第52話 模擬戦・柊玲子VS伊勢景親
「じゃあ行きますぜ!」
景親が軽く薙ぎ払うようにして玲姉の腹めがけて斬る。どうやら、最初は様子見ということもあり、動きが遅く、手加減をしているように思えた。
「本当に、本気を出してもらって構わないのよ?」
玲姉は鮮やかに右に避けて交わす。その動きに全くの無駄は無い。
もう一度景親が、その薙ぎ払う動きをすると玲姉が飛びあがりなんと、景親の木刀の上に一瞬飛び乗った。
「なるほど、かなり良い木刀みたいね」
玲姉は飛び乗ってから少し木刀に触れて見分をしているようだった。景親が振り払おうとブン! と振ったタイミングでバク転をして着地し、僕を含めて見ている一同もこれには「おおー!」と思わず歓声が上がる! 降りるのがまた華麗で体操の着地でも高得点だろう。
玲姉のこれら一連の動きは、まるで義経記にある五条大橋の義経と弁慶の初めて出会った様子が再現されているかのようだ。もちろん、景親が弁慶、玲姉が義経である。日本人男性ではトップレベルの体格を持つ景親がそれに比べては遥かに小さい玲姉に軽くあしらわれているので、そういった感じの印象を受けるような構図だった。
「なるほど、こりゃ俺の想像を遥かに超える実力のようですね。本当に普通の女性ではないようだ」
「今時、男だとか女だとか言っている時代では無いわね。勿論技術は大事だけれども、そこから自分の力をいかに昇華させられるかにかかっていると思うわ。むしろ女の子の方が体のハンディキャップを克服しようと色々と頑張っている娘が多いからね」
玲姉のその言葉に対して、景親の雰囲気が変わった。構えから殺気が立ち込めている感じすらする。こんなに上から目線で言われたら、男としてここまで言われたら面目丸潰れだろう。更に、皆から見られているし、最低でも一撃を入れてやろうと思ったのだ。
「では行きやすぜ! おらあっ!」
さっきとはスピードが違う! しかし、玲姉は島村さんの本気の弓すら全発交わしきったのだ。この動きは、完全に見切っているのだろうスッと腰をかがめると一気に間合いを詰めた。
「はい、まずは私の1本ね」
玲姉の手刀が景親の胴元で寸止めされる。景親は、かなり焦っているようだった。どうやら様子からすると、玲姉の動きがほとんど見えていないようだ。僕は高速で動くゲームをやっている都合上辛うじてその動きが見えた。
「うらあ!」
今度は景親が縦に斬りかかる。玲姉は横にサッと避けると今度は回し蹴りをかけて景親の体の直前で寸止めした。
「グッ……まだまだぁ!」
景親はまだ怯まない。斜めに斬りかかると玲姉は得意のバク転を見せて景親の後ろに回り込むと、また胴で寸止めした。
「これで3本からしら?」
玲姉の余裕の笑みが美しくもあり恐ろしくもある。
「ちっくしょう! これでどうだ!」
伊勢がもう狂ったように木刀を振り回して攻撃し始める。しかし、景親の攻撃は手数こそ増えてはいるのだが、一つ一つの動きが粗くなっている。その分玲姉は、先ほどよりも余裕で避けているようにすら思える。
「もうこれ以上は、伊勢君も苦しいでしょう? 終わりにしましょう」
玲姉はそう言うと軽く景親の足元を足でチョンと触れた。すると景親はいともたやすく倒れた。ドーン! という倒れた音がこちらまで響いた。
「はぁ……はぁ……つ、強すぎる。これが俺とほとんど年が変わらない人の実力なのか……師匠と同じぐらい強いかも分からん」
「まぁ、私はちょっと人とは違った人生を歩んできたからね~」
玲姉の半生を知らない皆の共通して思ったことは“どんな人生なんだよ”ということだろう。玲姉は僕の記憶にはないがかつては傷だらけだったらしい。
「ち、ちなみに俺の動きはどうでしたかい?」
景親はまだ大の字になったままだがそんなことを玲姉に聞いた。
「そうねぇ~。かなり動きとしては良いと思うんだけど、どうにも感情がスケスケという感じがするわね。
熱くなりすぎる感じもあるし申う少し冷静になって物事を対処できるようになるとさらに一つ上のランクに行けるわ~」
