第26話 野球好きトリオの過去
再び車に戻ると伊勢や為継の情報について北条に引き続き教えてもらうことになった。
肝心の伊勢本人の位置については不明なのでとりあえずの雑談タイムというところだ。
「今でも、私と為継と景親とで草野球チームとして出場するために自主練習を3人でやることがありまして、それで交友が続いているのです。ちなみに、為継は途轍もなく足が速くてショートの守備も身のこなしが軽く堅実で正確なのでとても頼りになります」
「へぇー、そうなんだ。見かけによらないというか今までのイメージを改めないとな。伊勢についてはどういう奴なんだ。為継からは体格的な情報以外はあまり持っていないんだ」
「虻輝様のように上下関係が嫌いな奴でしたね。しかし、全ての野球の技術において抜きん出ていました。ミートは上手いし長打力はあるし守備も機敏で、高校時代は投手もやっていましたね。プロ野球だけでなくアメリカのメジャーリーグからも注目されていましたよ」
「ほぉー伊勢はそんなに凄い選手だったのか」
「しかしその分周囲との軋轢が凄く、私と為継がなんとか取り次いでやるという感じでした。我々が卒業してからは更に孤立してしまい野球を取り組むということを辞めてしまい。高校卒業後は日本軍に入ったというわけです」
「ふぅむ、確かに僕ですらチームに溶け込めなかったのだから、更にその上に圧倒的な能力があるのだとしたら皆から僻まれたりして大変だろうな」
「そうなのです。アイツは性格的には良い奴で責任感も強く正義感もあって頼りになるんですがね。如何せん、協調性があまりありませんでした」
「僕も協調性はあまりない(笑)。それじゃ、元に戻ってくれれば話は合うかもしれないな」
学校での文化祭とか体育祭などの行事はダルすぎて“地獄”という以外の表現は無かったからな……。
「ええ、仲良くしてやってください。そんな景親が様子がおかしくなったのはここ1,2年でしたね。突然、“師匠を見つけた!”とか言い始めて我々の野球練習にも顔を見せなくなり、剣術の稽古に没頭するようになったのです」
「しかし、不思議だよな。この科学が極限まで発展した社会において、今は剣術やら弓やらが注目されているんだから」
「電脳世界でアバターにおいて生活やコミュニティができるという状況にはなりましたが、機会の平等が与えられただけで実際のところ自分が努力をしなければなりませんからね。特にロボットやAIなどではあまりできない芸当などに注目されつつあるのです」
「ふむ。僕のようなプロゲームプレイヤーも需要はあるからな」
「動きだけはロボットでも再現できるかもしれませんが、人間のしなやかさや美しさそういったものは未だに実現できていません。そういったものを極めようという人が増えており、ご存じだとは思いますが一定の条件を満たせば収入に繋がるというシステムも実施されています」
北条は立派な体格なのでそういった武術にも秀でているのだろう。その周辺知識にも詳しいようだった。
確か100メートルだと10秒を切るタイムを出した年だと年収300万円を保証。
9秒90を切るタイムだと500万円など随時上がっていくほか、世界選手権やオリンピックで優勝すれば別建てでそれぞれ1千万円と手厚いアスリート保護がされている……。
ただし、引退などをした場合は大抵の場合は人体実験などに使われる。結局よさそうなことも最終的な着地点はそこなのだ……。
「なるほどねぇ。近頃のブームって言うのはそういう背景があったのか。確かに、ロボットやAIによって人間の肩身は狭くなったような気もしたが、“よりよく人間らしさを追求するためにはどうしたらいいのか“そういった点においては新しい道が次々と模索されているんだな」
「そうです。ある意味、デスクワークや工場などの誰でもできるような仕事に追われるという生活はあまりなくなりましたからね。
そういうわけで、景親も剣術にハマりだしたわけなのですが、その教えてもらっている相手というのが良くないのです」
「というと、教え方が悪いのか? 邪道を行く感じなの?」
「普通の剣道とは違い殺人剣のようなのです。そして、反虻利としての組織に属していることも調べているうちに分かりました」
