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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第2章 悪夢の共闘

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第47話 伊勢景親への審判

 107号室は病室のようでありながら患者の名前も無い。建山さんは指紋認証とパスワードを直ぐさま入れてロックを解除した。これもやはり情報の秘匿性か警備は厳重だった。


「んっ!?」

 

 ドアが開くと共に視界に入った病室は僕の想像とは全く違った。

病室でありながらベッドは更に牢屋のように鉄の柵の中に入っていた。柵の向こう側にはどうやらトイレやシャワー室のようなところまでしか行けないようで“完全に隔離”されているという印象だ。

 

 安物の椅子は3つあり、僕たちのために用意されているようだが、部屋の張りつめた空気が、迂闊に座れそうな雰囲気が無い。これはもう病室ではなく“牢獄“に近い。


「景親!? どうだ俺だ! 分かるか!?」


 北条が直ちに鉄の柵の前まで飛びつくようにして走っていった。伊勢本人は、病室のベッドの近くにあるパイプ椅子に座っている。


「輝成か……久しぶりだな」


 パッと見では体調には問題は無さそうだが、どうにも気まずそうに目を背けている。僕としては暴れまわっていた時のイメージしかないので随分としおらしく見える。


「何、景親。我々はお前を追求しに来たのではなく弁護しに来たんだよ。心配するな。また3人で野球をやろうじゃないか」


 僕は為継の友愛に満ちた柔らかい表情を初めてみた。やはりこの2人の伊勢への想いというのは相当なものであることが分かる。


「被審判者から離れなさい! これより、特攻局による特別審判を開始する! これからの発言は全て記録され真偽判定機により判断される。虚偽の証言をすれば不利結果を招くことになると思え!」


 為継と北条がサッと檻から離れて背筋を伸ばす。


 先ほどの柔らかい優しい声とは打って変わって建山さんの冷たく低い声が響き渡る! まるで日常から軍隊に突然放り出されたような気分になり、この声だけで圧倒されてしまうほどだ……これが史上最速で出世した人の本領という訳か。


 ちなみに特別審判とはテロ容疑で逮捕された人間に対する裁判にあたるものだ。特攻局の幹部による審判により裁定が下され、それが実質的な法的効力を発動する。本来の民主国家にはあってはいけない制度なのかもしれないが、虻利家というのは“そういうもの”なのだ。


「弁護人、状況説明!」


「はい! 2055年10月頭より、東京都北区、豊島区、板橋区、墨田区などで住民が突然襲われる事件が発生。それらの事件はこの伊勢景親氏によって起こされた事件だと発覚し10月29日に逮捕されるに至りました!」


 為継が用紙を読み上げている。いつもとは違い声を張り上げている。張り詰めた空気は軍隊に突然放り込まれたようだった。


 最初の建山さんの言っていた真偽判定機とは、嘘を吐いているかどうかの判定を行う機械である。その判定精度は99.9999%と言われており、これが稼働していると聞いただけでマジで緊張する。


 僕はちなみに嘘を吐くつもりは全くないけど何だか怖くって自然に口数が少なくなるね(笑)。普段だって特攻局のAIがコスモニューロンで監視しているだろうが、それにしてもこの機械が使われる時は“特別な時“だけだ。


「では、その事件の詳細について説明!」


 建山さんは言葉の口調だけでなく目つきや威圧感すら変わっている……仕事とプライベートのオンオフが切り替えられる人物なのかもしれない。


「はっ! 私とこちらにおられる虻利虻輝氏、そしてその妹君である虻利まどか氏と共に取り押さえることに成功。

 しかし、直後に他のテロリストに襲撃され、苦戦を強いられましたが、結果的には柊玲子氏が撃退に成功し、回収を阻止することで難を逃れました!」


「次に、伊勢氏。貴様のこの事件に関する弁明があれば聞こう」


「俺……私は、2年前まで日本軍陸軍に勤めていました。しかし、虻利家の方針に対して疑問を持つようになったのです」


「具体的にはどのようなことかね?」


「あまりにも成果主義なのに嫌気がさしました……仲間を蹴落としてまで出世をしようとする奴が許せなかったんです」


「……確かにそういう傾向はあるな。私の所属する特攻局も結果を出した人物が絶対的に評価されるからな。しかし、過程をあまりにも評価しないというのは問題だということに最近はなっている。

 現に私の統括する関東では実際に捕まえたことも評価するが相手の位置を発見したりする諜報員の評価も上げたりと評価方法を変えている――横道は逸れたがお前の言いたいことは分かった。その後についても説明しなさい」


