(笑)。




