第40話 不審な集団
「しかし、ようやく玲姉の特訓から逃れることができた。これでゆっくり羽を伸ばせる環境に身を置けるというわけだ」
少し話題的に重苦しくなった空気を和ませようとそんなことを言った。ちなみに、真面目な会話をしていた先ほどまでの間ですらコスモニューロンでゲームをしてた(笑)。 為継もそれは当然承知なので今更突っ込んだりもしないが(笑)。
「ところでどうしてここまで逃げられるのですか? 彼女達も虻輝様のことを考えてのことだと思いますが」
「いやぁ、辛いことは嫌だからね。痛いし、体はボロボロになっていく……ありゃあっという間に強くなるかもしれない反面、1週間もすれば寝たきりになる可能性だってある。それぐらい過酷なんだよ。特に反復横跳びを玲姉がさせたがる。あの特訓は地上の地獄だねあれは」
「ははは! そこまでおっしゃるのでしたらそうなのでしょうな」
為継は低い声で笑った。これで為継と美甘には同じことを話したが、為継の方が僕に対しての理解が深い気がする。
美甘は僕に協力はしてくれるが、どちらかというと玲姉の肩を持つ感じがあるからな。
その後、ゲームに熱中していたが、気が付けば寝ていた。しっかり勝った局面から寝ていたのは我ながら流石だとは思った(笑)。
話やゲームに夢中になっていたが、やはり相当疲れを感じていた。ふと、空中標識を見ると気が付けば上州を出て新潟県内に入ったようだった。
「そろそろ着きますぞ。既にチケットは手配してあります。忘れないうちに渡しておきましょう。3番ゲートに向かってください。1時発の飛行機に乗っていただければマカオに到着します」
そう為継が言いながら航空チケットを渡してきた。ご丁寧にファーストクラスである。虻利の支配下にある飛行場はコスモニューロンで手配ができるが、そうでない飛行場は未だに手渡しで行われている。
「手際が素晴らしいな、住まいなどはどうしようか」
「既に現地の者に手配させております。あまり広くはありませんが一等地をご用意し、召使いも手配させております。
到着したらご連絡ください。詳しいことはその時に説明いたしますので」
「へぇ、そこまでもう既にやっているとは思わなかった。さっきも思ったがお前が味方で本当に良かったと思っている」
「勿体ないお言葉です。何か不足する物やご不満な点がありましたらいつでもご連絡下さい」
「そうだな……すぐに思いつくことは、急いで出てきたから持って来れた物がゲーム機予備とプレミア品ぐらいしかないからな。コスモニューロンがメインとはいえゲーム機の現物ぐらいは頼むかもしれん。あと水だな。海外では水がマジで合わない。
最初の海外旅行の時は水不足に陥ったことを覚えているよ。海の水が飲めたらなってホント思った(笑)」
結局、玲姉が現れて別邸からは逃げるのを重視でほとんど何も持ち出せなかったからな……。
「なるほど、日本から水は送らせましょう。ゲーム機は現地で調達することも可能なので店を紹介いたしましょう」
そんなこんなで色々な会話をしていたら気が付けば新潟空港についていた。
「んー! ようやく外だー! いやぁ、それにしても久しぶりにチャーター便や自家用以外の飛行機で出かけるね」
この小型の飛行自動車は小回りは抜きん出ているが本当に狭いからな……。
「確かに、虻輝様ならばそうなのかもしれませんな。国内ですと飛行自動車にお乗りになることも多いでしょう。しかし、ファーストクラスを確保できましたので乗り心地については心配ないかと」
「最近はファーストクラスの待遇が良くなっているらしいじゃないか」
「ええ、虻利家のチャーター機の乗り心地を参考にさせて頂いているということも聞きました。虻輝様も満足していただけることかと」
「本当に今日はご苦労だった。帰ってゆっくり休んでくれ」
「ええ、明日は久しぶりに有給でも取ることにします」
そう言って為継の飛行自動車は東京方面に戻っていった。
「さて、飛行機の離陸時間まで1時間半か……どっか喫茶店にでも入るか」
いい感じの喫茶店は無かったが、美味しそうなチョコレートケーキがあるケーキ屋があったのでそこに入った。
「うーんっ! 最高に美味しい!」
為継が買ってくれたウナギ定食には甘いものが無かったので甘いもの大好きな僕としては糖分が欲していた。そうでなくても、地獄のような特訓からの疲労回復には必要あった。
「ここは見晴らしがいいから、遠くまで見えるな」
そうしてボーっと人の流れを見ていると、不審な動きをしている5人の一団を見つけた。警備員を警戒しているようで、周囲を見回している。また、時計を頻繁に確認している。
服装は黒ずくめとかではなく平凡な服装なのだが、人相などを見ると強面のメンバーが揃っており、何やら危険な香りがした。
「……移動しようとしているな」
相変わらず警戒しながらも少しずつ移動しそうな動きがあったので、僕は急いで会計を済ませて店を出た。奴らはゆっくり歩いているので、すぐに追いつくことができた。
「何か決定的な動きをしたら通報してやろう」
コスモニューロンを起動して決定的なシーンが訪れるまで撮影モードにしておいた。気が付けば空港の外に出ていた。飛行機の時間まではまだ50分ある。20~30分ぐらいならば粘ってもいい。
「あと10分で、――億円支払い――そうです」
男たちの声が漏れて聞こえてくる。そしてその間に、1人がトイレか何かに行ったのか離れていった。
「ふむ……どうやら奴らは、何か取引をしようとしているみたいだな。あの黒いスーツケースみたいなのは現金のようだな」
大きなスーツケースの容量はきっかり1億円ほど入りそうな規模で中々な取引の可能性がある。
「んー、もうちょっとで全部聴こえそうなんだが」
しかし、これが相手から見えるか見えないかの限界な気がする。これ以上身を乗り出すのは危険だ。
うーん、とか思っているうちにアイツら話さなくなってしまったみたいだな。
あっ! 向こうから“いかにも“な全身黒服の連中がやってきている!
「アンちゃん、何しとるん?」
目の前の光景に集中している隙に後ろからの気配に全く気付けなかった。
僕は思わずビックリして飛び上がりながら振り返った。そこには先ほどまで一団の中にいて“トイレに行った“と僕が思い込んでいた男が立っていた。
「あ、いや何でもないんです。失礼しまーす」
僕はマズイと思い、身を翻そうとしたが、男が手を掴んだ。
「おっと、待ちぃな。アンタ、さっきから後つけてたやろ? 分かってたんやで。おおかた、虻利の手の者やろ?」
「い、いやそんなつもりは。ただの通りすがりですって。ハハハハハ……」
僕は焦ると滅茶苦茶汗が出る体質なので露骨に分かりやすい状態になる。もう顔も服も汗びっしょりである。僕は後ろポケットの玲姉を呼ぶ緊急ボタンに手を伸ばした。
「おっと、そうはさせへんで!」
そう言って男が布を取り出し僕の顔を覆った。
「ぐぐぐ……!」
僕の視界はボヤケ、たちまち意識が薄く……なって……。