第34話 玲子の権力と治癒力
「それなら輝君、明日からでも早速、鍛え始めたほうがいいわ。1日空いているのならなおさらね」
「は……いぃ!?」
満面の笑みで何を急に言っているんだこの人は……。
いや、正確には言っている内容そのものは分かるのだが、あまりにもやりたくない無いようなので脳がその処理を拒否したと言った方がいいだろう。
「輝君は私たちのリーダーと言っても過言ではないわ。リーダーが戦えなくてどうするの? 最終的には私が到着するまでの間の時間稼ぎぐらいできないと話にならないわ」
まず僕がリーダーなのかどうかは不明だがこの間の議論からすると玲姉は僕をリーダーに仕立て上げたいらしいので、これについてはスルーしておく。
「しかし、今日は何とか時間稼ぎをできたわけで、素晴らしい実績の1ページと言ってもいいのではないかね?」
「今日はたまたまでしょう? あと1分私が遅れていたらどうなっていたと思う?」
「うっ……」
1分どころか10秒遅れていても危なかった気がする……。
「それに、今のままだと、輝君はゲームを取ったら何も残らないわよ。虻利家に完全に依存している生活は良いとは思わないでしょう?」
確かにこの間虻利家と決別しようと決断した時も、その後僕がどうなるかについては考えてもいなかった……。
「な、何と言おうと、僕が鍛える必要なんて全くないね。僕はスーパーインドア派なんだよ。今は何故か知らないが外に出ていくことを強いられているが、世界大会以外では外に出たことがない連続記録294日を持つ。その僕がなぁにが悲しくて戦うために鍛えなくちゃいけないんだよ。そんなのアスリートがやればいいだろぉ? 僕はインドアで“新世界“を目指すね!」
無駄に早口で唾が飛ぶほど僕がまくしたてた。だが、こういう発言をした後でも玲姉の笑顔のままである。それが逆に怖すぎるだろ……。ちなみに“新世界”を目指すアテはゼロである。
「……輝君知っているかしら? あなたの愛するゲームにおいても新たなシステムが導入されようとしているのよ」
「新たなシステムぅ?」
「そうよ。攻撃を受けた時の衝撃、銃を撃った時の衝撃、これらをゲームの中でも再現するという取り組みよ」
「ああ、そういう技術は実際にはずっと前からあるな。ただ僕が圧倒的に不利になりそうなので、父上からeスポーツ世界連合に向けてそうならないように圧力をかけている」
「私が、お義父さんに言って、“その圧力を取り払うように”と言ったらどうなる?」
「ま、まさか……」
「ふふっ、輝君はたちまち苦境に陥るでしょうね」
意地悪っぽい笑顔に変わる。くそっ、それでも綺麗なんだから困るよ……。
「――そこまでして僕を鍛えても何もならんよ」
僕は大きく息を吸いながらそう言った。
「私が満足すればいいのよ。輝君が頑張っている姿を見るのが好きなんだから☆」
「それは名目上だろ? 実際は僕が苦しんでいるのを見て楽しむんだ……玲姉ドSだからな……」
「あら、失礼ね。嫌だといわれれば言われるほどやらせたくなるのと、輝君が苦しんでいるのを見るのは少ししか楽みにしていないわ」
「そこっ、否定する場面!」
「この際だから言うけどね。輝君、あなた適性試験なども継承者候補から落選するために捏造しているでしょ? オール最低評価だなんて極端すぎることをやらなければまだ良かったのに」
玲姉が言う“適性試験”というのは虻利流の継承者としてのテストだ。実はかなり高評価だったのだがあまりにも面倒だったのでかなり偽装して最低ランクにしておいたのだ。
「ぐぬぬ……」
「それに輝君。少しでも強くなれれば、もっと感謝される人間になれるわよ。やっぱり、力を持つ者のほうがより多くの人間を助けることができるからね」
……確かにそうかもしれない。今のままだと虻利の傘の下に居なければ結局のところ誰も助けることができない。今僕が何とか出来ているのも為継の全面サポートがあってのことだし、それもコスモニューロンや衛生管理システムに頼っているというのが実情なのだ。
「あー、分かったよ! やればいいんだろやれば! 煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
「ふふっ、従順になってくれて嬉しいわ……」
くそ……玲姉は僕を知り尽くしている。逆に僕も玲姉を知り尽くしている。ここで拒否すれば泣き落としか暴力での解決か……とにかく全くもって完全に僕が服従するルートしか残されていないんだ……。
