第58話 夢の中に出たい女子たち
ふと気が付くと、神社の階段のところで寝ていた。
こんなところに寝ていても体が痛くなるだけなのに……と思いながら目線を上げると、玲姉とまどかが歩いている。
おぉい! 待ってくれぇ! と言うがどうやら聞こえておらずズンズンと上に登っていく……。
急がなくっちゃ! と思っていると徐々に視界がぼやけていく――いや、玲姉とまどかの周りを黒い影のようなものが覆いかぶさっていっているのだ!
敵だ! ということが分かった。更に次第に2人の姿は見えなくなっていく……。
うわぁ! どうしたらいいんだ! このままでは完全に包囲されてしまう!
とあたふたしていると、玲姉が拳で影を切り裂いていった……。
包囲とは名ばかりで、もはや玲姉のサンドバッグになっていっているだけだった……そして次第に影は消えていくのだった……。
「あっ!」
気が付けばベッドの上で目が覚めたのが分かった。どうやらさっきは夢だったようだ……。
「玲姉はカッコいいなぁ……」
玲姉が朝食の用意をしている姿を見ると先ほどの夢の中で見た玲姉の無双ぶりを思い起こさせた。
「輝君は何を言ってるの? 今特に何もしてないんだけど……。
元々ヘンな子だけど、ついに完全におかしくなってしまったのかしら……」
玲姉は席に着きながら少し引き気味な表情を浮かべた。思考は読まれているから僕の表情がよっぽどキモイ感じだったんだろう……。
「いや、夢の中で玲姉が得体のしれない敵を薙ぎ払っていたからさ。それを思い出してさ」
「ふ、ふーん。輝君の夢の中でね……」
なぜか知らないが嬉しそうだ……。
「ねぇねぇ、あたしはお兄ちゃんの夢の中に出てこなかったの!?」
「あー、お前もいたような気がするな。玲姉の足を引っ張ってたような……」
「むぅ~! あたしも夢の中ぐらい活躍したいぃ~!」
まどかが頬っぺたを膨らませながら腕をブンブンっと振り回してくるッ! 正確に言うと玲姉は印象深かったがまどかについては覚えていないというところなのだが……。
「うわぁ! 来るなぁ! 夢の中のお前のことまでどうすることもできないってぇ!」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いてください――ところで私は夢に出てきましたか?」
島村さんが、僕とまどかの間に入って仲介に入ってくれたのかと思いきや結局そんなことを聞いてきた……。
「いや、島村さんまで知りたいのかよ……。うーん、その場にいたようないなかったような……。
あ、でも以前父上を護衛する日にやられそうになった夢があってその日には島村さんが出てきたな(第2章68話)」
「あの日はありがとうごございました」
「いや、あの日僕が突き飛ばしたから島村さんのアキレス腱の怪我が長引く原因になったし……」
「今は大丈夫です。それより、私ってそういう感じなんですね……」
まどかと島村さんにはこんな発言はいけないような気もした。
玲姉がカッコ良く活躍しているのに対してまどかや島村さんがあまりにも気の毒な扱いと言える……。
玲姉以外は僕の思考を読むことができないんだから、玲姉以外は適当に嘘吐いてやり過ごせばいい。玲姉もイジる以外ではあんまり僕の思考を表に出させないし……。
でも、うまい具合に嘘吐けるか怪しいんだよな……。
「な、なんか話が逸れまくっているけど、僕が玲姉にこの話をしたかったのは、僕が見た夢は現実化する可能性があるからね。
玲姉が無双しまくっている夢なんでそんなに心配することもないんだろうけど、
一応言っておかないとと思ってね」
「忠告ありがとう。ただ、基本的には誰が来ようとも返り討ちにできるからね。そんなに心配することないわよ」
玲姉は涼しい顔をしてそう答えたが、本当にそれだけの実力はあるからな……。
「ちなみに私はどうでしたか? 虻輝さんの夢に出てきます?」
建山さんはニコニコとしているが、何を意図して話しかけてきているか分からない……。
「あぁ……そもそも建山さんは僕が覚えている限りだと夢に出たことが無いかなぁ・・・…」
まどかと島村さんのことが頭によぎったが、建山さんに対して何を答えたら良いのか全く分からなかったのでそのまま答えた。
「そうですか……。ちなみに私は毎日虻輝さんが夢に出てこられていますよ! 夢の中だと激しいスキンシップができて良いんですよね~! 現実の虻輝さんだと壊れないかと思っちゃいますから」
建山さんの夢の中の僕は一体どうなってしまっているんだろう……。想像しただけでも倒れそうになった……。
「夢か現実か分からなくなると困るからできれば夢の中でも穏便にしてほしいけどね……」
「善処します。でも、私だけ毎日夢に出て、虻輝さんの方で全く出ていないって不平等じゃないですか?
虻輝さんが眠られる時間の寸前に私のパーソナルデータや写真を大量に送って、さらに強制的に開かせて頭の中に刷り込ませますね」
「怖すぎるだろ……そんなことされたら発狂しそう……」
そして建山さんの冗談かどうかわからない話が最近エスカレートしてきているような気がする……。
僕と会話が半分ぐらいしか成立していないところがまた恐ろしい……。
そもそもどうして皆、僕の夢の中に出て来たいんだよ……。僕なんて他人の夢に出てきたいと思わないが……。
僕がそんな風に戸惑っていると島村さんがスッと隣にやってくる。
「ところで、今日は大学って授業ありますか? 私の方は1つしか講義が無いのですが……」
「島村さんもそんな感じかどうやら教員会議があるらしくて偉い先生ほど出てこないらしいんだよね。
僕は今日、休校かWEBで授業を受けるものばかりなんだよ。だから、今日は大学に行かなくていいわけ。
休校――なんて甘美で中毒性がある響きなんだ……。他人が通勤通学する中、僕は家の中にいることができる……。ただの休日では味わうことができない快感だ……」
「訳が分からないことを言ってないで、しっかり新生物を発見することに全力を尽くしてよね」
「あ、大丈夫です! それなら私ががツールを午後にも完成させますので! 尽くすあっちゃんをお待ちください!」
建山さんに貸しを作るのはこれまでの発言を振り返れば振り返るほど危険のような気もしてきたんだが、色々と背に腹は代えられないのは本当に苦しいところだ……。
「完全に他人任せじゃないの……。私たちの方をさっさと片づけて輝君のすぐ近くで目を光らせておかないと……。 まどかちゃん、知美ちゃん。今日も昨日と同じ時間に集合ね」
「うんっ!」 「分かりました」
こうして、僕以外は外の世界に旅立った。
烏丸と景親は庭で古い木を抜いたりしている。
汚れそうなので関わりたくないな……。
家電が僅かに聞こえるだけでとても静かだ……。
さて、こんなにも誰もいない静かな甘美な空間を今日は堪能させてもらうとするか……。
ゲームをしながらとりあえず為継からもらったアプリを開く――しかし、画面を見ても何の生物か表示されても本当かどうか非常に分かりにくかった……。
一応ゲームをやりながら確認するが不毛な作業が続くだけだった。
まぁ、ゲームがその分、進められるから良いと言えばいいんだけど。
新生物の発見については建山さんが持ってきてくれるアプリを待つしかなさそうだな……。
しかし、それは本当にとんでもないリスクと隣り合わせのような気もする。
この平和な一時も仮初のわずかな間だけなのか……。