確かに、景親は僕の眼から見てもかなり焦っているように見えたし、後半はかなり自棄になっている感じもした。
実践向けの剣術でありながら、そういった点は戦場においては不利に働くだろう。eスポーツでも技術は良くてもすぐにカッとなってしまう選手は活躍できていないからな。 景親の良さと課題が両方見えた気がした。
「ご指導……あ、ありがとうございました。これからは精神面を鍛えていこうと思います」
景親は何とか立ち上がると一礼した。流石に剣道を昔からやっていただけのことはあり、メンタルはボロボロではあろうが礼は行ったというところだろう。
「はい、お疲れ様~」
景親の方がほとんど斬りこんでいって、寸止めでダメージもゼロのはずなのにボロボロで汗まみれになっていた。まぁ、精神的なショックがあるのかもしれないが……。一方の玲姉は涼しい顔をしており汗もほとんどかいていない。
「こ、これは……本当にとんでもないですな柊玲子は……」
僕の隣にいた為継は目を見開きながら思わずそんなことを言った。
「玲子さん凄いです!」
「お姉ちゃん流石!」
島村さんとまどかが相次いで玲姉の胸に飛び込んでいく。また島村さんの中での玲姉の株価が爆上がりしたんだろうな。まぁ、僕の中での評価は最初からカンストしているぐらい高いけどね(笑)。
「景親すらこの有様ではいよいよ男女の差は無いと言って良いでしょうな。性別は旧時代的な観念になってしまうかもわかりませんな」
「いや、輝成。正直言って玲姉が異常なレベルなだけで世の女性が皆ああだとは限らないぞ(笑)。流石にあの領域の女性がゴロゴロいたら流石に世界は世紀末になる(笑)」
こんなこと外に聞かれたら人権団体から僕は叩かれそうだけどね(笑)。
「輝君~。あなたはまだ元気なんだからこれから呼吸法について復習していきましょうね~」
その玲姉の声の低さに、僕は血の気が体中から引いていくのが分かる。ドラキュラにでも血を抜かれたのかな……。
「お兄ちゃんってなんか学ばないよね……」
「何度同じような過ちを繰り返すんでしょうね?」
「お兄ちゃんのことだから過ちだってわかってないんだよ」
「ちょっと! まどか! 島村さん! こっちに聞こえてるから!」
そして、玲姉が僕の隣に気が付けば居た。ガチでワープしているんじゃないだろうか……実際は気配も足音を消して迫ってるんだろうけどその技が凄い。
「ひぃぇー! 殺されるー!」
「ちょっと逃げないでよ。あんな風に逃亡されたら敵わないから今日も優しく一つずつ教えてあげるから。逃げられると悲しくなるわ……。さっきのことは不問にしてあげるから今日も頑張りましょう?」
玲姉に袖を掴まれる。確かに昨日は結構優しかった。僕がいちいち躓いても、手取り足取り教えてくれながらやってくれた印象があった。どのみちやるしかないんだから、優しい今のうちに教えてもらった方がいいだろう。
「そういえば、昨日教えてもらった鼻うがいを帰った時に実践したけど、最初は苦しいけど後から爽快感が来る感じがいいね。
自分で鼻に入れるのがちょっと怖いと思うけど、あのポンプみたいなのがあれば何とか続けられそうだよ」
「その怖さも慣れれば大丈夫よ。そういう毎日の積み重ねが大きな力になるわ。さぁ、今日も“背骨強制君“を入れて呼吸してみましょう」
「あの……我々も参加してよろしいでしょうか?」
輝成がそんなことを言っている。為継や景親もやりたそうにこちらを見ている。
「勿論よ。復習しておくと、基本的に大事なことは呼吸法、姿勢そして気持ちね。この3つが揃うことで絶大な力を発揮するの」
そもそも玲姉は2日前何に焦っていてあんなに過程をすっ飛ばしていたのだろうか? その理由は玲姉にしか分からない。
“玲姉にしか見えない世界“というのがあるのだろう……。その世界を説明されてもきっとわからないだろうから敢えて聞かないし、まどかや島村さんもそれを理解しているような雰囲気がある。
それが玲姉に対する信頼と言うことなのだろう。