第51話 注意喚起
「虻輝様。少しお時間よろしいでしょうか?」
「構わないが」
夕食後、地下の訓練場に向かう前に廊下で為継に小声で呼び止められた。
「今日はご馳走いただき、ありがとうございました」
「為継は夕ご飯の時はあんまり存在感無かったけど楽しくなかったの?」
あんまり為継が先ほど話しているイメージが無かったので思わず聞いてしまった。
「いえ、笑いを堪えるぐらいは楽しんでいましたよ。それより、どちらかというと皆さんの観察をしていました。あまり、虻輝様のお宅にあがったことは無かったので」
「確かに迎えに来てもらうことは多くても上にあげたことはあまりなかったかもな。それで、わざわざ呼び止めるということは何かあるのか?」
「えぇ、景親がいつも通りで安心したのですが、気になることがありまして……」
「えっ、何かあったか?」
特に、景親の様子に異常は無かったように感じた。純粋に楽しんで爆笑している姿は印象的ではあったけど。
「虻輝様達が景親と戦われていた時、私は回線を直接繋いでいませんでした。そこで、輝成からその時の詳細の話を後から聞いたのですが、どうやら他の人間が操っておりその者と戦ったとのことではありませんか」
「そうだね。精神攻撃を得意としていそうだったから恐らくは獄門会辺りに所属しているんだと思うけどね。不気味な笑い方で気持ち悪かった」
「そこで疑問に思ったのです。その操っている者の術は解けているのかと……一過性のものであればいいかもしれません。しかし、突然再発した場合はどうなるかと思うと……」
「あ、なるほど為継は責任を持って監督しているわけだから心配になるわけだ」
「景親と責任を取って心中することを恐れているわけではありませんが、虻輝様達にご迷惑をかけるわけにはいきませんのでね」
「なるほどな。僕もそれについてあの事件の直後は懸念していたが、ウチにいる限りは大丈夫じゃないかな。何と言っても玲姉がいるしね」
「柊玲子は影のような敵30体以上も一撃で蹴散らしたという話を輝成から聞きました。……彼女は本当に人間なのですか? アンドロイドかどこかの極秘兵器か何かの類なのでは?」
冷汗が一気に出てきた。そして僕は周りを思わず見回した。長い廊下には誰もおらずホッと一息付けた。
「お、おい。命が惜しいのならそういうことは言わないほうがいいぞ、玲姉に聞かれたらマズいだけではなく、玲姉のシンパと言えるまどかや島村さんに聞かれても密告されるぞ。
玲姉は“人間じゃない”とか“怪物”とかそういう風に言われると“本気で”怒るからな。五体満足じゃ確実に済まないぞ!」
僕は為継に小声で言った。今のところ廊下には僕たち以外には誰もいないようなのでとりあえずはOKだが、ここは言っておかないとマズいだろう。ちなみに玲姉がマジギレすると誰が原因でも5体不満足状態になるのは何故か僕なんだがね……。
「なるほど、確かに柊玲子はその2人に信頼されているという感じは見受けられましたね。しかし、それ以上に柊玲子自身が虻輝様のことを大事にされているようにも感じましたが」
「それは気のせいだ。玲姉は僕をイタブルことに情熱を注いでいるだけだ。きっと今日もこの後、生きるか死ぬかの訓練という名前を被った地獄が始まるだろう……」
きっと僕の友人の不始末は僕が被らなくてはいけないんだろう。まぁ並の人間よりかは僕の耐久力はあるだろうけどね……。
「それもある意味、愛情表現のような気がしないでもないですが……」
「もっと優しくしてほしいね(笑)。まぁとにかく、景親のことは気にかけておくよ。あんなにいい奴がまたどうにかなってしまうのなんて僕は耐えられそうにないからな。玲姉がいないところでも僕が目を光らせておくよ」
今日は特に景親の色々な面を見て尚更そう思った。ちょっとクセがあるので互いに人を選ぶとは思うが、それでも僕は慕われている側であるので悪い気はしなかった。
