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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第1章 歪んだ世界で生きる者
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第5話 板挟みの“影の総理大臣”

飛行駐車場から本社に入り、そこにいる警備員にコスモニューロンでの身分証を見せる。


 辺りには量産型のロボット警備巡回機が無数見える。この量産型は150センチぐらいの物で足はローラーだがとても静かだ。

 家庭用や掃除用など様々な用途に応じて一部変形する。警備モードだと身分証や許可証を持っていない外部の者を攻撃する。

 なお、量産型ロボットの任務やプログラムの変更に関しては管理権限を持った者しか出来ないようになっている。


 そして、赤絨毯を踏みしめながら社長室に向かう。部屋の前では指紋、声紋、目の虹彩認証など本社の厳重なセキュリティロックを解除してようやく僕の父上のいる社長室前に辿り着いた。


 この手続きはいい加減うんざりしてくる。もう通過しただけで誰か特定できるだろうと思う。

 しかし近年、虻利家の要人を狙った事件が多発している。そのことを考えれば“物理的な障壁“は仕方のないことだ。


「父上、虻輝です」

 最後の壁の前でスピーカーに対して話しかけた。ラストは中の人に確認を取るための行動だ。


「入りたまえ」

 ガチャリと黒い重厚なドアが開錠され自動的に開いた。窓から見える景色以外すべてが“黒“そういった部屋だった。


 僕は頻繁に出入りするのでいい加減慣れたが、初めてここに入った人は存在しているだけで委縮してしまいそうな空間だ。


「失礼します。またまた、セキュリティが強化されましたね」

「うむ、私としてもこんな風にはしたくないんだがね。もっとフリーで開放的な空間にしたいものなのだが――いかんせんテロ組織が我々の命を狙っているからな。ほれ、お前が好きな菓子を用意しておいたぞ」


 目の前でお菓子を差し出している重厚なスーツの男性はにこやかに笑っている。僕の父上である虻利虻成45歳だ。

 現虻利家当主で虻利ホールディングス社長だ。世間からは“影の総理大臣“という異名・二つ名があるほど政治に多大なる影響を及ぼしている。


 ある暇なときに法案とそれより前に書いた父上の”原案”を見比べてみたら一字一句同じだったので驚いたほどだ。

 今はあの当時よりも父上のお立場もAIの技術も進歩しており、色々なことを“確認”するだけにはなっている。だが、今僕にお菓子を出している暇がある人物ではない。


「いただきます。ところで本日はどのようなご用件ですかね」

 そう言いながらさっそくお菓子に手をやる。

 これほどの地位のある人間との対談ならば本来ならばあり得ない光景だが親子の関係だからこそ許される状況だ。

 紅茶を社長室にいるロボットが音も無く淹れてくれるのでとても楽だ。

 

