第4話 本当の幸せとは?
玄関を出て階段を上ると車が待っている。その車の後部席に転がり込むようにして乗り込む。
「ひぃ……ふぅ、運動不足にはこの程度の動きも堪えるね。本社最上階まで頼む」
この車が従来の車と違うのは空中飛行できるようになった点だ。
反重力の反発力によって地上から空中へと上昇することが出来、スピードも最高時速300キロまで上昇した。
このタイプの車によって空中駐車スペース、空中でのセキュリティがより強化されて一気にそれらの業界が発展したという話を聞いた。
勿論、今でも地上を車は走ってはいるのだが、VRでの仕事も増え、そもそも物理的な移動そのものが減ってきている。
空中飛行している車は最新のセンサーを搭載しておりスピードを出しても事故が発生する可能性はほとんど無く金持ちは皆乗っていることだろう。
「随分、焦られているようですけど何かあったんですか?」
運転席にいる女性は美甘捺25歳。スケジュール管理や車の運転など仕事面での僕の第1秘書と言っていい。3年前から僕の専属になり呼べばすぐに駆け付けてくれるのでかなり便利に活用させてもらっている。
「いや何でもない。気にするな。それより父上に呼ばれているんで早く出発して欲しい」
まだ1時間弱ある。ここから本社まで30分ということを考えると、特に時間に追われているわけではないが、玲姉とまどかに追いつかれてまたとやかく言われるのが嫌だった。
「分かりました」
空に飛び立つと静かに滑るようにして移動し始めた街並みが流れるように過ぎ去っていく。
ようやく一息付けたのでこめかみのスイッチでコスモニューロンを起動し、ファイトヴィクトリー(通称FV)という格闘ゲームを起動した。
「あっ……」
しかし、今日はレーティング世界ランク1位で絶対的に自信があるはずのFVすらも動きが果てしなく怪しい。
1戦目は辛うじて勝つも、2戦目は凡ミスからの逆転負けだったので普段は声を出さないのが思わず声が出てしまった。連勝は129で止まった。FV史上歴代3位の記録だった。
ちなみに連勝歴代1位の186連勝も歴代2位143連勝も僕ではあるのだがね(笑)。あー、最近の勢いから言って最多連勝更新はいけるかなと思ったんだけどな。
「珍しいですね。虻輝様がそんな凡ミスをされるなんて」
運転席の美甘がそんなことを言ってきた。
「ホント、この1敗でレートポイント50吹き飛んだよ――って! 僕のゲームの内容見てないで運転に集中しなさいよ」
全世界同時接続で有名プレイヤーのプレイングは常に見ることが出来るとはいえ、それとは関係なくよそ見運転に近いだろ……。
「自動運転の技術もすごく上がってきていますからね。緊急的な回避行動以外はほとんど運転をやらなくていいんですよ。その状況も透視状態で拝見させていただいていますしね」
「確かに、今の自動運転技術に疑問はないが、なぁんか論理がすり替えられている気がするがね(笑)」
「それにしても、虻輝様らしくないミスでしたね。カウンターの切り替えしが完全に外れていましたもんね。何か先ほどご自宅であったのですか?」
美甘も僕ほどではないがFVについてやりこんでいるようで具体的な内容まで言って来やがった。
「実は最近僕の裏の仕事についてあまり良くない噂を聞いてね。ど○でもドアに似た製品を開発する実験を行った際に転送先で体がミンチみたいになったという事件を聞いたんだ。
もちろんそんなことは公にはされていないから正確な裏は取れていないんだけどね。あとは夜には誰かに追われているような感じの夢をみるようになったんだ。それも最初はおぼろげなモノだったのがどんどんリアルになっている……」
「なるほど……つまりはご自身の裏の仕事について疑問を持たれ始めているということですか?」
「疑問を持っているわけじゃない。もっと違うやり方があるんじゃないか――そう思っているんだ」
図星で的確だが、美甘は軽率だ。この会話はコスモニューロンを通じて誰に傍受されているか分からない。