「そうなんです。私から見たら本当に目が離せない弟分という感じでしてね。幸い、軍隊に入ってからは掃除とかができるようになっていきましたが、それまでは部屋が荒れ放題だったんですよ。一番レベルの高い掃除ロボットが何もできずに立ち往生するぐらい散らかっていまして本当に困った奴でした」
「ハハハ、なるほど! 軍隊でしごかれて掃除せざるを得ない景親が目に思い浮かぶな!」
教官に怒られながら、仕方なく雑巾がけして、影で舌打ちをしている景親のイメージが浮かんできて思わず吹き出してしまった。
「ええ、とにかく色々な良いところも悪いところもある奴でして。何とか良いところを伸ばしつつ、個性も残しながらも悪いところを無くしていきたいんです。そのためにはここで終わらせたくは無いんですよ。ですから本当によろしくお願いします」
為継は頭を下げてきた。まるで景親の保護者のようである。何となくだが、玲姉は僕のためにこうやって陰で頭を下げている可能性はある。そう思うと何だか他人事とも言えなくなった……。
「うん、任せてくれ。玲姉にも留意するように伝えておくからさ」
こうして、潜在的な問題というのがまた一つ増えたのだった。しかし、こればかりは突然起きるかもしれないしどうすることもできないからな……。
地下訓練場には僕と為継が一番最後に到着した。だから廊下には誰もいなかったわけだと納得した。それと同時にあの会話がとりあえずは誰にも聞かれていないことにも一安心した。
「お兄ちゃん遅ーいよっ!」
「ああ、すまんすまん」
まどかは両手を大きく振っている――もちろんまどか比で(笑)。
「いやぁ、伊勢さんの剣の腕前の見せ方は、どういった形式にしましょうかねぇ?」
烏丸がそんなことを言ってきた。
「俺の剣はあんまし演武という形では無いんで……どっちかっていうと実戦形式の剣術です。出来れば反撃をしないでくれる相手がいてくれると助かるんですが……」
「それなら私がお相手するわ。反撃はしないから思う存分攻撃してきなさい」
玲姉がすかさず手を上げる。玲姉なら景親のあらゆる技を避けられるだろう。
しかし、景親は眉をひそめ、かなり戸惑い困惑した表情を見せている――ああ、そうか景親は玲姉から助けてもらったという記憶が存在しないんだ。
「景親は倒れて伸びていたし、意識があったとしても操られていて記憶も無いと思うんだが、玲姉がお前を助けてくれたんだぞ。しかもこの中で抜きん出て強いのは玲姉だぞ」
景親は目を見開いた。
「ま、マジですかい……ちょいとばかし信じられませんぜ。本能的に、女子供には手を出しづらいんですが……」
確かにこの性格では殺人剣の継承者になることは難しそうだな。時には相手の見た目が弱そうでも実情は滅茶苦茶強いとかいう奴が現れることがあるからな。
「気にするなって、玲姉は戸籍上の性別が女性なだけなんだって」
玲姉が首だけをこちらにゆっくりと向ける。笑顔が張り付いているだけのあまりにも不気味な表情と動きなのでそれだけでゾッとした。
「あとで、絞りつくしてあげるから覚悟しなさーい」
あ、さっき為継に注意しろと言っていたのに自分で地雷を踏んだよこれは……。命の危険を感じて心臓がバクバク動き出した。
「愚かとしか言いようが無いですね。玲子さんほど女性らしい方はいないというのに」
島村さんはそう言うが、君や玲姉のようにここまで強い女性というのは流石に希少だと思う……。
「本当に気にすることは無いのよ。さぁ、かかって来なさい」
玲姉は改めて景親に向きなおった。その目つきが鋭く臨戦態勢に入ったようだ。それまでの柔らかい感じは完全に無くなったので周りの人間で茶化そうとする人はいなくなるだろう。
「わ、わかりやしたぜ。こちらも本気でいきやしょう!」
景親が木刀を構える! いよいよ始まる! 景親の剣技も楽しみだが、玲姉が戦う姿を見るのも久しぶりなのでとても楽しみだ。