 父上は規律を重んじるが同時に皆との交流を大事にされている。社長室と併設されている会議室に通され、厳粛な雰囲気に包まれている。

 それとは裏腹に、中央の机にはティータイムを思わせるようなセットとお菓子が並べられている。そんな和やかな雰囲気で会話は始まった。


「まぁ、少し菓子を食べて落ち着いてからにしようか」

 よほど名店のお菓子なのだろう。口の中に甘味と旨味がじんわり広がっていくような絶妙な味わいだ。

 社長になる5年前は結構他の社員とも交流をしていたようだが、今はそんな暇もないのだろう。

 偉くなって逆にしがらみが増え、やりたいことが出来ない。気の毒な話だった。


「いやぁ、美味しいですね。中々食べたことのない味わいですいったいどこのものです?」

「よくわかるな。創業150年の老舗で東京名菓子本舗のものだ。その店でも年間でも20品しか出さないかなりの限定商品らしいぞ」

 それほどのモノだと流石の虻利でもそうやすやすとは手に入るまい。

 その言葉を聞くと逆にこれからの話がよほどのことなのだろうと緊迫感の糸も張りつめていくような気がして名菓子も味がしなくなってきた。


「そろそろ本題をお願いします。父上もお時間がないでしょうに」

 ちなみに父上は本来の家である僕の住んでいる家にすら一ヶ月以上戻っていない。

この社長室に棲みついているようなものだ。


「そうだな……単刀直入に言おう。虻景が虻利流の訓練中に大きな事故があって意識不明の重体になった」

「グハッ! えっ! 本当ですか!? ゲホッ!」

 あまりのショックで胃の中に入ったお菓子が逆流して吐き出しそうになった。すんでのところで手を口元で覆ったので実際に内容物を吐き出すことは無かったが……。

その後急いで紅茶を飲んで逆流しそうなお菓子の残骸を胃の中に強引に流し込んだ。


「ああ……当たり所がかなり悪かったらしく、今は特別病院で緊急入院させている」

 虻景と言うのは3歳年下の実の弟のことだ。僕は長男だが虻利家の当主継承者は虻景が上位となっている。

 虻利家の伝統として虻利流剣術をマスターしなければならないというしきたりがあるのだが、僕がプロゲーマーになる上で剣術をたしなんでいる時間は無かったのだ。


「そ、それで容体はどうなんですか? 病院を教えていただければすぐにでも向かいます」

「ふむ、虻景の容体がかなり悪いようで面会を迎えられない状態でな。この私と言えども容易に会うことが許されないのだ。現在の様子については映像で送っておこう」

 実際に虻景に直接会うことが出来ない以上状況を伝えることしかできない。確かに僕の脳のデバイスには病室のベッドに磔のように眠っている虻景の姿が目に入った。


 しかし、この用件だけならばコスモニューロンによる通信でも使えばいい。

 にもかかわらずわざわざ僕を呼び出したということは……とても嫌な予感がする。

「……ところで、虻景の容態の話の先に何かおっしゃりたいことがあるようですが?」


「ふむ、察しがいいな。簡潔に言うとお前に虻景の代わりに虻利流継承者になって――」

「お断りします」

 僕が話の流れをぶった切ると、はぁ……と大きなため息を父上はついた。


「まぁ、そう来るだろうと思ったよ。私としても剣術なんぞ無くとも継承権を与えてもいいと思う。あの修業は過酷で私も辛うじて五体満足で免許皆伝を頂いたほどだしな。

 しかし、私が虻利の全権を握っているわけではないのはお前もわかるだろう? ハッキリ言って私なんてお飾り社長も良いところだ」

 

 虻利家は本家継承者以外は男子と言えども他の家に婿入りと言う形になる。

 一見本家の当主が力を持っているかのように見える。

 ところが、前当主である虻利虻頼や虻利家より名家や財閥などに婿入りする者が本家に発言力がある。

 よって父上も板挟みを食らっているような形なのだ。


「そうですよね。僕も虻利の長男と言うことで、他人からはこれまで数多くもてはやされり、羨望や嫉妬の眼差しを浴びてきました。

ですが、実情の力はホント大したことないですからね。ご隠居様がいまだにご健在なのもありますしね」

 表に出ている人間は、僕や父上を含めて世界全体から見ると大したことはない。

実際に権力を握っているのは”裏にいる人達”なのである。

彼らが本当の人事を決定し、世界を操っている。


 だが、命知らずの嫉妬している奴らは何をしてくるか分からないのが怖い。

 こちとら大した力を持っていないってのにね。


「まさしく、ご隠居様が虻利家当主と奥義継承者が同一でなければならないという拘りを強くお持ちだ。

 剣術があるからと言って指導者としての資質と何ら関係ないと私は思うのだがね。歴史と伝統があるとこういう自由が利かなくなる」


「……厄介な世界ですね。なら説得は難しそうですかね。虻忠は更にやる気がなさそうですからね」

虻忠は末の弟で素直で悪い奴ではないのだが、いかんせん何事にもセンスがない……。


 僕は辛うじてゲームが得意と言えるが、虻忠は頑張っても裏目か不幸にも失敗している奴だからな……。この間もゲームをしようとしたらコスモニューロンのサーバー上の不備でできなくなったという悲劇があった。


「うむ……理想は意欲がある虻景が復帰してくれるのが一番良いのだが……」

 意識すら不明の状態だと厳しそうだ……僕にお鉢が回ってくるのも理解できる。


「でも、そもそも20歳になるときに正式継承者として認めるのではないのですか?」

 僕はギリギリ20歳前だがあと誕生日の2月までの4か月弱で継承者と認められるレベルに到達するとは到底思えない。


「それについてはご隠居様にすでに尋ねておいた。虻利流の継承者と当主を兼ねていることが最優先課題で年数は問わない……とのことだった」

 そういうところだけ無駄に柔軟でも大変困るのだが……。

もういっそのこと虻利流無しにして欲しい……。


「そう……ですか」

「まぁ、虻景の容態次第だからな。状態が良くなればお見舞いに行こうな」


「そうですね」

 バーチャルでのデータについては先ほど貰ったが、やっぱり現地に行ってお見舞いして呼びかけたりすることが回復が早くなると言ったことが科学的に証明されてきている。


「あと久しぶりにご隠居様に挨拶してこい。お前の顔が見たいと言っていたぞ」

「え……」


「……気持ちは分からなくもないが、お前の生活の全ては“握られている”んだぞ? 分かるか?」

 僕の表情が露骨に変わったのだろう。父上も同情の表情に変わった。

「は……はい。挨拶に行ってきます」

ご隠居を目の前にするだけで圧倒されるし、恐怖で言葉を発することが出来なくなる。かなり気が進まないんだがね……。


「ご隠居様は虻輝のことを高く評価されているからな。喜ぶべきところだぞ」

 何で僕はそんなに評価されているんだろう? 正直不思議でならなかった。基本的にゲーム以外何もできている気がしない……。


「ハハハ……それでは失礼します」

 黒塗りの部屋から僕は立ち去った。ご隠居は僕が言うのも難なのだがかなり“癖が強い“んだよね。

 特にご隠居の”コレクション倉庫“にはこれまで殺した女性達の陰部の陳列棚や政敵の首が液体漬けになっているなどとんでもないものが飾ってある――らしい。

 僕は一度行ったことがあるが、見た瞬間に速攻で泡を吹いて倒れたのでよく見ていないのだが……。


 そんな人にこれから会うかと思うと正直言ってこれから面会すると思うだけで気分が憂鬱になってくる……。


「あ、でも時間にはうるさいし、ダラダラしていると殴られるからシャキッとしないと」

 1分1秒の遅刻も許さないご隠居のことを考えると行きなくないけど必死に足を動かさないといけなかった。


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