第18話 疑惑の裏切り
ここは、開放型のカフェなのでいよいよ寒くなってきました。
手袋を持ってきていないので、手を自分の息で温めたり、完封摩擦で手のひらを擦ったりしていますが誤魔化す程度に過ぎないです……。
「あ……ちょっとトイレに行ってくるね。マスター、この店にはトイレなさそうだよね?」
「ああ、外の公衆トイレを使ってくれ」
そんな会話から外に出てくることが分かります。
「あの……島村さん。今どこにいる?」
「私は今、目の前のカフェにいますよ」
「あ、そうなんだ」
“あの男”と目が合いました。どうやらこっちにやってくるようです。
「良ければこれを使って。服のサイズはたぶん同じぐらいだと思うから」
そう言って上着を脱いで渡されました。確かに私は寒いので仕方なしに受け取りましたが、その緊張感のない姿に苛立ちを覚えました。
「……どういうつもりですか? これで今日のことを黙っておけと? 随分と野々谷さんといい雰囲気じゃないですか!?」
「そ、そんなつもりは無いんだけど……」
「これから、野々谷と一晩共にされるんでしょう!? 全て会話はこちらに筒抜けですから! 玲子さんやまどかちゃんに申し訳ないとは思わないんですか! この、恥知らずっ!」
私は思わずシャツの襟首を掴んで詰め寄りました。
「ま、全くそんなつもりは無いんだ。そ、その……もしも僕の行動が気に入らないのならそれを着て今日は帰ってもいいから。でも、本当にもう少しで証拠が掴めそうなんだ。信じられないとは思うけど信じてほしい」
身振りを交えて必死に訴えかけてきますが、どうにも信用できません。
しかし、このまま帰ってしまうのも何だか癪です。私としても先ほどの写真のみでは不満があります。“決定的な証拠”を手に入れてから帰りたいものです。
「……そうですか。なら、その上着はとりあえず受け取っておきます。すぐ帰るかもわかりませんが」
私は襟首を放しました。大体、野々谷さんとこれからイイ関係になるのに私に対して上着を貸してくるとはどういうつもりでしょうか?
もしかして、これからのことを玲子さん達に黙っておけということでしょうか? 私はこの程度では買収されたりしません。……とりあえず本当に寒いので上着だけは受け取っておきますが。
「警察が来るかもしれないから邪魔にならないようにね。
来てもらう予定の警察にも島村さんのことは話してあるけどね」
「分かりました」
そう言って、彼は私から離れていきました。その言葉からは本心はどうなのか私には全く見当もつきません。
「あ、戻りました。ちょっとトイレ迷っちゃって」
「やっと来てくれたァ~寂しかったんだからァ~」
どことなしか先ほどよりも呂律が回っていない気がします。
私と“あの男“が会話をしている間の僅かな時間で“何か“を打ったり吸引したりしたのかもしれないです。
「ところで、このお店では芸能人の方ってよく来られるんですか」
「そうだなぁ、芸能関係の人はカレンちゃんのお友達や事務所の人もよく来るかな」
「へぇ、もっとそういうことをウリにした方が儲かりそうだと思いますけどね。今もお客さんがあまり入ってないですから」
「はっはっはっ! 言ってくれるねぇ! こういう秘匿性が高いところの方が安心できるというお客さんも多いんだ」
やはり、ここが“取引所“になっている可能性は高い気がします。秘匿性が高いお得意様ばかりというとそう言うこともあり得ますからね。
「それェ二ィ~向こうでは“休む場所“もあるのよォ~。ね? ウチと寝ようよ~」
「わ、分かった……」
いや、『分かった』じゃないでしょう? そこはどうにかして断ってくださいよ……ああやっぱりあの虻成の子供、血は争えないということなんですね。本当に残念です、あまりの気持ち悪さに吐きそうになります……。
「ネェ……ウチ、本当に気に入っちゃった……虻輝さんの好みのオンナになるよ……。太ったほうがいい? それとも瘦せたほうがいい? 好みの体型を教えて……」
「それぞれ体格にあった無理のないスタイルでいいと思うな……」
「そうなのォ……? じゃぁ……どんなプレイが好きなのォ~? ウチ、とぉ~ってもキモチヨクなれる方法知ってるんだァ~」
これ以上聞いていたらこの場所で倒れてしまいそうです。2人が奥の部屋に入っていくのが見えます……。これから欲望と淫靡にまみれた夜になるのでしょうね……唾棄すべきことです。
私は野々谷さんが“あの男”に抱きついている決定的な瞬間を写真に撮り。無線も音声も切りました。もう私がここにいる意味はないでしょうね。
一刻も早く家に帰り、面と向かって玲子さんやまどかちゃんにこの録音した会話内容と写真を提供するべきだと思いました。“あの男”の化けの皮が剥がれたのだと……。
「この上着も気持ち悪く感じてきました……」
そういうことを考えていると突然、“あの男“の体温や臭いを感じるだけで不快指数が上がっていくのを感じました。多少寒くてもこんな物に包まれているよりかは遥かにマシでしょう……
そう思って上着を脱ぎ、そのままゴミ箱にでも入れようとゴミ捨て場を足を引きずりながらも速足で探していた時でした。
「パトカーの音が聞こえます……」
地上と空からパトカーの姿が見えました。2台はそれぞれ先ほどの店に向かっているように思いました。もしかすると、“あの男“が証拠を掴んで警察を呼んだなどの可能性が考えられます。
「まさか、そんなことは……」
しかし、自分の眼で確かめなければ納得できません。なるべく杖を早く動かして急いで先ほどの店に戻ろうと思いました。
私の気持ちとしてはちゃんと野々谷さんに過去を清算して欲しいという気持ちと、『“あの男“に対してとんでもないことを言ってしまったかもしれない』と思いたくないから”あのままいって欲しい”いう気持ちが押し合っている感じです……。
仮にただ救援のために権力でもって警察を呼んだのだとしたらまだ“あの男”の面目は丸つぶれということになります。せめてそうであって欲しい……そう思いながら元来た道を戻り始めました。