第43話 洋食の達人・烏丸
「いやぁ、為継にも心配かけたみたいだな。悪いな色々手配してくれたのにすべて無駄になっちゃって」
車に乗ると為継に連絡をした。新潟まで送り届けてくれたのだから気にかけていてくれたに違いない。
「いえ、御無事で何よりです。元々虻利家から出た予算から出していますから。
しかも予算の繰り越しの分が毎年多いので誰の懐も痛んでいませんからな。
それに、私は元々海外に移住することに関しては内心あまり賛同していませんでした。海外は日本の比にならないほど治安が悪いので、虻輝様の無事を保証できないですから」
しかし、自分の意見は封じ込めて僕の行動を尊重してくれたんだから立派なものである。
「ホント、日本ですら一人になったとたんにこの有様だからな。海外だともう住居から1歩も出ることが出来無さそう……」
「ええ、虻輝様は偉そうな雰囲気が無いですし、自覚も無さそうですが、かなり顔が知れ渡っていますからな。しかも、金持ちであるということで」
「いやぁ、最近色々なことが起きて特にそれを実感することが多いね。ウチの中じゃ全く敬意を払われていないんだけど(笑)」
周りの待遇からは信じられないが世界的有名プレイヤーの筈なんだよな……。
「普段表情が無いときは接しにくい感じはありますけど、笑われるとかなり親しみやすい雰囲気がありますよ」
「“接しにくい“って為継に言われてもなぁ」
「確かに私はあまり友達もいませんし接しにくいでしょうな」
あ、自覚してたんだ……。鋭い目つきでコスモニューロンに相対しているイメージが強いからな……。
「とにかく為継が烏丸に適切に情報を伝えてくれてなかったら一巻の終わりだったよ。ホント助かった」
「いえいえ、景親も虻輝様の協力が無ければ助かりませんでしたからな」
「そういや、伊勢ってどうなりそう?」
「今のところは分かりませんが、特攻局は仕事量が多いのでかなりのスピードで判断・解決する組織ですから、景親の意識が戻り次第すぐにでも審判の日取りが決まりそうな感じはありますな」
「日程が決まったらすぐに知らせてくれ。柔軟に予定を動かせるようにしておくから」
「よろしくお願いします。虻輝様のお口添えがあれば無事に済む可能性がかなり高まると思います」
「分かった。色々世話をかけたな。また連絡する」
そんな風にコスモニューロンで為継と話していると家に着いた。見ると烏丸が門の前で待っていた。
「いやぁ、お疲れ様です皆さん。心配していた虻輝様もご無事そうで何よりです。皆さんなら無事に帰られると思っていましたよ」
普段の烏丸とは思えない発言である。多少は烏丸にも僕に対して心配の気持ちがあったことが良かった……これまでのイメージだと、“へぇ、虻輝様なんて別に大丈夫じゃないですかねぇ~?”とか言ってるんじゃないかと思った(笑)。
「輝君、あまり失礼なことは思わないことね。普段は皆で輝君を遊んでいるだけで、本当は慕われているんだからね」
玲姉が僕の横を通りながらそんなことを言ってきた。んー、確かに烏丸はこの間も“友達“とは言ってくれていたしな。
悲しいことに雇い主とは思っていないみたいだけど(笑)。
「ところでみなさんご存じですか? 僕は日本を支配する虻利家の長男でして、もうちょっと丁寧に扱っていただけると……」
「えー、今更それを言う? 今日助けられたばっかりなのにさ~」
アハハとまどかに笑われた。相変わらず僕の家庭内での地位・身分は低いままだった。今後もネタキャラとして頑張っていくしかないのか……。
烏丸の作った料理は絶品だった。あの年齢で一体どこでこんな技を身に着けたのだろうというぐらいの焼き加減が絶妙なステーキだった。料理の種類によっては玲姉と腕前が互角レベルなのではと思える。特に洋食は凄い高いレベルの料理が出てくる確率が高い気がする
「いやぁ、流石にお腹が空いていたから美味しかったね。烏丸はいったい誰から料理を学んだの?」
さっき玲姉と話していて思ったのだが、ニヤニヤと笑っている印象しかなく、思っている以上に烏丸についてよく知らない。折角だからこの際に色々聞いてみようと思った。
