第22話 気が付けば強くなっていた妹
今回の案件は佐久間さんが愛犬を探して欲しいということだった。30万円もかけて探すだなんて尋常ではない。
しかし、世の中には何であんな物に高価な価値が付いているんだろう? という物を時折目にするが、一定の富裕層というのは原価を考えず『価格こそが信頼』と思っている人間が確かに存在するのだ。そういう人種の人たちは逆に安過ぎると“何か裏があるのでは”と警戒するのだ。
よって富裕層を対象としている業種というのは需要を上手くキャッチできれば長続きするのだ……僕には本来関係のない話だけど(笑)。
今日は島村さんは疲れたということで夕食を食べ終わると、サッサと自室に引き上げてしまった。僕としても顔を合わせくいので丁度いい。今日は、玲姉とまどかと3人での対策会議だ。
「お兄ちゃんもどっちかって言うとウチのペットみたいな感じじゃない?」
「ハハハ! そうかもしれませんね!」
まどかと烏丸がいつものように僕をバカにしてくる。
「おいっ! どういう意味だよそれは!」
「私から見ると輝君はどちらかというと、“可愛い系“と言えるわね。そんな風に必死に突っ込んでいるところも可愛いわ」
もう玲姉に言われたらそれがこの家では“確定“しまう。ああ気づいてしまった。僕の地位がこの家で恐ろしく低いのは”ペット”だったからなのか……。
家によっちゃペットの方が飼い主より上の家もあるから僕は“ペット業界“でも下位なのかもしれない……。
「それで、専業のペット捜索の人は何をやっているんだろうな?」
「ペット探し専門さんも結構見つけてくれないらしいわよ。足で探すとなると日給何万円も払わなくてはいけないらしいし、ポスター貼るのもお金がかかるみたいよ。それで、専門の人でも探したふりをして“見つかりませんでした”と報告する悪徳業者も多いらしいわ。
ちなみに、ペットに埋め込んであるマイクロチップで調査することに関しても利権があるのか、最近では数十万円規模のお金がかかるらしいしね」
「玲姉はペット事情にも詳しいんだ……」
ウチにはペットを飼っていないから意外だった。とはいえ皆、動物が嫌いというわけでは無いので3D映像での動物園の動物観察などをすることもある。
しかし、家にいる人の誰もが世話をするほどの時間的余裕が無いのだ。
「私のところにくるお客さんが結構ペット好きの方が多いのよ。それで噂になっていることがあって知っているの。捜査犬を使うこともあるらしいけど、日給5万円~10万円とからしいわね。あと、犬の種類によっては拒否する業者さんもいるらしいわ」
「なるほどね……。恐らくは虻利の名を借りているということで信頼をある程度されているんだろう。しかしどうしたものかな……」
「虻利家には衛星管理システムがあるじゃない? あれを利用して宇宙から捜索するのよ」
「あぁ、なるほど。アテも無く彷徨うよりかは遥かに効率的だな。それだと1日で終わらせられそうだ。流石は玲姉!」
「犬を探すために衛星使うだなんて前代未聞じゃーん!」
「まどかぁ、一応他と差別化をするための仕事でやるんだから当たり前だろぉ」
「問題は知美ちゃんよね……」
「もう島村さんが完全に僕のバディ確定となっている方に僕は問題を感じるよ……」
玲姉が“苦手克服”以外の意図を説明してくれない以上、受け入れるしかないのだけれども……。
「さっきも、笑顔で話をしていたけど凄く無理してそうだったよ……」
「今回の件は、輝君とまどかちゃんで対応してもらいます。私は知美ちゃんをケアします。買い物にでも連れて行ってリフレッシュさせるわ」
「ゲエッ! 結局、まどかとは行くのかい!」
「ちょっとぉっ!? そこは喜んでよね!」
「そりゃ島村さんと行くよりかはマシだけど、まどかじゃぁ頼りになりそうにも無いしなぁ……。島村さんは僕に対して絶望的に不愛想だったけど仕事は真面目にこなしていたからなぁ。結構大型犬みたいだし、まどかじゃぁ、役目を果たせるかなぁ……」
僕は送られてきた犬の写真をヒラヒラさせながら言った。
なんと、今回探すことになったセント・バーナードは体高80センチ、体重90キロとかなり大型でとても150センチ満たないまどかじゃ一瞬で吹き飛ばされるか、蹂躙されそうだ……つーか僕すらも危ないんで玲姉が来てくれると嬉しいんだけど……。
「ふんだ! あたしだって最近は鍛えてるんだぞっ! 今やゲームで引きこもりのお兄ちゃんなんかより圧倒的に強いんだから!」
