第31話 最強の援軍
「全く、輝君ったら情けないわねぇ~」
あれ……思ったよりも影が来ないと思いきや聞き慣れた声がする……。
「れ、玲姉!」
このオーラとこの匂いは間違いなく玲姉だ! 一体いつの間に現れたのかわからないが気配無く、しかし確実に目の前にいる……。細い背中だがこんなに頼もしい存在もいない。先ほどまであったはずの頭痛は一瞬にして吹き飛んだ。
「ヒョォッ! 一体どこから!?」
謎の声の主も全く同じ感想ということは余程うまくかいくぐって来たのだろう……。気配をも自在に操れるというのか……。
「輝君、見てなさい。こんなの一発なんだから。はあああああああっ!」
玲姉の拳に向かって風が渦巻いたかと思うと一気にそれを解き放った!
ドーンッ! と大きな音が鳴り響くと全ての影が消し飛んでいた。ついでに壁に大きな穴が開いている……恐らく廃墟だから良かったものの人がいれば無事では済まなかっただろう……。
「ヒィィィィィ!!! ここら辺の残留思念35体がい、一撃でぇぇぇぇ! お、覚えてろ~!」
まさに悪役が退散するような声で消えていった。最後のほうが遠ざかっていくような感じだったので逃げることには成功したのだろう。同時にようやく危機を脱した感じがする……脱力してその場に崩れ落ちた。
「取り逃がしたわね。方角は間違っていなかったと思うけど、少し離れたところから霊を操っていたようね。皆、大丈夫かしら?」
僕は正直言って腰を抜かしたのか立てません……。
「お姉ちゃぁ~ん! 怖かったよぅ~」
「よしよし、まどかちゃんはお化けが怖いものね。よく頑張ったわ」
まどかが玲姉の胸に飛びつく。玲姉は優しく受け止めてまどかの頭をなでていた。いつ見ても微笑ましく思えるような2人の姿だった。
「いやぁ、本当に助けに来てくれるとはね……しかも一瞬で片付けたから本当に驚いたよ」
「当り前じゃない。私は輝君との約束は守るんだから。――それにしても、もう少ししっかりしてくれないと困るわ」
「うっ……」
数秒遅ければまどかと共に影に飲み込まれていただろうから本当に情けない……。
「さて、まどかちゃんはお腹のあたりを痛めているようね。ちょっと見せてみて」
まどかが平べったいお腹を見せる。しかし、攻撃を受けた部分は紫色に腫れ上がっておりとんでもなく痛そうだ……。
「はいっ!」
少し、光を見たかと思うと少し紫色の部分が軽減されている。毎度のことながら魔法でも見ているような気分になる。
自分の理解が及ばないことを目の当たりにすると魔法のように思えてしまう……。すると他の時代の人が今の科学技術とかを見ても魔法か幻術のように思えてしまうのだろうな。
「そ、そういえば北条は大丈夫か!? さっき影に飲み込まれかけていたが……」
北条がいたと思われる方を見ると大の字で倒れている。が、少し腕のあたりがピクリと動いた。
そして、眼も開いた。
「……生きている。な、何とかなったのか……。あ、虻輝様は大丈夫ですか?」
北条は手足を確認している。怪我も軽症のようで、まどかが一番酷いぐらいだ。みんな無事で済んで本当に良かった。
「みんな無事よ。私は柊玲子。輝君やまどかちゃんのお姉ちゃん兼保護者と言っていいわね。よろしくね」
玲姉が手を伸ばし北条が起きるのを手助けしている。
「わ、私は北条輝成。小早川為継の友人で警視庁に勤めており階級は警部補です。虻輝様から聞き及んでいましたが、玲子さんが本当に解決されてしまったのですな……」
北条は本当に信じられないといった感じで周りを見回している。
「いやぁ、ホント玲姉ほど頼りになる人はいないよね。そういえば、伊勢はどうなった?」
「あそこで倒れたままですな」
麻酔が効いているのか最初にまどかのタックルで倒れていた位置から動いていなかった。
「なるほど、彼が小早川君から心配されていた人ね。確かに凄く強そうな見た目をしているわね」
