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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第1章 歪んだ世界で生きる者
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第3話 悪夢を断ち切るたった一つの方法

 朝食は手製のパンだった。最近は高級食材と言うより天然素材であることが多い。理由は健康に留意しているからだ。


「ねぇ、“ありがとう”って言われるためにはどうしたらいいと思う?」


 食卓につくと目の前に座る玲姉に聞いた。玲姉は本名柊玲子。

 玲姉は、日本NO.1のT大出身。パッチリとした大きな目に品のいい柔らかそうな口元、長い黒髪にスラリとしたモデル並みのプロポーションと見る者を圧倒させる。


 玲姉はその美貌を活かし美容や服のコーディネートなどを一括して行う事業を展開している。

 そして個性派集団の虻利家一族の中でも歴代屈指の戦闘能力を誇る――まさに万能。 その一言に尽きる存在だ。

 更に、僕が小学校に上がってすぐに行方不明になった母親代わりの存在ともいえるので僕は全く頭が上がらない。


「いきなりお兄ちゃん頭でもおかしくなったの? ……まぁ、前からおかしいか」


 イラつくことを横でまどかが言ってくるが、話の本題から逸れていくだろうからとりあえずはスルーすることにした。


「いや、本気で聞いているんだ。玲姉、どうなんだ?」


 実をいうと夢の中で助けてくれようとした“声”の主は玲姉じゃないかと思っている。小さい頃はよく“ありがとうと素直に言えて、ありがとうと言われることをしなさい”と常日頃から言われてきたからだ。


「そもそも何で今更そんなことを聞いてくるのかしら? 私は“感謝されることをしなさい“と言うのは日頃から言っていることだけどね」


 僕は夢で起きたことを簡単に説明した。ここ最近は特に酷いのだということも……。しかし、それは玲姉ならば分かっているはずだ。敢えて説明させているのだろう。


「そうね……輝君は夢の出来事についてはどう考える?」


「まやかしに過ぎないね。夢占いとかあるけどあんなものアテにならない」


「その割には話題にするぐらいには気にしているようだけども?」


「ぐっ……」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。実際についさっきもアプリを使って検索をしていたんだから。


「私なりの見解を言うならば、その夢は“あったかもしれない世界“と捉えるわ」


「何? どういうことだ?」


「私達は日々数多くの重要な選択をしているわ。その中で選択していかなかった世界というのが夢として出てくるの。特に自分が気にしている世界をね」


「じゃぁ、夢で出てくるのは“選択してない世界”ということで安心していいんだな?」


「そう簡単な問題ではないと思うの。その夢の世界が“未来”である可能性もあるわ。だから夢の輝君は“未来の輝君”かもしれないということよ。それだけ頻繁にその夢を見るのならば“警告“と捉えることも出来るわね」


 僕は今朝見た夢のラストシーンが一瞬フラッシュバックし、言葉を失った。しかし、こう言った回答を欲しかったのだ。


「そこで、先ほどの“ありがとう“と言われることだけれども、相手にとって“嬉しい“と思われることをすることじゃないかしら」


「なるほど……なら僕はそういう存在にどうしたらなれるんだろうか……」


「えー、今のお兄ちゃんがそんな人になれるわけないじゃん。文章を偽装して罪のない人たちを人体実験の献体にしてるんでしょ? サイテーだよ!」


 まどかが間髪入れずにつっかかってくる。やはり知っていたか……素直にズケズケとモノを言えるのはまどかのいいところでもあり悪いところでもあるように思える。

 この瞬間は僕の一番触れてほしくない部分に突っ込んできた。


「僕だって好きでやってるわけじゃない! お前も僕の立場になってみればわかるはずだ!」


 僕は思わず立ち上がりまどかに迫り胸ぐらをつかむ。まどかは嫌悪と憎悪を同時に宿し、ゴ○ブリを見るような目つきで僕をにらみ返してくる。


「な、何だよ。その眼は!?」


「お兄ちゃんがゴミなのがいけないんだよ。まさしく世界の敵だね」


「何だとォ!」


 まどかが反撃しようとして僕が防御しようとした時、グシャ! と何かを粉砕した音が隣から響いた。ギョッとして音のした方を向く。


「やめなさい、2人とも。冷静に話をしましょう。まどかちゃんも朝ご飯を美味しく頂きましょう?」

 

 まどかが反撃をしようとする寸前で玲姉が止めに入った。


――それも大胆にも近くの壁を粉砕するという形で……壁は直径50センチぐらいの領域が一気にヒビが割れた。

 それも玲姉は座っているのだから風圧だけでそれを成し遂げたのだ。

 玲姉はとても美人だけど恐ろしいことにこれぐらい造作もなくやってのける。

 かつて怒りのあまり家にある美術品を粉砕したこともあったので今はホンモノによく似た模造品に家中が置き換わったほどだった……。


 玲姉用にこの家は改築されまくっている。だが、それを超えてくるんだから恐ろしい。静かな玲姉の声と対照的な行動の前に僕もまどかも流石に震え上がり席についた。

 玲姉もそれを見て何事も無かったように紅茶を淹れ始める。


「こ、この実験は日本の――いや世界の将来のために必要なんだ。他の哺乳類での実験ではでは人間に限りなく近くてもデータとして不足する。人体に転用する際に齟齬が生じてしまうことがある。それを限りなく防ぎたい――と科学技術局は主張している」

