第21話 理解不能な謝罪/犬探しの依頼
人影をよく見て見ると確かに足がある。あそこにいるのは幽霊でも幻覚でもない。
窓から店の外を見ると確かに島村さんが待っているのが分かった。僕は盛大にため息をついた。
しかし、ここで先送りにしても仕方ない。とにかく足が重いので更に大きく溜息をつきながら島村さんの方に向かった。
「い、いやぁ島村さん。待っていてくれたんだね」
勇気をもって声をかけた。ちゃんと声が出ているかも怪しかった。僕の存在を確認した島村さんが、突然地面に土の上に跪いて手をついて頭を下げた。いわゆる土下座である。
「本当にすみませんでした。私が誤解していました」
あまりにも想定外の行動を島村さんがやってきたので僕はその場でちょっと飛び上がってしま
った。
「い、いや。どうしたの……。頭上げてよ……」
島村さんは顔を上げて目を潤ませている。元から性別や生まれてからの環境が僕と違いすぎて島村さんの考えていることが分からなかったが更に分からなくなった……。
「てっきり私はあなたが欲望に流されて野々谷さんと一晩共にしてしまったんだと勘違いしたんです」
「ま、まぁそう思っても仕方ないから。じ、実際にかなり危ない場面もあったし……」
ホント紙一重で警察の到着が10秒遅かったら欲望に呑み込まれていたかもしれないんだからな……。野々谷さんの肉体はそれだけ魅惑的に映ってしまった……。
「それでも、実際にはそうしようとしなかったんですよね? 私、あんなに失礼なことを言って……しかも、先日はあなたのことを評価するなんて大それたことを言ってしまいましたし……」
「でも、僕の父上のことを考えてもそう思い込んでも仕方ないと思うよ。まぁ、気を取り直してさ、一緒に帰ろうよ」
僕は島村さんに手を伸ばそうとしたが、島村さんはスッと交わした。一瞬また弾かれるかと思ったが、特別拘置所で浴びたような衝撃は来なかった。
「私は自分に納得できないんです……色々とごめんなさい……。今日は電車で帰りますから心配しないでください……」
そう言って、島村さんは僕から背を向けた。僕はとにかく島村さんの行動が理解できず愕然としてその場にしばらく呆然としていた。
「さむっ。帰ろう」
まぁ、帰る場所は同じだし――いや、まさか行方不明になったりしないだろうな?
あ、GPSリングが足に付いてるから大丈夫か。そんなことを思いながら帰路についた。
美甘を呼び飛行自動車に乗りながら車谷さんに連絡した。
島村さんについては色々と後味が悪すぎるがとりあえず今やれることをやっていくしかない。
「野々谷さんは残念ながら車谷さんの予想通りでした。薬物所持での現行逮捕されていきました。有名なモデルさんなので早くて明日の朝刊に載ると思います」
「そうでしたか……やっぱりそうだったんですね。とても残念ではありますがようやくけじめがカレン本人もある意味つけられたと思います。本当にありがとうございます。
これで私も肩の荷が下ろせたという感じです」
「あの……失礼ですけど野々谷さんのご両親などには連絡しなくても大丈夫でしょうか?」
「大変言いにくいのですが、カレンの両親はもう亡くなっています。ですから私しか心から心配してくれる人もいないと思うんです」
「そ、そうだったんですか……」
家庭環境に色々と“何か“があると他の物に依存してしまうということはあるらしいからな……。僕の家も普通ではないし、母上は行方不明だけど、父親は健在だし経済的には格段に恵まれていることには違いないから感謝していかないとな……。
「とにかく色々とありがとうございました。報酬はこの番号の口座でよろしいんですよね? また何かありましたらお願いするかもしれません」
「ええ、その口座で問題ないです。理想的な展開にはなりませんでしたが、とりあえず解決して僕も肩の荷が下りました」
ただ自分で言ってみて理想的な展開って何だったんだろうな? とは思う。僕が誤魔化して野々谷さんを摘発しないのも根本問題は解決しないし、これが悲しいけど最善の選択だったのかな?