「しかしだなぁ、僕はご飯とか食べたり筋トレとかでムキムキになったりするのが想像つかないんだが……」
「その心配は無いわ。別に筋肉なんてつけなくても大丈夫だから。
最低限の基礎体力ぐらいは必要だけどね。ほら、まどかちゃんを見てごらんなさい。別に以前変わっていないでしょう?」
「確かに鍛え始めたとは聞いたが別に何ら変わりはないな……鍛え始めたと聞いていたことを忘れるレベルだ」
「大丈夫だよお兄ちゃん! あたしも一緒になって特訓を受けるからっ!」
まどかが笑顔で手を振っている。あのどちらかというとひ弱だったまどかが相当なパワーを出せるようになっているのは事実だ。これはホンモノと言っていいのだろうな。
「私もちょっと足の怪我がありますけど、参加してもよろしいでしょうか? 足手まといになりそうでしたら控えますので……」
流石は島村さん。もともと武闘派だからこういうことにはかなり積極的だ。
しかし、事情を知っている身からすると“ちょっと”どころの怪我ではない。未だに杖を持って足を引きずりながら歩いているぐらいなんだから。
「そうね……知美ちゃん、右足を少しの間診せてくれない? 悪いけど包帯も取ってもらえるかしら」
「分かりました。もうすぐお風呂ですし今取って大丈夫です」
そう言って島村さんがゆっくり包帯を取る。骨にまで到達していた傷はかなり深く、今も痛々しい傷跡が残っている。
「具体的に今の状態はどうなのかしら?」
「そうですね……固定しておかないと結構痛みが走ります。神経細胞が修復するまで時間がかかるとのことでした。それでも2ヶ月でほとんど元に戻るということなんですから技術は凄いですね」
とは言うものの僕としては傷をつけてしまった張本人なので目を背けたい事実ではある……。
「ここに来たときは多少の治療ということしかやらなかったけど、今はやれるだけのことはやってみるわ。流石に今のままだと訓練に耐えうるレベルではないからね」
そう言って玲姉は両手を傷口にかざした。
「はああああああああああああっ!!!!!」
30秒ぐらい物凄い掛け声と共に凄く優しくて暖かい光を玲姉が出した。
すると、傷口が先ほどと比べて明らかに薄くなっているのが分かる!
「ふぅ……どうかしら?」
「す、凄いです! 先ほどまでの痛む状態からウソみたいに足が軽くなりました! 羽が生えたみたいです! 世間では“バリアフリー“とか言ってますけど肝心なところは全然なっていないんですよね。名目だけのものだなって言うのが分かります」
島村さんは、余程嬉しいのかいつもと違って饒舌なうえに、立ち上がって少しジャンプしたりした。いつものどちらかというとクールなイメージとは裏腹に、凄いはしゃぎようである。
「そう……良かったわ」
流石に力を使ったのが顔色は青白く額に手をやり憔悴している感じが見られる。
「だ、大丈夫お姉ちゃん?」
まどかがサッと近寄る。まぁ、ここは僕が出しゃばる場面ではないかな……。
「す、すみません……私のせいで玲子さんがお疲れになられたのに私は自分のことばかりで……」
「いいのよ。それより、その様子だともう大丈夫そうね?」
「はい、ほとんど元通りに回復できて嬉しいです。この恩は忘れません。今日は早く休まれたらいかがですか?」
玲姉がまどかと島村さんに支えられて立ち上がる。
「そうね。早くお風呂に入って寝ることにするわ。今日は露天風呂に特別な温泉を入れておきたいわね」
ちなみに、この家には天然温泉をわざわざ引いてきた露天風呂もあるし、男女別でもある。僕は結構ミストシャワーで済ませてしまうか、風呂に入りながらゲームに熱中して風呂の癒しも関係ないことが多いけど(笑)。
「是非ともお背中をお流ししたいです。ご迷惑でなければですが」
島村さんが手を合わせながら申し出た。
「ありがとう。お願いしようかしら」
よし、この玲姉が疲弊している隙に、明日から早速始まろうとしている特訓をうやむやにしてやろう……。足音を立てずにゆっくりと……。
「輝君、明日は7時に起きてご飯を食べたらすぐに特訓を開始するわよ」
ですよねー。覚えてますよねー。
「い、いやぁ、楽しみだなぁ。ハハハハハ……」
全くもって楽しみではなかった。折角大学が無い日だというのに訓練をしなくちゃいけないなんてどんな拷問だよ! どうにかして回避しなければ……。
※一時『政治家は国民のために働かないのか』に誤って投稿していました。申し訳ありませんでした