 

 僕はまどかを見ながらそう言ったがまどかは下手に視線を合わせると再び争いになることを悟ってか最早目線すら合わせようとしない。


 いや、もはや僕の存在などいないかのように自分の使った食器を片付け始めた。


「言いたいことは分かるけど、自主的に体を献体しているわけじゃないのだし、自主献体の人たちも実験内容を知らずに参加しているという話じゃない。それらを全て知ったうえでプラスに評価してくれる人はいないと思うわよ」


 玲姉はそう言って紅茶を静かに飲む。先ほど壁を粉砕した人物には見えない落ち着きだ。バラが咲乱れたカップとも玲姉は似合っている感じがする。

 確かその紅茶の名前は忘れたが美容や健康にいいらしく、好んで飲んでいる。今はその優雅な姿が僕に対しての壁を感じさせた。


「で、でもさその評価を決めるのは後世の歴史だと思うんだよね。立場によって評価は変わるわけだし」


「確かにそうね。でも歴史を今作っているのは虻利家よね? 虻利家に不都合な真実は消えていくことになるわ。今の虻利家ならあらゆるデータの改竄も可能でしょうね。そうなると輝君の行いは後に評価されるかもしれない。それに今でも科学者にとっては“ありがとう”と言われる行動をしているのだと思うわよ」


「だったら……」


「でも、その分涙を流す人がいるのは問題だと思うわ。犠牲があまりにも大きすぎると思うしね」


 玲姉の表情がどんどん真剣なものになっていく。普段は笑顔を絶やさないだけあって今は息苦しさを感じるほどの圧力が感じられる。

 だが、僕は自分の立場を守りたい。


「それでも僕はこのやり方しかないと確信しているよ。数多くの失敗あってこその成功につながっていると思うし。人間と言う種の発展のためには多少の犠牲は仕方ない。弱い存在から消えていく弱肉強食の社会は自然の摂理だ」


 弱者の切り捨ては資本主義社会が発達していくにつれ必然的に起こってきたことだ。それを“是正しているかのように“政治はパフォーマンスをしていたに過ぎない。

 多くは資本家や利益者集団からの政治献金であり”国民のための政治”は見せかけだけだ。


「本当にそう思っているの? そうやって、弱い存在から切り捨てていったときに、最後には自分一人ぼっちになるわよ? 究極の優生思想だと思うしあまりにも危険な思想よ」


 玲姉は咎めるような鋭い目つきで僕を見つめる。


「うっ……」


 確かにそうだ。一蹴された。持っている脳のスペックが違い過ぎる。もう、返す言葉は無くなった。


「そもそも私にこういう問題を聞くということは大体返ってくる答えが分かっているのではないかしら?」


「ど、どうなんだろう……」


 だが、玲姉がこういう発想・返答をしてくるということは自分が一番よく知っているといえば確かにそうだ。

 いつも真っすぐで人の道を外れたことが嫌いだったんだからこういう答えが返ってくるのは分かり切っていた。


「そうしたら自ずと輝君が本当にやりたいことが見えてくるんじゃないかしら? 受け身でやるのではなく自分で考え、本意でないことはスッパリやめて、自主的に取り組んでみたほうがいいわね。

 私は輝君に思想を押し付ける気は無いわ。参考までに私の意見を言っているだけよ。最後は輝君が最終的に結論を出してね」

 

 僕は思わず唇をかみしめた。自分の中にある答えがもう分っている? そんなはずはない……。


「つまり、今の全てを捨てろとでも言うのか?」


「私の意見はそうなるわね」


 ある程度は予期していた答えではあったがやはり受け入れ難いものがあった。

 利用価値のない人間は虻利家では必要ないからだ。僕の生きる意味を否定されるのだ。


「どーせ、あたしと同じぐらい頭が悪いんだからさぁ。お兄ちゃんは大人しくお姉ちゃんの言うことを聞いとけばいいんだよ。所属している大学だけはいいけど頭の中はあたしと同レべじゃない!」


「ちっ、お前に何が分かるんだよ! まどかの分際でさ!」


 まどかは憐れむような眼で僕を見つめた。その眼は澄んでいてとても居心地が悪かった。

 直ちに皿に残ったパンを詰め込むと、逃げるようにしてその場から逃げ出した。

 これ以上取っ組み合いになると折角のパリッとした服が汚れるか破けるだろうというのもあった。


「あっ! 待ってよぉ! 行儀悪いしぃ!」

 

 音圧だけで食器が割れそうなぐらいのまどかの声を背に浴びたが、お構いなし玄関に向かった。玄関に置いてあった荷物を取るとすかさず靴を履き外に飛び出した。

 今の僕の存在意義――それを否定されたようで嫌だったのだ。

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