第27話 まどかVS伊勢
「ところで、対伊勢についてなのだが、どうやって戦おうか?」
15分後互いに昼食を終えたのでいよいよ作戦会議に入る。
「基本的には私が正面から当たりましょう。なるべく傷つけたくありませんが、向こうも木刀を持っているようです。
剣術の腕前も確かですから本気で取り押さえにかかります――例えそれが親友との命の奪い合いになろうともこのままには出来ません」
眉間にしわを寄せながら絞り出したような声で北条はそう言った。苦悩と決意のほどがうかがえた。
どうやら、先ほど昼を食べながら話を聞いた限りでは北条は柔道六段の実力者らしい。
しかし、伊勢も剣道六段の実力者の上に殺人剣をマスターしている可能性がある。正気を失っている可能性もある。殺すつもりで取り掛からなければ命が危なくなるだろう。
「あたしも手伝うよ!」
「もしもの時は玲姉を呼ぶかね。時間稼ぎをしないと到着まである程度時間がかかりそうだが……」
「柊玲子という女性については為継からも話を聞いていますが、そんなにも強いのですか?」
「一言で言わせてもらおう。強いとか弱いとかそういう次元を超えている。
並の相手では話にならないレベルだね。相手の実力を瞬時に見抜き、それこそどうやったら傷つけずに勝てるのかとかそういうことを余裕で考えている。
あとは動きの華麗さとかそういうことも追及していそうだよ。弟を長年やっている僕ですらその強さの底は知れない……」
「そ、そんなにも強いのですか……」
「格闘ゲームで例えるなら、選べるなら全員が選択するだろうとかそういう1強キャラだろうな。まぁ、それだけ強いなら裏ボスとかになりそうだけど」
「な、なるほど……」
表情からすると北条はイマイチ僕の表現を分かっていないようだった。
「あたしもそこそこ強いよ! 見ててよ! お姉ちゃんの出番がないぐらい活躍しちゃうんだから!」
まどかが息を巻いているが、果たして実践ではどの程度役に立つかは不明ではある。さっきは正面から犬が来てくれてそれを受け止めただけだからな……。
僕の格闘ゲームのように相手の動きに合わせて避けるとかそういった素養があるかどうか……。
「まぁ、先ほども活躍したし期待しておくよ」
「任せてっ!」
まどかにはやはり一抹の不安はあるがここは気勢を削ぐようなことは言えない。僕は戦力とは到底言えないからだ。作戦会議とは名ばかりの話し合いで終わってしまったが……。
「着きました。衛星からの情報だとこの辺りだと思います」
美甘がそう言うと、車の中の緊迫感が一気に高まる。誰も言葉を発しない。僕も自ら戦わないとはいえ、冷汗が出てきた。これは……誰も外に出ていきたくない雰囲気だ。
「よし、行くか。誰かが犠牲になる前に。伊勢が取り返しがつく段階のうちに」
張り詰めた空気を打開するには実際には戦わない僕が一歩目ぐらい踏み出さないとな……。
「うんっ!」
まどかや北条が後に続く。街並みはちょっと寂れた感じがある。元下町の再開発が遅れた地域なのだろう。曇ってはいるが昼なのにもかかわらず何だか薄暗い感じのイメージがある人気をあまり感じさせない街だ。
「さて、ここら辺の近くにいるとの情報ですが……。どうなのですかね?」
北条が僕の横で周りを見回している。道はT字路になっており、僕たちが来た道には伊勢らしき人物はいなかったので左右どちらかだ。
「うむ、なら僕とまどかは左を北条は右を頼む。そういや、連絡先を交換してなかったな。僕のコスモニューロンの連絡先はここな? 見つけたらすぐに連絡してくれ」
「分かりました。私のはこれです。そうですね……10分経っても見つからなければ引き返すという方向にしましょう」
「往復を考えると一番かけて20分というところか」
「そうですね。では後ほど」
僕たちは2手に分かれた。まどかは僕の袖に捉まる。
「おい……歩きにくいんだが……先程の威勢はどこに行ったんだよ?」
「えー、だってなんかデテきそうで怖いんだもん……」
そういやコイツ、お化けとかが嫌いなんだっけか……。まだ日は高いがちょっとジメジメしていて薄暗い街並みなので確かにお化けが出るならここら辺と言われればそうかもしれない。
「オイオイ、そういうところは変わってないのな。僕はさっきの大型犬や伊勢とかのほうがよっぽど怖いぞ。大体まだ昼なんだし仮にいたとしても出ないって」
そもそも、根本的な話として、まどかにどうして幽霊が怖いのかと聞いてみたら具体的に霊を見たりしたことはないという。怪談話とかを聞いて恐怖を植え付けられてしまったらしい。コイツは結構素直に信じちゃうタイプだから玲姉や僕が見ていないところで勝手に信じてしまったようだ。
「だってさぁ……。見える敵とは組み合えば何とかなる気がするけど、見えない敵はどうしようもないんだもん……」
まどか理論ではそういうことらしい。まぁ何となく言いたいことは分かるが……。
「霊ってのも残留思念みたいなものが影響を強く残している場合があるって大王が言っていたな。最新の科学的な分析でもそうあるんだから未練みたいなものがあるんだろう。
そうなるとこの地域だと再開発延期とかで首吊り自殺した霊とかがデテくるかもなぁ!」
「も、もおっ! こ、怖がらせないでよね……」
まどかは袖どころではなく、僕の腕にしがみついてきた……。
「ちょっ! ホント、歩きにくいんだって!」
片手で麻酔銃、持っていないほうはまどかがしがみついており、両手がふさがっている形に近いので、バランスを崩しそうになった。
「驚かすのが悪いんだよっ!」
まどかがそう不満を漏らすとほぼ同時に、キャーッ! 叫び声が聞こえてきた。しょうもない話題で緩みまくっていた僕達に再び緊張の空気が走る。
「こっちの方から聞こえたよ!」
「よしっ! 行くぞ!」
まどかを振り切って全力で声のほうに向かった。
「ちょっ! 待ってよー! 一人にしないでぇ!」
まどかも懸命に追ってくる。怖さもあってか必死に僕の後を追ってくる。
曲がり角を曲がったところで、大男が女性に木刀を振りかざしているのが目に入った。あの人相と体格は間違えなく僕たちが追っている伊勢景親その人だ!
