第30話 幽霊嫌い
玲姉への緊急信号は送ったが、いつ来てくれるかは分からない。とりあえずは、時間稼ぎをする他ないのだ……。
「まどか……お前だけでも逃げてくれ……。僕は何とか時間稼ぎをするから。」
伊勢のパワー・スピード・技術。どれを比べても今の僕達では勝ち目はない。
そして、まどかにこれ以上傷が増えたら僕は玲姉に消されるのは間違いないだろう。
それは伊勢に消されるか玲姉に消されるかの差に過ぎない。それなら家族であるまどかを助けたい! 僕がボコボコになっても構わないからまどかを逃がそうと思った。
「そんなっ! あたしはお兄ちゃんの支えになろうと思ってここまで頑張ってきたのにっ!」
ところが、まどかは先ほどまでグッタリしていたのが一転また立ち上がった。しかし、顔が歪んで、脇腹を押さえ、とても痛そうな感じが滲み出ている。かなり無理をしているのは明らかだった。
「うらあああああ! 死ね!」
伊勢が僕たちのことはお構いなしに猛然と斬りかかってくる。
一般人レベルの僕とボロボロになっているまどかじゃ話にならない……。
「虻輝様遅れてすみません! 景親! 喰らえ!」
「北条!」
伊勢がこっちに気を取られているうちに北条がタックルで伊勢の両足を捕まえて押し倒した! でかした! まどかが苦戦していたのもリーチの差が足りなかったせいだろう。体格が同じくらいの2人なら
「虻輝様、今です!」
北条が必死に抑える。僕は標準を合わせた。さっき自棄になって打ち尽くしていないで良かった。
「今度こそっ!」
今度こそ伊勢の胸のあたりに命中! 本来ならば麻酔銃は心臓のあたりは狙ってはいけないらしいが、ちょっとずれれば北条に当たってしまう。難しい塩梅だった。北条やまどかのことを考えれば、これは仕方ない選択だった。
「くそうっ! 何だこれはー! グおおおおおお!!!!」
「ぐはっ!」
しかし、さっきのバーナードを見てもわかる通り即効性があるものでは無いために、再び伊勢が盛り返しなんと北条を強引に蹴り上げてタックルから解放してきた!
「北条! 大丈夫か!」
「手こずらせやがって……殺してやるっ!」
そう言いながら僕にまた向かってくる。麻酔銃を食らいながら北条を吹き飛ばした上にこっちに向かってくるなんてなんて奴だ……。
「景親! 正気に戻れぇっ!」
北条が叫ぶ、すると振りかぶった木刀が止まる。
「て、輝成……か!?」
流石は親友だけあって北条の声は聞き分けられるようだった。
「とりゃあああああっ!」
伊勢の動きが止まるとまどかが僕の横から飛び出し、伊勢に向かってタックルをした。
「くそっ! コイツ……」
伊勢は吹き飛びながらも更に暴れようとしたが、組み合うことが出来ればまどかも強い。1,2分ほどか組み合っていると流石に麻酔が効いてきたのか動くのがついに止まった。
「よ、よくやってくれた。まどか、北条。お前達がいなかったらどうなっていたことか……」
皆、憔悴しながらもやり切ったという感じの笑顔を浮かべている。
「ふぅ~いえいえ、景親の不始末は私の不始末でもありますので当然のこと。お役に立てて光栄です」
「す、少しは見直してくれた?」
僕が飛び掛かっても弾かれて怪我するだけで伊勢に対しては何の意味も無かっただろうしな……。
「まどかがいなかったら終わっていたな。助かったよ。さっき、玲姉を呼ぶ緊急信号を発したけど呼び損だったな。完全に玲姉は無駄足になっちゃったな」
もっとも玲姉の緊急信号を解除する手段を僕は知らない。何せ玲姉は普段は携帯電話の電源を切っているから自分からの連絡と緊急信号を受け取る以外の機能を事実上自ら制限していると言っていい。
これも虻利家が背後にいる特攻局に自分の発言をなるべく聞き取られたくないためだという。なんともご苦労なことだとは思うがね。
「つ、疲れたぁ……」
「まどかは特に、さっき僕とを受けた個所は大丈夫か?」
「う……うん」
3人とも服がボロボロだ。僕とまどかは犬を捕まえるということで比較的擦り切れてもいいような服を着てきたが、それにしても見るも無残だ。まどかなんて下着が透けかけている……あ、あんまり嬉しくねーけどな!
