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第28話 善悪二元論の誤り

一方、玲子と知美は玲子の経営しているBUDで知美の洋服を買っていた。

知美は持ち合わせの洋服や下着などの種類が少なく、2日に1回同じ服や下着を着ているぐらい困っていたところだったので、渡りに船と言えた。


 昨日の虻輝とまどかが破壊したダイニングテーブルの代わりのテーブルも玲子が選び、今日の午後にはもう届くということだった。烏丸が受け取ってくれることだろう。

 こうした一通り買い物を終えた後、近くのヒノキの香りがするなかなか雰囲気がいい喫茶店に2人は入った。


「今日は本当にありがとうございます。玲子さんのお陰でとてもいい買い物ができました」

 

 2人は今、昼食を取った後、喫茶店で休憩しているところである。


「私のコーディネートで問題なければいいけれどね」


 ちなみに玲子の直接の指導を受けたい人間は山のように待っており、引き受ける人数が少ないのもあるが、数か月先まで予約が埋まっている。


「いえいえっ! 玲子さんから直接服装の御指南をいただくなんて夢にも思っていませんでしたから! 明日から早速着てみます! とても楽しみですっ!」


「そんなに喜んでもらえたのなら私も嬉しいわ」


 健康に留意されながら見た目も色とりどりのケーキを2人が食べた。紅茶を飲み一息ついたところで玲子が切り出した。


「知美ちゃん、何か昨日から悩んでいるみたいじゃない。何かあれば相談に乗るわよ?」


 知美は黙った。笑顔も消えて言葉を選んでいるようだった。そして玲子の質問から1分は経過しただろうか? 知美は口を開いた。


「……私、これまでは自分の考えが正義だと確信していたんです。そして虻利家は世界をおかしくさせる悪の権化だと思っていました」


「ええ、その知美ちゃんの考えは間違ってはいないわ。虻利家のやっていることは表向きは良くても世界を悪くしていっているのは間違えないしね」


「でも、虻利も皆が皆悪いわけでは無いということを気づきました。私がこれまでいけなかったのは、正しい人は全てが正しく、悪い人は全てが悪いと思い込んでいたことです……。玲子さん……正義って一体何なんでしょうか? 分からなくなっちゃいました」


 知美は玲子の瞳を見つめる。玲子の澄んだ瞳は周りの人物を惹きつけることだろう。


「私も正義が何かなんて分からないわ」


「えっ!?」


 あまりにも予想外だったので知美は文字通り飛び上がった。


「でも、これは私の考えだけど、自分がしっかり考えて出した結論ならばそれは“正義”と言えるのではないかしら?」


 知美は思わず深呼吸をする。冷静に考え直しているのだろう。


「しかしそれでは正義ということの定義が曖昧過ぎはしませんか?」


「“正義“というのは一側面から見たものに過ぎないのよ。”大義名分“という言葉があるでしょう? あれは『自分の側から見れば正義である』と言っているのと同じよ。

 虻利家上層部にだって”世界を良くしたい“という名の下で活動しているからね。その手段が大いに問題なのだけれども。

 結局のところ、立場や時代が変われば正義なんて容易に変わってしまうものなの」


「なるほど……極端な話それぞれ1人1人に正義があるということなんですね……」


「そういうことよ。ただ、多くの人は“自分の意見“というのを持ち合わせていないの。他人の意見をそのまま鵜呑みにして流されていってしまう人がほとんどだから。”自分の正義”ではなく“他人から押し付けられた価値観での正義“なのよ」


「私はこれからどうしたらいいんでしょう……」


「知美ちゃんの考えは大筋では間違っていないと思うわ。ただ、少しずつ“正義”を修正していく必要があるのよ。自分が“間違っていた“と思ったのならそれを受け容れるということね。その後しっかりと見直すことが大事になるのよ」


「“正義”がたくさんあって、しかも修正できるなんて思ってもみませんでした……。私は、悪いところに所属している人は全て悪い人、それに対抗する勢力はいい勢力だと思い込んでいました……。私はダメな人間です」


「善悪二元論として考えた方が楽だからみんなそうなってしまいがちよね。勿論完全に黒の人間もいるわ。でも世の中は実際のところはほとんどの人は白と黒とでハッキリ分かれているわけでは無いのよ。特に、灰色の人間もいるしその中には白に近い人間もいるの」


「なるほど……」


「そもそも、“白い人間“という定義も良く分からないしね。白粉で真っ白なのかしらね?」


「ふふっ、確かに分かりませんね」


 虻輝がよく困惑する玲子の“真顔ボケ”である。しかし、知美にはしっかり伝わったようだった。


「とにかく、レッテルを貼って“こういう人間だ”と相手を決めつけてしまうことは危険なことなのよ。他人について全てを知っているわけでもないのにね」


「はい……私はどこを改善していけばいいんでしょうか?」


「知美ちゃんは私に似て正義感が強い芯の通った素晴らしい子だと思うわ。ただ、も少し広く物事を考えていくべきなのよ。状況次第では良い悪いというのも変わっていくからね」


「確かに、時代によっても価値観は分かっていきますよね……。ですが、“普遍的に悪い”ということは何かないのですか?」


「私のこれまでの経験からすると、一番問題でダメな人は過ちを犯したことに気づかずに修正できない人ね。これは自分で気づくか他の人から指摘してもらわないと次のステップに進めないわ」


「なるほど……私は玲子さんが教えてくれた分幸せだということですね……」


「次に問題のタイプの人間は、過ちを犯したと気づいてもそれを無視してしまうことね。

せっかく気づいても“これまでの自分“と決別できないがために指摘されたことや気づいたことを”無かったこと“にしてしまうのよ。

 特にお年を召した方は長い年数そういう”固定概念”が累積していってしまって変えることができないの。“違う自分”になってしまうのではないかと思うからね」


 知美は玲子の言葉が刺さったのか動きも表情も止まった。


「ま、まさしく今の私がそういう感じです。善悪二元論の考え方を変えてしまったら、これまでの私がいなくなってしまうのではないかと思ったんです。

 それで、昨日から嫌になって落ち込んでいたんです……。でも、正義にも個々人合って種類があるのだとしたら、いったいどんな風に“信じるべき正義”を見分ければいいのでしょうか……」


 玲子はカップを少し揺らしながら少し考えた。そして、1分後ゆっくりと口を開いた。


「具体的に“信じるべき正義“というのを断言することはできないわね。ただ一つ言えることがあるとするなら、個々人の正義はそれぞれの立場としてあるとしても、社会全体としての正義。これは確固としてあるはずよ」


「申し訳ありません。イマイチピンと来ないのですが?」


「そうね……悪いことをした人が“勝ち逃げ“という状態を許さないで裁かれるそういった社会であるべきなのよ。ちなみに倫理的・道徳的に反していることが”悪いこと”の定義だと思っているわ。

だから“悪いこと”をする人々をどうにかして “信じるべき正義“というのが見えてくるのではないかしら?」


「なるほど……」


 知美は自分の手元に目線を下げる。彼女なりに玲子の言葉を飲み込んでいるようだった。

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