「僕ですか? ここに来る前はですねぇ、Sホテルの厨房にて住み込みで仕事をしていたことがあってそこで掃除・料理・洗濯などを一通り学んだんです。ちょっと色々あってずっと1人だったんで」
僕は虻利直営のホテルばかりしか泊まったことがないからSホテルに宿泊したことは無いけど、三ツ星以上の名ホテルとして世間から高い評価を受けている。なるほど、そこで腕を磨いたのか。
「あ、そうなんだ。ホテルにいたのなら家事全般が万能なのもわかるな……ガーデニングの技術は?」
1人でずっといることに関してはなんとなく聞いて欲しくなさそうだったのでスルーした。大抵の場合は虻利が関連している可能性も高そうだしな……。
「園芸は僕の趣味ですねぇ。独学で勉強していました。いつかこの虻利邸のような広い庭のお屋敷で自在に庭仕事をしてみたかったんで、夢が叶って良かったです」
「へぇ、独学でこの技術なら大したものだよ。この家じゃ玲姉以外はそんなに庭については興味ないから今後も自由にしてもらっていいよ。技術の更なる上達のために活用してくれ」
「いやぁ、虻輝様のちょっと投げやりだけど任せてもらえるところ好きですよ」
「ま、まぁお前の実力を認めてのことだ。無能な奴には任せないよ。ちなみに、Sホテルからなんでこっちに転職したの?」
最近ディスられてばかりだったから素直に褒められると逆に困惑する謎の状況になっている……。
「そうですねぇ、もうホテルから学ぶ料理が無くなっちゃって。
あぁ~なんか給料下がってもいいから自由に園芸や植栽させてもらえるところ無いかな~とか思って求人広告見てたら、たまたま広い庭をバックに住み込みで求人を募集している広告を見つけましてね。それがこの家だったわけですよ。給料も滅茶苦茶良くて、とても満足しました。実技試験では玲子さんにも審査してもらって一発で合格しましたね」
烏丸は玲姉の方を見ながら胸を張ってそう語った。
「ええ、懐かしいわね~。烏丸君は家事手伝いだけでなく武道も上達したいということだったから、私が少し手ほどきしたわ」
「ああ、そういう話もあったね。具体的に何の武術をやってるの? 格闘技?」
「確か、西洋の短剣のファルシオンだったかしら?」
「ええ、そうですね。本当は日本刀のほうが良いんですけど、僕は身長はそれほどないんで軽い武器が良いんです」
「えっ、玲姉は武器系も教えられるのか……玲姉が刃物を持っているイメージって包丁ぐらいしか思いつかなかった……」
「いえ、教えられないわ。私が教えているのは効率のいい体の使い方、呼吸法や攻撃のかわし方そういうことを重点的にやるの。こういうことはあらゆる武道に対して共通していることだからね」
「なるほど……」
「いやぁ、僕も虻輝様みたいに反復横跳びを永遠とやらされ続けましたよ。あれは流石に大変です」
やっぱり玲姉は誰に教える時でも反復横跳びをさせるのな……。
「ちなみに回数は?」
「最初は50回前後でしたが、今は81回が最高ですね。流石に10回台は1回も無いですねぇ(笑)。ある意味、健康体の人が本気でやってその数字は別次元だと思いますよ(笑)」
「うっさいっ! 何かそういう呼吸法とかそういうのは気になるね。なんかカッコよさそうだし」
「別に格好良くも無いわよ。この際だから皆でやってみましょう。知美ちゃんも初めてよね?」
「はいっ! 是非やってみたいです!」
島村さんはそれまで熱心に話を聞いていたのか、発言が無かったので存在感が無かったが、玲姉に声をかけられると水を得た魚のようにハリのある声を出している。
「まどかちゃんや烏丸君は復習になるけどどうかしら?」
「やるやる!」
「そうですね。これは大事なことですからねぇ。何度でも復習したいです」
皆随分とやる気があるようだが、僕としてはどうにも憂鬱だ。今日、『やろうと決意』しておいて何とも情けないことではあるのだが、玲姉がスパルタで教え込んでいるイメージが強すぎるためだろうか……。




