第39話 第二次逃亡計画
「じゃ、トイレに行ってくるから」
そうして僕はトイレに入ることに成功した。これで僕の勝利に一歩近づいた。
このトイレは一般的なトイレよりもかなり広い。そして一番大事なのはこの換気の窓も大きいことだ。僕ぐらい痩せていれば人でも簡単に出入りできそうなのだ。その窓を開けコスモニューロンを起動する。
「為継、大丈夫か?」
フフフ……見ていろよ玲姉、まどか、島村さんそして散々笑ってくれた烏丸。今に完璧に逃亡してくれる!
「はい、問題ないです。既に近くにおります」
「よし、僕を直ぐに接収しろ!」
僅かな時間がとても長く感じる。トイレのドアとコスモニューロンの時計を交互に見つめる……いつ玲姉が感づいて突き破ってくるとも限らないという緊迫した瞬間だった。
「いや、全て計算通り。玲姉から今度こそ逃亡してやる……」
先ほどの一連の出来事で改めて確信した。昔よりさらに苛烈さを増しており、このままでは死ぬということを。本当に命の危機を感じた。
僕は反復横跳び世界選手権に出るんじゃないんだからあんなことばかりやらされても困る。……そもそもそんな世界選手権が存在しているかどうかすら怪しいと思うが、玲姉が時期に普及のために開催しそうだなぁ~(笑)。
2分後に小型の飛行自動車がやってくる。為継が乗っていた。僕は身を乗り出して窓の外に出る。体を捻りながら必要最小限の物音だけで脱出に成功した。
「虻輝様こちらへ」
この小型の飛行自動車は2人乗りで音は小さく、耳を澄ませても近くまで来ていることも気づかれないぐらいだ。
「よく来てくれた。手際の良さは流石だな」
僕は自動車に乗り込みシートベルトを締める。お互い細身ではあるがそれにしてもこの車はあまり広くないように感じる。それぐらい小さいのだ。
「柊玲子がどこまで手を回しているか分かりませんが、ここは虻利とは関係が薄い空港から国外へ逃げることにしましょう。虻成様も柊玲子に取り込まれている危険性があります」
「確かにそれはいい考えだな。父上も玲姉には逆らえないからなぁ」
車が発進すると同時に自分の家の方を振り返る。そこに人影は無い。良かった……今度こそ玲姉に撃ち落される心配はなさそうだ。
「しかし、虻利との関係以外の場所ですと今度はテロリストに狙われる危険性があります。虻輝様は特に顔が知られていますからな」
「多少のリスクは仕方ないだろう。それに僕達がこうして移動していることは察知されないだろうし、行くところに必ずしも待ち構えているとも限らないからな」
テロリストより玲姉の方が僕の命を確実に刈り取るだろう。虻利家は日本の8割掌握しているとはいえ逆に言えば2割は権力が及ばない地域が存在している。父上の力すらも及ばない2割の地域を狙うのである。
「ふむ。それもそうですな。では新潟の虻利支配下にない空港に参りましょう」
為継が用意してくれたウナギ定食弁当を食べる。こういうところも本当に用意がいい。
「ところで、僕の代わりに“データ関連”の仕事をやってくれているみたいだが、負担は無いか?」
ふと、僕の“仕事“の後任が為継だったことを思い出して聞いてみた。
「ええ、全くないとは言いませんが、誰かしらかやらねばならぬことですからね。たまたま私がやることになっているだけということです」
為継は淡々と仕事をこなすイメージがあるが、少しは何らかの感じる所があるのだなと思った。
「そうか……それならいいのだが。しかし凄いな、僕の動きを再現できているのだとしたら為継もプロゲーマーになれるんじゃないか?」
正直、あの動きは僕以外の人間ではできないコマンド量だと思う。科学技術局にいるとそういう能力も身に付くのだろうか?
