第23話 二重の依頼
玲姉が紅茶を淹れ、しばらくして落ち着くと再び会議に戻った。ダイニングデーブルは粉砕されたのでソファーに座って手でカップを持っての会議に変わった。
「大体バーナードってデカいのに、迷子になるのもある意味不思議だがね……」
僕は右手でカップを持った。味はまろやかで美味しい。左手は先ほど玲姉によって自己治癒能力は上がったがまだ修復途中という感じで、ちょっと今日中は物を持つのは危険な感じがした。明日までにはちゃんと回復してくれよ……。
「そんなに大きなワンちゃんを捕まえるためには麻酔銃とかが必要かもしれないわね。飼い主以外が来たら暴れるかもしれないし」
「確かにそうだな……為継や美甘に手配させよう。あとは、檻のような物があると良いかもしれないな」
そう言いながらコスモニューロンを立ち上げる。
「為継。今いいか?」
「ええ、問題ないです」
「いやぁ、知っているかもしれないけど今日も仕事がまた来ちゃって。毎日僕のサポート申し訳ないねぇ……。明日は犬の捜索みたいなんだよね。データを送っておいたよ」
「いえ、大丈夫です。なるほど、かなり大きいセント・バーナードのようですな。確かにこれなら衛星管理システムならばすぐに見つかりそうですな」
「それより、麻酔銃ってどれぐらいの時間で眠らせられるんだ。まさか、アニメみたいに命中してからすぐに眠ることなんてないだろうし」
「技術的には存在しますが、命中した瞬間眠ってしまうような麻酔は犬程度の動物ですと後遺症が残りかねません。
そうですねぇ……犬専用の麻酔銃ですと最長10分ぐらいで眠りに入るでしょう。それで2時間ほど眠り続けるはずです」
「なるほど」
「具体的に現在の位置を調査してみましたが、虻輝様の家から車で30分ぐらいのところを住処にしているようです。ところで、ついでに私の依頼も聞いていただけないでしょうか?」
「もちろん。最近とてもお世話になっているし、衛星を使えばこの1件は比較的早くに解決しそうだしな」
「ありがとうございます。実は私の友人が丁度そのあたりに現れるようなのです」
何とも微妙な表現で正直言って反応に困った。
「いや、現れるなら為継が行けばいいじゃないか」
「ええ、そうしたいのは山々なのですが、彼は正気を失っているようなのです。暴れまわっており私が対処できるレベルを超えているのです。既に怪我人も数人出ている事件となっています。ニュースになっていないのは虻利が情報封鎖をしているからです」
情報封鎖をするということは虻利もある意味公認の事態ということだ。これは友人為継の頼みでもあるが虻利家の問題でもあるということなのだ。
「マジか……もしかして何かに操られているとかなのか?」
「分かりません。薬物によるものなのかもしれませんし、兎に角わからないですが私が話しかけても反応はなく逆に周辺住民を襲ったんです。私ではとても対処しきれません」
「へぇー。それで今回のバーナードの住処にしているところの近くに出るわけなの?」
「そうなんです。偶然だとは思うのですがお願いできますか?」
「分かった。どんな人相なのか教えてくれないか?」
「ありがとうございます。2つ返事で受けてくださるとは思いませんでした。分かりました」
「気にするなよ。散々世話になっているんだからな」
伊勢という男の写真とプロフィールが送られてきた。
「へぇー、伊勢景親189センチ96キロ元日本軍陸軍軍曹、特技は野球・剣道か……。こんなのが暴れまわっていたら勝てる気がしないんだが……」
写真を見るとバットが綿棒みたいに細く見えるぐらいだ……メジャーリーガーのような胸板の厚さで周りの野球部の人と比べても圧倒的な体格でラグビーでも強そうだ。僕が衝突したら無限に吹き飛ばされるだろう……。
ちなみに、自衛隊から日本軍になったのは第三次世界大戦が発生する直前にアメリカから本格的に再軍備せよとの命令がきっかけで本格的な軍となった。
「私の高校の後輩でもあるのです。この件は虻利家でも処置に困っており、虻輝様にしか頼める者がいないのです。景親のための人間用の麻酔銃も用意させましょう。私は具体的には動けないので美甘にでも渡しておきます」
「分かった。やれるだけのことはやろう」
「よろしくお願いします。景親は数少ない友人なのです。どういう形であれ助けてあげたいのです」
「うん、なんとかしよう」
そうは言うもののとんでもないことを引き受けてしまった……。
特攻局すら手出しができないのにどうにかなるのだろうか……。
だが、あのいつも冷静な為継がかなり熱心に語っていたのだからよほど為継にとって大事な友人なのだろうな……。車谷さんにとっての野々谷さんみたいなものなのだろう。こりゃなんとかしてやらないとな。
「おい、まどか。バーナードだけじゃなくて人間も捕縛することが決まった」
「えっ!? どういうこと?」
「為継の依頼なんだが、高校の後輩を助けて欲しいとのことだった」
「それよりも、為継ってそもそも誰だよ……」
「あぁ、お前は美甘ぐらいしかあんまり知らないだろうが、僕の事実上の秘書の1人みたいなもんだ。最近の万屋のサポートも全面的に協力してくれている」
まどかは基本的に僕の知り合いについてあまり知らないだろうな。あんまり僕の黒い部分について知られたくないのもあったからさ。それでも薄々気づかれていたけどさ(笑)。
「そりゃぁ、助けてあげないとね。どんな人なの?」
「これだ」
僕はまどかに伊勢の写真を見せた。
「お、大きいね……」
「そうだ。お前の3倍ぐらいの身長だ」
「あたし、そんなに小さくないよっ!」
ただ、体重はガチで3倍近いかもしれんがな……。まどかは中身は綿か空気のみで出来ているのか? と思うほどに軽いからな。
「どうやら、薬物か何かで暴れているらしい。一体どうなっているのか分からないから捕縛せよということのようだ。虻利すらも措置に困っているらしい」
「そ、そうなんだ……あたし達で大丈夫かな?」
流石のまどかも不安になってきたようだった。
「いざとなったら私を呼んでくれればいいわ。とりあえず時間さえ稼いでくれれば間に合うから」
玲姉はこういう時も本当に頼りになる。気の力で瞬発力を上げ、ワープしているんじゃないかっていうぐらいの速度で移動する。生身でありながら、一部では現代技術を超えていると言っていい……。
「なら安心だな。まどか。明日は頼んだぞ」
「任しといてよ! お姉ちゃんの出番がないぐらい頑張るんだから!」
まどかについては途轍もなく心配だが、先ほど腕相撲で大敗した身としてはそんなことも言えない。ただ、玲姉が来るまで時間稼ぎをすればいいと考えればいくらか気楽と言えた。