 この発言は全体的に優しめの口調でこれまでの殺気のようなものは薄れた。……もしかすると、これは伊勢を解放しようとしているのかもしれない。


「そのあと俺は、“獄門会“に入りましたが、そこでもあまり馴染めず、上杉実光と名乗る人物に弟子入りしました。」


 僕はギョッとした。上杉実光というのは伝説の剣豪と呼ばれている数百年前の人物で恐らくは本名ではないだろう。実情は襲名制らしく、何代目かなのだろうと言われていたが、存在すらしないのではないかとも言われていた。


 しかし、実際に襲名上杉実光から指導を受けたという人物を初めて見た。僕も架空の人物ではないかと思っていたが、テロリストに近い側の人間とは……。


「しかし、上杉実光とは反目し、情けないことにたいして技術を身に着けることもないまま追い出されてしまいました。そんな途方に暮れていたある日、修行を終えて自分の洞穴に帰ろうとしたところ獄門会の者に襲撃されそれっきり記憶が無くなり気が付けばこの病室にいたというわけです」


 建山さんは伊勢の表情と小型の真偽判定機をジッと見ながら話を聞いている様子だった。


 ちなみに獄門会というのは“テロリスト“の中での最大派閥を占めており、東北を中心に活動をしている。また全国の隠れた支部を合わせれば500万人と言われるほどの大勢力であり、日本で――いや世界でも唯一と言ってもいいほど虻利家に対抗できる勢力である。


 しかし、それほど長期間記憶を失っているとは余程の事態だったんだろうな。こういったことの検査も今後随時なされていくだろう。


「なるほど、嘘はついていないようだな。

 しかし、これまでの特別審判の審判例からするに、反社会的行動を起こした人物はほとんどが“精神刑”に処されている。私としては何もないのであればこれを適用するべきであると考えるが、弁護人側として反論の機会を与える」


 建山さんは機械を確認しながら言った。嘘を吐いていない確証を得たのだろう。

 ちなみに、精神刑は言うまでもなく、精神的な改変とその先にある人体実験である。


「はい、本件につきましては確かにテロリストとして指定されている獄門会に所属していたとはいえ、器物損壊などの軽犯罪程度しかこれまで犯すことなく追放されています。  

 そして、その後はいいように利用されており、様々な面で情状酌量の余地があるように思えます。ここは責任を持って私に彼の身柄預けて頂きとう存じます。

 勿論、伊勢によって被害に遭われた方の謝罪と補償は致しますし、もしも再犯することがあれば、伊勢だけでなくこの私も処罰してくださればと思います」

 

為継が深々と頭を下げる。伊勢もこれには驚いた様子である。


「――特別審判における例外規定を教えてやろう。それは、特別審判で虻利家の管轄で正式な職業に就きかつこれまで犯罪を犯していない者かつ信用スコア400点以上の者が2人以上助命を乞えば、刑罰が軽くなるというものだ」

 

にわかに、僕たちの空気が軽くなる。

 なるほど、精神刑に処される人間というのはほとんどが誰の擁護もなされない人物なのか……確かに、仲間を連れてテロ集団に加入するために擁護してくれる人物が虻利側に残っていないことになる。

 また、信用スコア400点というのは中々ハードルは高い。この規定が適用されるケースの方が少ないのだ。


「と、ということは……」


「小早川為継の申請通り処分は“保護観察“とし、随時伊勢に何かあれば小早川が私に報告すること。ただし、何か虻利に反することを起こせば小早川もろとも処分することを留意しておくように。以上!」

 

 そう言って、建山さんは檻の鍵を開錠し始めた。伊勢は色々と信じられないという表情でこちらを見ている。


「では、私は次の仕事がありますのでこれにて失礼させていただきますね」


 建山さんはニッコリ笑う。その笑顔はどこかで見た覚えがあるような感じがした。しかし、一度も会ったことが無いので気のせいだろう……。

 だが、建山さんはどうにも掴み所が無い感じがする。色々な面を一度に見せられてパニックになっているだけなのかもしれないけど……。


「あなたとはまたお会いするときがあるかもしれませんね」

 

 僕の隣を通り過ぎた時に建山さんに小声でそんな言葉をかけられた。


「えっ?」


 何か返そうと思ったが、あまりにも驚いたのと、颯爽と立ち去ってしまったので結局何も言えなかった……。


 僕としては凄い美人ではあるけれども、あまり会いたくない。だって、特攻局の幹部と会うなんてこんな風にまた身近な誰かが“審判”される時なのだろうから……。

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