第50話 独特な味覚
自分の家に着く前に、烏丸に3人増えることを伝えた。折角だからということで景親だけでなく、為継や輝成も一緒に夕ご飯を食べることになった。
特に体格が非常に多く食べそうな2人が増えることは特に付け加えておいた。景親が今日からでも家に住むということに関してはすぐにみんな賛成してくれそうということだった。
「ひぃえー! なんつ―家だ!」
景親が僕の家を見た第一声はそれだった。周りの住民からは“城”とまで言われているらしいからな(笑)。
しかし、1人1人が普段使っている領域ってそう一般の家と変わらないと思うんだよね。露天風呂とか地下訓練場などは流石に無いと思うけどね。
「まぁ、そんなわけで部屋は余っている気兼ねなく使ってくれ。そいうや、持ち物ってのはその木刀だけなのか?」
景親は2メートル近い木刀を持っており、これは先ほどの病室より出た時から大切に持っている。
「コイツは、師匠からもらった唯一のモンなんです。俺は師匠からは見放されましたけど、強くしてもらったことは間違いないんで感謝しているんですよ。後は着替えが1種類ずつあるだけですな」
ああよく見たら、腰に何か袋みたいなのがあった。まぁ、流石に最低限の着替えぐらいはあるか。
しかし、島村さんといい、これから大きな戦いに臨もうとする人たちは、持っている物が少ないな。それだけ、覚悟を決めているということなんだろう。僕なんて幼稚園の頃の飲み物のカップから高校の卒業アルバムまでほとんど現存しているからな(笑)。
「へぇ、なんかあまり見ない木刀だとは思ったけどそうだったんだ」
「お、流石にお目が高いですな。師匠自らが俺のために木を切り倒すところから削るところまで全てやってくれたんですよ」
景親から聞くところによると現在の上杉実光という人物も恐ろしい殺人剣を持ってはいるが、戦いの場ではない他の瞬間は普通の人間のように思える。まぁ、朝から晩まで狂人の状態のままだと生きていけないだろうから当たり前と言えば当たり前か(笑)。
「ただいまー!」
「お邪魔します」
家に入ると皆が迎えに来てくれた。
「お帰りなさい。今日もうまくいったようで良かったわね」
玲姉がいの一番にそう言った。そう言われて初めてうまくいかない可能性があることに気づいた。僕はどれだけお気楽だったんだ(笑)。
「改めてみても2人とも大きいねー!」
「まどかの軽く10倍はあるからな」
「ちょっとー! あたしの身長また縮んだことになってるぅー!」
「ハハハ! 面白い家ですな。伊勢景親と言います。よろしくお願いします。今日からここにお世話になって本当に大丈夫ですかい?」
景親は玲姉が直感的に一番偉いと察知したのだろうな。僕と違ってオーラの出方が違うからな……。
「気にすることないわ。ただ、下ごしらえの時間が足りなかったから今日は鍋にすることにしたわ」
確かに鍋ならば食材さえあれば、その場で一気にグツグツとやれるので調理の手間が省けて良いだろう。
「伊勢さんは、剣術の達人だと聞いています。その技を見てみたいですね」
島村さんはいつも真面目である……。
「あ、僕も見てみたいですねぇ。一応短剣とはいえ剣使いなので」
「それほどでも……いや、結構自信があるんで、皆に食後にでも披露しましょう!」
皆から歓声が上がる。ひとまずホッとした。為継の知り合いだから辛うじて交流できていた僕と違って、女子3人はコミュ力があるから景親が早くも馴染めそうで良かった。
人数が多かったので、すき焼きの鍋と鶏むね肉と松茸鍋、と2つに分かれてあった。更に、中華のダイニングみたいに回転するタイプの装置をつけ皆が色々食べることができた。
「いやぁ、最高だった。こんなにいい肉は久しぶりだったね。まぁ、景親ウチに来た記念&無事に解放された記念に相応しいレベルのものだったんだな」
「ありがたいことです。ところで、虻輝様の家ではこれが日常じゃないんですかい?」
山盛りの高級食材が大皿に展開されている。景親はこの家に来て食べるご飯が初めてだからこれが普通だと思われては逆に困る(笑)。
「そもそも、私たちは普段は健康に留意したヘルシーな食事なのよ。高級食材だからと言って健康にいいわけでは無いからね」
「僕なんてそこそこ美味しければコンビニ弁当でも問題なく行けるね」