僕でも権力者の一族と言うだけでは身の保証は何もない。発言に注意しなければ命が危ないのだ。
「ただ、玲姉とまどかには事実上今の仕事を辞めろと言われているようなもんで僕は頭を抱えているわけ。あぁ……もう僕の居場所は自分の部屋以外にないよ……」
そうして話している間に次の試合は辛うじて勝ったが、流石にギリギリ過ぎた。
本来ならば2分差以内で快勝しなければいけないレベルの実力差はあるのに、反射一つの差での判定勝ちだった……あまりの不甲斐なさにコスモニューロンアプリを閉じ、頭を抱えた。
「私はそうは思いませんけどね。むしろお二人からかなり心配されていると思いますよ」
「嘘だぁ。だって、最近こういうことでまどかとは衝突してばかりだ」
昨日もまどかの下着が間違って僕のところにあって大騒動だったからな……。しかも、洗濯物を間違えたのは使用人の烏丸のやったことで、僕の責任では無いんだからとんだとばっちりだった。
「思うんですけど、家族だと相手に関心があるから衝突があるんですよ。全く興味のない相手でしたらそこで真剣になる必要がないですからね」
「そうなのか……」
まぁ逆に僕の弟で別のところに住んでいる虻景とか虻忠については確かに2人から話題にあがらないと言えばあがらない(笑)。
「ちなみにどんなことを玲子さんたちから言われたんですか?」
「簡単に言うと、自分の本意に反することは辞めて自分のやりたいことをやれと言われた」
「虻輝様はどんなことをやりたいんです? 漠然としたことでいいですからおっしゃって下さい」
「そうだね……みんなが幸せになれればいいと思う。
そう思って僕はプロゲーマーになったわけだけど、結局のところゲームの娯楽っていうのは一時的なものに過ぎないからね。
なんというか、根本から変えていきたいね。皆が常に笑顔でいられるようなそんな社会にできたらいいと思う」
どうしたらそうなるのか具体的にはまだ分からないけどな……。
「なるほど……そういったことが出来るようになると良いですね。でも、きっと虻輝様ならできるようになると思いますよ」
「……そうだと良いんだけどね。中々それが難しいんだよ。どうしたらいいか分からないからね」
「そうですよね……具体的に皆さんを常に笑顔に、そして幸せにする方法なんて――ある意味洗脳や薬物みたいなあまりよろしくない方法しかないですからね」
「そうだねぇ、それなら言い方を変えるかな。どんな人間でも生きる価値があるという希望のある世界にしたいという感じかな」
「確かに、現在の日本でも自殺者は減少傾向にありますけどいまだに世界トップレベルの年間自殺者数は記録していますからね。
生きている価値があると皆さんが思えたら自殺者もいなくなるのではないでしょうかね」
「う、うん……」
自殺者が多いのは、“犯罪者となった人”が献体をしたくない人が絶望して命を絶っているのが多いと以前聞いたことがある。僕も一翼を担っているわけだが……。
「あ、着きましたよ。頑張ってくださいね」
気が付けば本社最上階のエントランスに着陸していた。雑談をしていたらあっという間という感じがした。
虻利家はその“洗脳”に近い方法と人体実験を行うことで神に近づこうとする方策を取っている。僕はそんな方法ではなく“本当の幸せ”とは何か? それを知りたい。
「なぁ美甘……」
「どうかされました」
「聞いてくれてありがとな。少しは気が晴れたよ」
僕は車を降りながら美甘に握手を求めた。美甘は突然の僕の行動に戸惑いながらも握手をしてくれた。
「いえいえ、結局問題は解決されていないようなので……こんな会話で少しでもお役に立てたなら何よりです」
確かに何も解決はしていないのだが、絶対的に気が楽になったとは言える。
少なくとも玲姉とまどかと言い合っていた時と比べたら、少し俯瞰して物事を見ることが出来、晴れやかな気分と言える。
僕は今現在、お世辞以外では全くもって「ありがとう」と言われる存在ではないとは思う。でも、せめて受けた恩に対して最低限「ありがとう」と言っていかないとな。