「くそぅ! やめろー!」
僕が叫びながら手元にある石を投げた。なぜか知らんが奇跡的に当たりこっちを睨みつけてきた。恐ろしい形相で目が血走っている。
しかし、焦点はどこか合っていない……そんな印象を受けた。それが野々谷さんなどが使っている薬物のためかどうかは分からない。
「うぐあああああ!」
伊勢はこっちに向かって猛突進してくる。襲われそうになった女性は自分のほうに来ないと見るや、一目散に逃げていった。多分もう大丈夫だろう。怪我も無さそうでよかった。
「ってそれどころではない! まどか頼んだ!」
僕も一般人と変わらぬ戦闘能力なので逃げ始める。冷静に分析している場合ではない……。
「分かったっ!」
まどかとすれ違いながらまどかに任せた。僕はその間に北条に位置情報と伊勢がいたことをコスモニューロンで伝える。
「くそっ! この! 死ね!」
伊勢はまどかに向かって斬りかかってくる。まどかは必死に体を捻じったりしながら交わしていく。伊勢は腕のリーチが長く更に太い木刀なのでまどかが間合いを詰めきることができない。
僕は麻酔銃を伊勢に当てようとするが……伊勢の動きは見えるがどうにも標準が定まらない……。
「当たれっ!」
だが、1発目は伊勢の左肩の上を通過していった。弾はまだ手持ちで8発あるが、この調子で乱射しても当たらないだろう。無駄にはできない。
「しかし、あの伊勢……まどかを見て言っているのではないな……」
何というか、伊勢は幻覚というかまどかを別の何かにでも見えていてそれに対して斬りつけている……そういった印象を受ける。
って考えている場合じゃないな。もう1回動き回る伊勢に標準を合わせる。今度は少し下の方を狙うか。
「行けっ!」
2発目を放つが何と伊勢はそれを木刀で弾いた! 驚異の反射神経にこっちの手汗が止まらない。ウソだろ……この麻酔銃の弾は銃弾とかよりは大きいけどそれでも5センチぐらいしかないぞ……。
「まどか! 何とか伊勢の動きを止めてくれ! 最低でも注意を逸らしてくれ!」
「うんっ!」
まどかは避けながら何かきっかけを見つけたのか、低い姿勢から潜り込んで一気に飛び掛かった!
だがしかし伊勢は交わした。案外飛んだりしている時は無防備になっている……そんなまどかの横腹に木刀を横側から振り込んだ。
「あぐっ!」
まどかは吹き飛ばされて何メートルも飛ばされた。
「まどか!」
僕は走りながら、3発伊勢に向かって牽制の銃弾を打つ。全て交わされるか弾かれるかはしたが、なんとかまどかの下にたどり着いた……。
「だ、大丈夫か!?」
「だい、じょ――うっ!」
まどかは立ち上がろうとするが、脇腹のあたりを抑えた相当なダメージを受けたのか立ち上がることすらままならないようだ。
「動くなよ。少し頭も打っているみたいだ」
恐らくは吹っ飛ばされた衝撃で受け身が少ししか取れなかったのだろう。
「ご、ゴメン……あたし、役に立てなくて……」
さっきまであんなに元気だったのに、幽霊が怖いとか言って僕にしがみついたり、あんなに力強く戦っていたのに……今は地面に横たわり弱々しく僕の手を握っている。
「くそっ! よくもまどかを! 伊勢、許さんぞ!」
伊勢は僕のほうに向かってくる。もうイチかバチかで連射しまくるしかない。
「当たれっ!」
6発目は右わき腹の横を掠めたが僅かに当たらない。伊勢は外れると思ったものは微動だにしない。勝負勘も素晴らしい。
7,8発目は連射して腹のあたりを狙った。1発は弾かれ、1発は交わされた。残る距離は3メートル。
「な、なぜ当たらない……」
FPSやTPSではあんなにも圧倒的なのに……現実ではどうして……。原因の一つはリアルの僕の力量不足だ。特にゲームでの感覚と実物の重さや感覚とが合っていないんだろう。事実、伊勢の動きは結構見えていたりするんで動体視力そのものは通用している気がする。
くそ……こうなったらこれを使うしかないか。僕はズボンの後ろのポケットに入れていたボタンに手を伸ばした。