「輝君は私が見ていないと朝昼とかは特にお菓子だけで済ますことが多いからね~。気を付けて欲しいものだわ」
「だってぇ、甘いモノ欲しいじゃないか?」
玲姉の目が細くなり無言の鋭い視線を浴びる。僕は寒気がした。
「ぐっ……今度から注意します……」
玲姉は視線で人間を殺しかねない……。その第一番目の犠牲者は玲姉の言うことを聞かなかった僕になるということは避けないとな……。
デザートの時間になり、ケーキを食べている。まどかのイチゴをスプーンで奪い去って食べた。
「ってだからってあたしのまで奪わないでよね!」
まどかはイジって愉しむモノだと思ってるからなぁ(笑)。
「あなたは、大人げない行動をし過ぎですよ」
島村さんが指摘してくるが。同じようにイチゴをかじりながら指摘してくるのであまり迫力は無かった。
「クククッ! 思ったより面白いですな虻輝様は!」
「伊勢君がどういう輝君の姿を見ていたのかは大体想像がつくけど、そちらの方が例外だからね。輝君はこれが通常運転よ。どっちかって言うとボケてるかツッコんでるかのどちらかなんだから」
「ちょっ! 玲姉、人をお笑い芸人みたいに言わない!」
「だって、そうでしょう~?」
「景親も僕の実態を知って幻滅しただろ?」
「いえ、虻輝様の今まで見ていなかった姿を見られて嬉しいです」
「あっ……そうなの」
新興宗教の開祖にでもなったかのような持ち上げられ方をしている。僕はそんな組織の長になるつもりは無いので何とも複雑な気分だった。
「しかし、伊勢さんがお皿が真っ赤になるまで辛子をかけていたのには驚きましたね。あれで辛くないんですか?」
島村さんが景親に質問する。確かに尋常ではない量の辛子やらタバスコやらをかけていた。お陰でウチにある辛い調味料はこの一夜にして壊滅した(笑)。
「コイツ昔から辛い物が大好きなんですよ。その時ついたあだ名が“辛親“とまで呼ばれていましたからね」
「ちょっ! 輝成そんなことまでバラすなよな! お前だってマヨネーズが好きじゃねぇかよ!」
そういえば、景親のインパクトの陰に隠れていたが、今日開けたばかりのマヨネーズも半分以上消えた。松茸にマヨネーズとか味として合ったのだろうか……。
「マヨネーズはまさに万能の調味料。景親にはそれが分からんのだろうな……虻輝様は調味料についてどう考えます?」
「いや、マヨネーズも悪くはないけどさ。それぞれの食材に合ったものを選ぶね。鍋ならポン酢とか……」
「ふぅ……虻輝様はマヨネーズの神髄についてまだ分かっておられないのでしょう。時期に分かる日が来ます」
……いつまでも分からなくていいです。
ウチにある調味料は良質で健康的なものばかりだが、それにしても同じものばかり食べたり付けたりしてるいと流石に体に悪そうである。熱弁する2人に悪いので反論はしないが……。
「じゃぁ、辛親ズバリ辛い物の魅力って何なんだ? 僕は全く刺激物が苦手なんで全く魅力が分からないんだが」
輝成の方がある意味、狂気の度合いで言えばヤバい雰囲気を感じた。まだ景親に話を振っていたほうがマシな気がした。
「やっぱり、体に熱が入ることですかね! 気合も入ります! 虻輝様も食べられれば分かりますよ!」
景親は食べ終わったスプーンを手元で振り回しながら熱弁する。そ、そうかお前が熱いのはそういう理由か……。
「僕は実は炭酸やコーラすら飲めないんだよね。甘いモノはとても好きなんだけれども。その熱意はとてもよく分かったよ」
「あ……そうなんですかい」
景親もとい辛親は肩を落とした。だが、おそらくはそう言われ慣れているのだろう。表情はそこまで暗くなかった。
「確かに辛い物を食べれば血流が良くなる効果はあるわね。でも、伊勢君や北条君の食べ方は食材本来の美味しさを無くしていそうにも思えるけどねぇ~」
景親は小さくなった。見ていて面白い奴だなと思った。
しかし、玲姉や烏丸などの調理者からしてみれば、もっと調理したものを味わってくれと言いたいのも無理はないだろう。しかし玲姉は他の人間が何をつけていようとこのように構わないけど、僕に対する感想が薄いと手厳しいからなぁ。僕はそう言う訳で調味料にはあまり頼らず真剣に食事をとっているのである。
こんな風に大きく盛り上がってこの日の夕食は終わった。