次に為継に連絡した。心配していることがある。
「為継、色々とありがとう。助かったよ」
「いえ、虻輝様が絶妙なタイミングで流してくれたのですぐに警察に繋いで出動させましたからね」
「ところで、今日の野々谷さんって今後どうなることが予測される?」
「ふむ……虻輝様のおっしゃりたいことは分かります。野々谷さんがなるべく軽い処置にならないかとか、そういうことではありませんか?」
「あ、分かっちゃった?」
「虻輝様は身近に起きた出来事を、“自分のこと“だと思ってしまわれると感情移入しすぎてしまうきらいがあります。
しかし、心配はいりません。薬物中毒者の肉体というのはあまり人体実験には適さないのです」
「ど、どうして?」
「臓器などがボロボロの状態の者だと体が耐え切れず結構早い段階でダメになるケースがほとんどだからなのです。そのような検体は人体実験に不向きなのです。かつての薬物の大本である虻利家も薬物中毒者を増やす流れにはしていないはずです」
虻利家は薬物によって財を増やしていた時代もあったらしいという情報も持っているからそれは意外だった。それだけ“被検体の体“を大事にしているということなのだろう。
「へぇ……そうなると意外と薬物中毒者のほうが生き残るのか……」
「あまりそういった観点から見ていったことはありませんが、そうかもしれませんな。
現在は、SNSやゲーム中毒者を増やす流れを作っていますからな。ただ、“人間の数のみ“が重視される実験の中でも危険なものもあります。なるべくそういったことを避けようと思います」
「おぉ……ありがとう」
ちなみに虻利家の中にもゲーム中毒者と言って良い僕がいるわけなのだが(笑)。
「虻輝様に不安材料があるとクオリティに影響がありますからな。
大王局長にもそういう風に説得しておきます。あと、この間車谷さんにポイントを付与する準備についても完了しておきました。機を見て彼女のコスモニューロンに付与しておこうと思います。」
「やっぱり為継は色々と察しができるねぇ~」
「ええ、これからも気軽にご相談ください」
少し気が楽になった。後は島村さんとの問題だけだ……。
島村さんは僕より40分遅れて帰宅した。こっちは空から自動車により直通で帰っているのに対して、電車で乗り換えての帰宅だから当たり前だった。
「し、島村さんお帰り……」
「――」
島村さんは無言で僕の横を通過していった。目線も合わせようとしない。いつもよりも表情が冴えないのはさっきの出来事があったからだろう。僕もどうしたらいいのか分からない。
「知美ちゃんお帰り!」
「はい! 戻りました!」
まどかに対しては相変わらずの反応で、何だか下手に無視されるより溝を感じた。
「ハハハ! 虻輝様にも心を開いてくれない女性がいるんですねぇ~」
烏丸が通りすがりに僕の肩をポンポンと軽快に叩いて過ぎ去っていった。ファンレターが殺到しているとは言っても、僕の実情を知ってみんなは惚れているわけでは無い。それはそれで虚しいものではあるのだ。
「――ッ!」
島村さんは僕がボーっと見ている視線に気づき一瞬振り返るがすぐに小走りでリビングに向かう。
これはどうしたって島村さんとの関係改善は見込めないと今日の理解不能行動で諦めてきた……。
失望の淵に立たされていた時、ピッ! と重要度の高い通知音が鳴る。この時間帯に来る通知音と言えば……。
「突然の連絡失礼致します。私は経済学部3年の佐久間春子と申します。本日は私の愛犬であるマロンちゃんを探して頂くご連絡をいたしました」
そこで読むのを一旦辞めた。
「はぁ……ペット探しねぇ……」
またしても何のノウハウも無い僕は玲姉に相談するしか手は無かった。そしていつも通り完全に主導権を握られるのである(笑)。