「北条、少し休んだら伊勢を運んでくれ。流石に僕達では厳しい」
まどかは完全に力が抜け切った状態ながら脇腹は押さえている。これはむしろ僕が背負っていかなければいけないのではないかというぐらい疲労困憊している。最後の力を出せたのは意地を見せたという以外の何物でもないだろう。
「景親なら多少引きずっても大丈夫でしょう。見た目通りタフな奴ですからね」
伊勢と北条は同じぐらいの体格だからそういう運び方になっても仕方ないだろうな……。
「ヒョヒョヒョ! 回収されては困るんですよね。我が回収していきましょうぞ」
「だ、誰だ! 誰かは知らないが伊勢は渡さないぞ!」
どこからともなく不気味な声が聞こえてきた。しかし、ようやくここまで苦労して麻酔銃で眠らせたのに奪われたらたまらない。
「我、困りましたね……彼は素晴らしい実験台だったのに。なら力づくで取り返させていただきます」
カシャーン! という山伏が使っている金剛杖のような音が鳴り響いた。声の主はどこにいるのかよくわからない。
「さ、寒気がする。お、お兄ちゃん……怖い」
まどかが震えながら僕にしがみついてくる。しかし、疲労のためかその力は弱い。まどかの腕を見ると、ギョッとするほど鳥肌が物凄く立っている。
「大丈夫だって、こんなのハッタリだよ」
僕はそう言ってまどかを励まそうとしたが、僕も実は“嫌な予感”がよぎる。体の内側から沸き起こるザワつきみたいなのが体中這いずり回り、恐怖が全身を支配しようとしていた。
「お、お兄ちゃんっ!? あ、アレ……!」
まどかが顔だけでなく唇まで真っ青になる。僕はまどかのほうを見ている方向を恐る恐る見た。
「な、なんだあれは……」
まるで何日か前に見た夢に出たような不気味な影が僕たちの周りを取り囲んでいる。その数はおよそ30~50体ぐらいだろうか……? 正確な数は1体がどこまでか分からないため数えることができないが、それにしても僕の血の気も引いていくのが分かった。
あの影に取り込まれたらオワル……その感覚にまた僕は襲われた。
「虻輝様、私はまだ大丈夫です。任せてください」
北条が再び立ち上がり、構えを取る。背中は広くとても頼もしく感じる
「北条、気をつけろ。あの影に取り込まれたら悪い予感がする……」
夢で見た影と全く同じとは思わない。しかし、得体の知れない存在であることは間違いない。
「任せてください。注意して当たりますので」
影の3つが一斉に飛び掛かってきた! しかし、北条は冷静に脚で薙ぎ払い拳で殴り飛ばした。
「なるほど、影のように思えますが一応は物理攻撃が効きますな」
「流石だな。頼りになる」
ちなみに、まどかは声も出せずに震えている。余程幽霊っぽい存在が怖いのだろう……。
「我の軍団をそこまで簡単に倒すとは……なら、より強力な“思念“をまとめ上げてくれよう」
また、金剛杖のカシャーン! という音が鳴り響く。すると個々の影が大きくなる。
「な、何!?」
複数の影が北条に襲い掛かる。北条が何とか呑み込まれまいと必死に抵抗しているが時間の問題だ……。
「おい! 何の目的でこんなことをしている! 答えろ!」
とりあえず、不幸中の幸いか玲姉がこっちに向かっていることに変わりはないのだから、この影を操っている存在がいるとなれば質問でも何でもして時間稼ぎをしなければ……。
「貴様は虻利虻輝! 貴様は精神的に弱そうだったので悪夢をみせて自殺してもらおうと思ったのですが、家族に感謝することですね!」
「やっぱり夢で見た化け物と似たやつだと思ったらお前が悪夢を見せていたのか! 一体どういう原理だ!」
「我は呪術師。霊などを駆使し敵を精神的に追い詰めていく。更に、霊を具現化することもできるである!」
「やはり獄門会なのか? 何という名前だ! どういう目的だ!」
唐突に頭痛が押し寄せてくる。極限状態の長期化に対してもう体がついてきていないのだろう……。
「出自は明かせませんなぁ! 目的は簡単に言わせてもらうと、虻利家を打倒することですよ。この間も特攻局の人たちが来て返り討ちにしてやったんですから。下っ端じゃなくて、特攻局幹部が釣れたら面白かったんですが。まぁ今回は弱そうな大物が釣れてよかったですよ」
ああそうか、伊勢は虻利家が確保していないのではなく“確保できなかった”のだ。気持ちの悪い話し方のコイツは恐らくテロリストの一味で伊勢を餌にして虻利家からデータを取っていたのだろう。
「くっ! 誰か知らんがお前ごときの好きにはさせないぞ!」
と、威勢のいいことを言って、麻酔銃を構えてみるが正直なところ何の打開策も無い。そもそも相手がどこにいるのかも分からない……。
「ヒョヒョヒョ! そこのデカい奴も限界そうだし。お前もついでに捕まえてやるよ!」
一気に10体ぐらいの影が一気に襲い掛かってきた。
ふと足元を見ると、鉄パイプが転がっている。上手くいけば島村さんを倒した時のように奇跡を起こせるかもしれない。僕は鉄パイプを左手に持ち刀を抜く動作と同じような動きをした。
「あっ!」
しかし、まともな武器ではないため鉄パイプは先端部分だけがスポッという情けない音を立てて30センチぐらい先を飛んで行っただけだった。カランという虚しい音だけが残る。
「くそ! まどか! 逃げるぞ!」
戦うことも出来ないとなれば逃げるしかないけど、腕にしがみついているまどかを見るが、震えて動けそうにない……。
先程訪れた頭痛や眩暈が更に酷くなってきた……次に目を覚ました時、天国……いや、僕が天国にはいれるはずもないか……。