「いえ、私が直接入力しているわけでは無いです。新しくAIでプログラムを構成させました。流石に虻輝様の動きは人間業では無いので流石に私の腕では再現できませんよ」
「へぇ、しかしプログラムでは再現可能なんだな」
「ええ、どういうコマンドを行ったかの履歴は残っておりますのでそのタイミングと順番を再現しました。それでも解析に丸一日がかかったのですから流石だと思います。人間の表面上の動きは通常はどんなに時間がかかっても数分で再現できますから」
「ふぅん、しかしこうやって敢え無くハッキングされるとなると保護能力も知れてるよな。敢えて弱くしているのもあるのかもしれないけどさ」
「ええ、ですから虻輝様が使っておられたもので今私が使っている管理者権限より外のセキュリティはかなり強化してあります。“もしも”の事態が起こっては困りますからな」
「確かに、権限が無かったらセキュリティをハッキングすることなんて流石に不可能だ」
「ところで、虻輝様からの引継ぎの際に、色々とデータを見ていっていたのですが、テロリストと繋がりがあると思われる人々には共通点があることが分かりました」
「へぇ、どんな共通点なんだ?」
「彼らは皆学歴が低いのです。中学・高校卒業か大学でも低ランクばかりでした」
「ふぅん?」
と、言われてもどういうことなのかイマイチピンと来ない。
「つまりですね、こういうことを言うと差別的かもしれないので外では言いにくいのですが、社会の教育システムについていけなかった人間たちが、虻利家に対して不満を持っているということです。
まぁ、裏を返せば高学歴の者ほど“虻利の教育システム“に組み込まれやすいのかもしれませんがね」
「はぁ、なるほど。学歴エスカレーターに順調に乗っていった人たちは自然と虻利家は素晴らしい存在に見えてくる。逆に乗れなかった人たちはそうは思わないという構図なわけか」
「そもそも、教育システムそのものが虻利至上主義ですから、従順に聞いていくだけでは自然と刷り込まれてそうなっていくことでしょう。低学歴者はある意味教育者の言うことを聞いていないので、虻利ではなくテロリストに靡きやすいということなのでしょう」
「ふーん、なるほどね。しかし、高学歴者の中からでも裏切る人というのは少なからず存在するよね?」
玲姉のような圧倒的な存在は逆に疑問を持っている。
「確かにそうですな。虻利内部からの裏切りというのは非常に数は少ないのですが、その中では意外にもエリートクラスとして嘱望されていた人物達からの裏切りが多いのです。
これは本当の意味で自分で考える力や持っている情報量が普通の人間よりもあるから虻利のシステムに疑問を持っているということなのかもしれませんな」
「なるほどねぇ……将来を期待されている人と学歴最下層がテロリストに加担しやすいって言うのはなんだか面白い話ではあるな」
「虻輝様もそう思われますか? 私もそう思ったのでご報告したのです」
「今後は、低学歴層に対してどうやって言うことを聞かせるのか。そこが課題になってきそうだな」
なんだか話の流れから思わずそんなことを口に出してしまった……。虻利の今の体制が続くことは望ましくないだろうに……。
「ええ、しかし学歴最下層の者たちは自分で考えるほどの知能は持ち合わせておりませんから、あっさりと信じてしまう傾向にありますな。彼らが依存しやすいようなプロパガンダを作り、それらを使って洗脳することが良いでしょう」
しかしながら、僕たちの話は確実にコスモニューロンを通じて盗聴されている。自然に話を合わせたほうがいいだろう……。
「そうなると洗脳教育とは逆の視点から誘導していく形がいいのだろうか。どういうことが考えられるだろうか……?」
「そうですな。虻利家に対して不満を持つ者達は虻利が弱体化するような情報を求めています。そこで、そういった彼らの求める情報をデマとして流すのです。
かのユリウス・カエサルは『人間は見たいものを見て、信じたいものを信じる生き物だ』と言ったと言います。これは的を得ていまして、比較的自分が欲しい情報を求める傾向にあります。自分の意見を否定するような資料をわざわざ選ぶ者はあまりいません。特に学歴最下層の者ならば尚更食いつきます」
「なるほど……」
「そこで集まった人々を洗脳と人体実験の道具とするのです」
「流石だな。それならば99%上手くいきそうだ」
「ええ、後で大王局長や特攻局に上申してみます」
為継は基本的に僕の言うことを聞いてくれているから便利に扱っている感じはある。しかし、それは僕がある一定の支持を得られているからであり、実情はこのようにとても恐ろしい男なのだ。
凄く仲が良いし信頼もしているが正直言って玲姉やまどか、島村さんのように明確な立場を取っているわけでは無い。これだけ仲が良い間からにもかかわらず肩の力を抜いて会話をすることすらも出来ない。何とも悲しかった。