「アハハハハハ! 冗談は顔だけにしとけよ! 小さい頃は僕の後ろに隠れて震えていたお前なんかにこの僕が負けたら流石に人類の恥すぎるだろ!」
まどかは昔、イジメに遭っていて僕が助けに行ったんだっけ……僕も結局殴られ役で玲姉が来るまでの時間稼ぎだったけど(笑)。
「そんなに言うなら腕相撲で勝負だよ! 絶対に負けないんだから!」
「プッフッ! やめとけって! 玲姉も何か言ってやれよ!」
僕は唾が口から吹きこぼれるほど笑いが止まらなかった。ハンカチで口周りの唾を拭いた。
「そうね。今のまどかちゃんなら、輝君の利き腕でも相手にならないと思うわよ」
僕はギョッとした。な、何を玲姉は言っているんだ……。ちなみに、僕は左利きでまどかは右利き。左でやれば僕のほうが圧倒的に有利に決まっている。
「そ、そうかこれがまどかの策略だな。僕を動揺させてから勝つつもりなんだ。現実の格の違いという奴を教えてやるよ」
「現実を知るのはお兄ちゃんのほうだよ!」
遠慮なく左で叩き潰してくれよう。僕は腕まくりをしながら犬の写真を机に置いた。
しかし、玲姉がそこまで言うのなら“もしも“ということもある。ここは100%勝つための非常手段を使わせてもらおう。
「では、私が審判を務めるわね。よーい!」
「まどか! UFO!」 「どん!」
玲姉の掛け声と同時に僕は右手で天井を指差して叫んだ。
「えっ!?」
まどかは、思わず天井を見て集中力が下がる。単純な馬鹿め! これで終わりだ! 悪く思うなよ、これが勝負の世界というものだ! 一瞬にしてまどかの拳が机に……。
「もうっ! 最低ぇぇぇいっ!」
「な――!」
バリッ! という破裂音が起きる。一瞬の出来事だった……僕は勝利まであと3ミリぐらいのところから一気にひっくり返された上にダイニングテーブルは真っ二つにされたのだ……。
「あらあら、明日テーブルも買ってこないとね。粉々じゃない。」
玲姉はこの程度では動じないのか冷静だ……。
「ゴ……ギ……グ!」
“助けてくれ”とすらまともに声を出せないぐらい痛い……。
ちなみに粉々にされたのはダイニングテーブルだけではない……僕のプライドも粉々にされたのだ……。まったくまどかめ。玲姉の物を粉砕するところが似てもな……。
「ほら、ちょっと見せて……。ちょっと骨折しているだけね。それなら――」
「ちょっ――!」
玲姉が僕の手を握ってきた。ハッキリ言って突然だったので照れた。
「ちょっとじっとしててね」
手が暖かくなったかと思ったら痛みが徐々に引いていった。
「毎度のことながら凄いよねコレ……」
前、大王が玲姉の治癒能力を分析しているのを聞いたことがあるが、血行を良くし自然治癒力を爆発的に上げる効果があるらしい。それにしても現代医学をも超越していると言える……。
まぁ、現代医学は薬漬けにして稼ぐのが目的と聞いたことがあるから必ずしも過信できるものでは無いが(笑)。
「いわゆる、“気”とかに近いのかしらね。輝君の自己修復能力を活性化させて治しているのよ。流石に知美ちゃんみたいな傷は治しきれないけどね」
骨まで見えていたもんな……右足の神経は左足の神経を一部移植して修復したという話は聞いた。この話を聞くたびにチクリと胸が痛む。
「漫画とかだとチャクラとかそういう表現でもあるよね。正直そんなのが目の前に存在していることが驚きだよ」
「って、お兄ちゃんたち! 忘れてない!? ズルしようとしたお兄ちゃんに完勝したんだからあたしが実力が証明されたと思うんだけど!」
「あ……。痛みで完全に記憶から忘却されていた。ちぇ、仕方ないなぁ。ついでに連れて行ってやるよ」
「んもう! で、あたしはお兄ちゃんより強いんだからお兄ちゃんのほうが足手まといにならないでよね!」
「まぁ、まどかに犬の相手は任せておいて、僕はゆっくりお茶でも飲んで見守っておくよ」
「そんなこと言ってないで、真面目にサポートしてよねっ! もうっ!」
「えー、どうしよっかなぁ」
まどかがほっぺたを膨れながら必死に抗議している。いやぁ、カラカッタ後のまどかを見ていると本当に面白いなぁ。
「ぷふっ……クククク……」
気が付けば例によって烏丸が部屋の片隅で笑いを堪えている。
「おぅい烏丸もこっちにこいよ~」
「い、いやぁ……邪魔しちゃ悪いかなぁって思いましてね」
「なら、盗み聞きするような感じはやめろよな」
「ハハハ、スミマセン」
と、烏丸は言うもののこの調子から一向に変えないからなぁ~。別にそれで僕がどうなるわけでも無いからいいけどさぁ。