「なるほどそれはかなり物騒だ。心配になってくるな」
「ところでさぁ、なんで反虻利だと心配になるの? 虻利が悪いことをしていてそれを正そうとする勢力なんでしょ?」
まどかが急に話に割り込んできた。
「いや、それが事はそんなに単純な問題ではないんだよね。反虻利勢力のいわゆるテロリストと言われる勢力だって虻利家への権力一極集中を嫌っているだけでね。虻利家とやろうとしていることはそう変わらないみたいなんだ」
「ど、どんな事やってんの?」
「虻利が科学による人体実験を行っているなら、獄門会を始めとする反虻利勢力は呪術による人心操作だ。
主力メンバーは虻利の精神攻撃にも耐えうる驚異的な精神力を持っている。
島村さんも恐らくは彼らによって鍛えられたのだろうな。単身で乗り込んで父上を追い詰めたあの精神力と技術力は凄いものがある。
虻利を倒すことを目的としているがその後のビジョンについては誰もわからない。信頼できるか分からない集団なんだ」
「そ、そうだったんだ……全然知らなかったよ……」
まどかは玲姉と同じく獄門会の血筋ではあるのだが、僕と限りなく近い環境で育っている上に、虻利家との情報的な繋がりも無いだろうから知らないのも無理は無いだろう。
ただ、この僕の情報も実際に見たわけでは無い。虻利家によるマインドの刷り込みと言う可能性はある。それだけのことをやりかねないからな……。
「虻利の実情を知るとそれはもう酷いからさ、それに徹底抗戦をする勢力というとなんとなくいい勢力に聞こえちゃうけど、一つ一つを見ていくと危険なことには間違いないんだよな。
支配を任せてみれば第二の虻利家どころではなくもっと見た目から酷い統治が始まるかもわからない」
「私は、虻利家の支配下にある警視庁に勤めていますが虻利に対する絶対的な忠誠というわけでもありません。私は虻輝様のような方を待っていたのです」
なぜか知らんが北条から慕われている……?
「い、いや僕は何の理念も語っていないしどんな奴か分からんよ?」
「いえ、冷静に実情を分析している人すら少ないのがこの世の中です。うわべの状況に流されてしまう人のほうが圧倒的に多いですからね。先日お会いした時から“この人“だと私は確信しました」
「過剰評価すぎると思うけどなぁ(笑)。まぁ、僕は比較的に“使える”と思った人はドンドン頼んじゃうと思うよ。僕は見ているだけとかザラにあるから……」
「ホントお兄ちゃんは人に任せっきりのこと多いよね……」
まどかは先ほどのことを根に持っているのだろう。しかしだなぁ、僕が手伝っても足手まといになるだけだからなぁ。
「いえ、気にしないでください。今回の景親ことも為継の親友だからという理由で助けて下さるのでしょう?」
「勘違いしないで欲しいのは、別に誰かのためになることをしたいとか高尚な理由ではなく、ただ単に日頃の関係を考えるとここで借りを返しておいた方がいいと合理的な判断を下したまでだ」
「お兄ちゃんも素直じゃないねぇ」
「いや、お前に言われたくないぞ……」
「あたしはいつも素直だもんっ!」
「あの……盛り上がっているところ悪いのですが、小早川さんから伊勢さんの位置が分かったとの報告が来ています」
車を運転しているのは美甘なので、詳しい位置を教えてもらうために今は為継と美甘が連絡を取り合っているという状況だった。
「そうか……。先ほどの話だと僕に似たやつということらしいし、尚更何とかしてやりたくなったな。それで、どのあたりの地点なんだ?」
「今は世田谷区にいますから墨田区まで30分もかからないと思います。飛行駐車場所次第ですけど」
「なるほど。そっちは任せた。気が付けばもう昼前だな。北条は昼を持っているか?」
「ええ、スーパーで調達したものですが」
体格に見合った大きな弁当2つである……僕なら一つの弁当も食べきれずに胸焼けを起こしそうだ。
「そうか。まどか、僕たちも弁当があるのでそれを食べるか。」
「そだねー」
今朝、玲姉から弁当を渡されていたのでそれを食べることにした。中身は――色とりどりのおかずが少しずつ入っている。流石は玲姉、僕好みのテイストになっていた。