玲姉はそんなことを言っている。まぁ実際に伊勢は強かったが、それ以上に強い上に見た目も美麗な人というのが目の前にいるわけだが……。
「さて、ちょっと北条君手伝ってもらえるかしら。私1人でも重さ的には運べなくも無いんだけどバランスを取るのが面倒だわ」
「任せてください」
玲姉と北条とで伊勢を一緒に運ぶこととなった。
「まどかは大丈夫か? 立てるか?」
玲姉から気が付けば離れていたまどかはまた座り込んでいた。
「う、うん。ちょっと手を貸して」
「しょーがない奴だな」
まどかは感情に任せて突発的に動く感じがするから思った以上に無理をしていることが多い。しかし、まどかの足手まといになりかけていた僕としては引っ張って立ち上がらせてあげることぐらいはやるしかないだろう。
「あ、ありがと……」
少し顔が赤い感じがする……やはり疲労がたまっているのだろう。
「よし、少し車まで距離はあるがあとひと踏ん張りだ」
皆でゆっくりではあるが歩き始めた。
「今後、景親はどうなるのでしょうか?」
「まぁ、簡単に言えば検査だな。普通なら健康ならそこから人体実験へという流れに繋がっていくのだが、何と言っても為継が科学技術局にいるからな。悪いようにはされないのではないかな」
僕も口添えをして何とかしてやろうと思うしね。
「なるほど、それは安心です。しかし、景親の様子はあまりにも尋常ではありませんでした……」
「私は、あのヘンな笑い方をしていた敵が操っていた可能性が高いと見ているわ。恐らくは精神を弱らせたところを幻覚などを見せて意図的に自分の思い通りに操っていたのでしょうね」
玲姉はそう分析した。北条とは身長差があるので肩で担ぐような恰好をしていて伊勢の頭の方を運んでいる。
「なるほど、玲姉の意見は的を射ていそうだ。奴と少し話をしたが、話した感じからすると獄門会などの一味という感じがした。
奴らの精神攻撃とその防御は虻利に匹敵するものがあるからなその可能性は非常に高そうだ。そうなると少し気になる点があるな……」
「な、何が気になるのです?」
北条が正面を見ながらも不安そうな表情でいるのが分かる。
「仮に洗脳されているのだとしたら、何かのトリガーがきっかけでまたその洗脳が発動し、先ほどのように暴走してしまう可能性があるということだ。
そしてその洗脳の発動条件というのはかけた術者にしか分からないことが多いということを聞いたことがある」
「と、ということは、景親は一生病院暮らしとかそういうことになってしまうのでしょうか?」
「うーん、こういう前例というのは流石に少ないから何とも言えないんだけどその可能性もある。しかし、逆に言えば前例がないから何か言いくるめられれば何とかなる気がしなくもない」
「そうね……伊勢君を手元に置いておきたいのなら“私たちで経過観察します“ということでどうかしら?」
「流石玲姉! ナイスアイディア! それならイケるかもしれない……あ、そういや為継に今回の件を無事に終わったと報告して無かった……北条もしてないよね?」
「ええ……為継も心配しているでしょうにすっかり忘れていました……」
まぁ、色々あり過ぎたし、自分のことで精一杯という感じのところはあったから為継勘弁してくれ(笑)
「なら、僕の方から今の決めた方針なども含めて連絡しておこう」
などと会話していたらもう車についていた。玲姉と北条はゆっくりと伊勢を車の後ろに乗せていた。
「ふぅ……玲姉本当にありがとう。玲姉が来ていなかったら一巻の終わりだった」
「いいのよ。でも、多少のピンチぐらいじゃ呼ばないようにね」
「きょ、今日のは危なかっただろ?」
「そうね、命の危機を感じたら緊急スイッチを押してね。私は“歩いて“帰るからまた家でね」
「うん、またね」
玲姉は手を振りながら去っていった。




