第2話 言い聞かせ
僕の名は虻利虻輝19歳。
eスポーツ世界大会で現在5冠王で年間賞金は50億円。更に全世界的グループとしてまず名前が上がるほどになった虻利ホールディングス副社長という肩書もある。
日本では特に“虻利の後に人はなく。虻利の前は人でなし“そう言う人々もいるほどこの2055年においては全世界的に圧倒的な権力を持っている。
しかし、つい最近までは虻利家は日本の名家の末席にいる程度だった。日本に影響力を持ったのは2029年に起きた南海トラフ大震災の復興に寄与したからだ。
また、世界的影響力を持ったのは2035年から起きた第三次世界大戦が大きな要因だ。
2034年に日本を軍事的に独立させることに成功した虻利家は、“宇宙人”からの“秘具“を2つ受け取った。1つは反重力というマイナスのエネルギーを放出することによって超次元的な攻撃が可能な『ゼロンスステッキ』。もう一つは地上の電磁波を自在にコントロールすることが出来る『パルスネックレス』だ。
この2つの秘具はこれまでの戦争からは考えられない技術・物理・精神の3本柱で全世界の紛争を終結させ、圧倒的な勝利を飾った。
その結果、日本・虻利家は領土支配については各々の国にこれまで通り任せつつも、世界の通貨発行権を右手にそしてVR世界などで軸になっているブロックチェーンの技術のマイニングを左手にした。
まさしく世界の心臓部を手にし、圧倒的な主導権を持ったと言って良かった。
「さて、今日もあまりやりたくないが任務だ――始めるとするか」
僕は特殊権限で日本最深部の情報管理システムにアクセスする。
そこでちょっとした“技”を使う。本来ならばブロックチェーンなどの技術によって本当に変更された時でしかデータの変更は行われないプライベート情報を“無理やり書き換える”のだ。
「まずはこうしてデータベースの端を……」
具体的には1秒間に10のコマンド入力を同時に行うことを3分間ほど繰り返す。すると、データの歪みのような”バグ”が僅かな時間だが発生し、データを改竄することが出来るのだ。
警察や反虻利を取り締まる特殊部隊である特攻局はこのデータを根拠にしており、一般人もこのデータは書き換えられないものだと愚かにも絶大な信頼を置いている。
その信頼性の緩みの穴を上手くついているのだ。
「ここをこう替えて……」
そして何を改竄しているのかというとデータ上で反虻利とされている罪のない人を“罪の要素あり”に変更し、告発状も作っておく。
こうしておくことで犯罪を犯していない人物を自在に“犯罪者”とすることが出来るのだ。
「皆、悪く思うなよ。虻利家に従わないのが悪い。虻利家は世界を良くしようとしているんだから」
そう自分に言い聞かせた。虻利家の施策に反対する者の多くは、「人間半神化計画」に対して抵抗感を示している者がほとんどだ。
世界を制し全ての権力の頂点に立った虻利家は人間の更なる進化を求めた。
人間が神に近づき「半神」に到達するための実験だ。不老不死や全知全能を目指すプロジェクトといえば分かりやすいだろうか?
それに反対する勢力を「犯罪者」として投獄し、過酷な拷問の日々を繰り返しありもしない罪を“自白”させられ、それらの人々を“司法取引”として人体実験としている。こんな酷い“悪のサイクル“を形成しているわけだ。
僕はこの“悪のサイクル”のうちデータ管理部門の責任者権限を虻利家一門ということで利用させてもらっている。データ上ではあるものの罪のない人々を「犯罪者」としている……。
特段僕はハッキング技術が飛び抜けているわけではないのだが、絶妙に跡を残さずにデータを改竄できることと責任者権限を持つというのが虻利家の首脳の中では数少ない。
ちなみにどんな人体実験が施されているか“知らないほうがいい”と言われていて分からないことは果たしていい事なのか悪い事なのか……。
「切り取った部分に、これを新しく入れるっと」
1年もやるともはや慣れっこで、バグを発生させるための複雑な作業であってもゲーム感覚でこなしている。
やったことがない人に対して説明すると、張り絵の貼ってある紙をパリッと取ってそこに新しい物を付け足すという感じだ。
張り絵と違うのは紙をはがす際の動きが他の人にはできないということだけだ。一方でこうしてまた一人、また一人と闇に葬っているという自覚も確かにある……。
今朝見た変な夢も今日が初めてではない。血が部屋中に飛び散っていた幻影を見たのは流石に初めてだったが、この「人間半神化計画」に参加してから1年。毎日のように誰かに追われている夢……そしてその夢の内容がドンドンと鮮明になってきている気がするのだ。
「ふぅ、今日のは比較的楽だったな」
ちなみに、僕は肩書だけの副社長と裏の文章偽装と言う仕事はサブでやっているに過ぎず、メインとしての表の顔はプロゲーマーとしての顔なのである。
あっ……一応、大学生と言う肩書もメインの肩書だっ(笑)。
このプロゲーマーとしての仮想アバターを“思考”で自在に操作する力が捏造にも悲しいぐらいに役立っている。
「あぁ……いい加減こんなことはもうしたくないな……」
だが、虻利家というのは成果主義を重視している。だから例え一族の直系であろうともお払い箱にされてしまうのだ。
直近では高位に就いていた親戚があまりにも無能だったので“失政”ということで無一文まで落とされた例もある。当然データを書き換えたのは僕だ。
「そして、もう必要のない人間と言われたくはない……」
かつての僕は小学校時代“特殊な研究”やっていた学校だったのだが、それにしても何もできず落第して3年で転校せざるを得なかった。
その退学の際に言われた言葉が先ほどの“お前は何もできないダメなやつだ”だったのだ。
「もうあの時とは違う。僕にはできることがあるんだ」
例えそれが、反倫理的なことだとしてもこの世界で何の役割もないよりかは良いんだ……。
一呼吸おいてリビングに向かうと小さい体とすれ違う。
「うわぁ……メチャ汗臭いからシャワー浴びてきてくれない? 近くにいるだけで不快なんだけど?」
三歳年下の高校生の妹のまどかだった。
日頃から小麦色の肌をしており、短髪の髪を靡かせて走り回っているイメージが常にあるほどとても活動的な印象を受ける。
実際、僕の知っている限り小さい頃から今まで外で遊ばなかった日は無いだろう。もっとも事情があって養子として引き取ったので血のつながりはないんだがね。
物心ついた時にはすでにいたから全く妹として違和感は無い。
僕が「人間半神化計画」に参加してからというもの、やっていることを知ってか知らぬか僕への扱いが冷たくなってきている気がする……。昔はよく一緒に遊んだものだったが……。
「へいへい」
僕は少し寂しい気持ちでまどかの背中を見送りながら浴室に向かう。天然温泉を直接引いている大浴場室と露天風呂まである。
まぁ、湯船につかる時間はないのでどんな温泉も無用の長物だ。パジャマを脱ぎシャワー室に入り目をつむりスイッチを押す。
全ての方位から僕の体に向かってミスト状のシャワーが勢いよく出る。これだけで一気に体の汚れが落ちるのだからありがたい。およそ1分でシャワーは止んだのでシャワー室を出た。
その後、熱風が自動的に出てあっという間に乾燥まで完了する。体はスッキリとしながらもやはり今朝の夢のことは頭にあったので胸のつかえは取れなかった……。
「はぁ……こりゃ、さっきの“助けてくれそうになった声の主”に相談してみるしかなさそうだな」
そんなことを呟きながらフォーマルな服装に着替える。今日は虻利本社に呼び出されているのだ。いつものラフな格好では僕の命は危ない。