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ディストピア生活初級入門(第5部まで完結)  作者: 中将
第6章 科学VS呪い

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第56話 謎のペナルティ

やはり現実は厳しかった……。


玲姉は上手かった……僕を上手いこと訓練場に誘い込んだのだから……。


僕は崩れ落ちるように訓練場のマットに倒れ込んだ……。


「虻輝様~。お疲れのところ失礼します。やはり腹ごしらえをしなければまともに訓練出来ないかと思うんですよねぇ~」


烏丸がコックの姿のまま料理を持ってくる。必死に逃げていたので空腹であることすらも完全に忘れていた……。


それに気が付いた瞬間にギュー! と腹の虫が鳴いたのだった。


「うわー。美味しそうだね~」


何だかんだで肉はすぐさま体の構成をしてくれる気がする。


走った疲れも飛んで行った気がした。


食べた後には徐々にストレッチをして体を動かしていくことで腹痛に襲われることも無かった。


「村山さん。本当にどうしようもない愚弟ですが改めてよろしくお願いします」


訓練開始前には玲姉が爺に改めて挨拶していた……。


「ええ、お任せください」


「……今日は一体どうするの?」


もう逃げられないことは覚悟した。玲姉に触発されて爺が厳しい指導を発動させないでくれ! と心の中で手を合わせて祈った……。


「虻輝様、今日は“腕振り“について学んでいきますぞ」


「へ? 腕振りって旗振りの応援か何かでもやるの?」


あまりにも予想外の言葉が出てきたので困惑した……。


「……走る際の腕振りです」


「そんなものが何の役に立つのか分からないんだけど……」


とても重要なもので訓練が必要とは思えなかった……。


「虻輝様は木刀の素振りもままならない状況になっているのもそこに起因しているのではないかと思いました。先ほど玲子さんと鬼ごっこをされているのを拝見して無駄が多いという事に気づきました」


「ふぅん……」


僕は必死に逃げていたつもりなのだが、”鬼ごっこ”をしているように見えたらしい……。


「そのご様子では“腕振り“について侮られているようなので解説させていただきますが、

パラリンピックの肘上または肘下片切断でかつ脚は正常である部門があるのですが、

健常者と比べて100メートルのタイムが1秒ほど違うのです。

つまり、腕を適切に振って風を切ることにはそれだけの力があるのです」


「なるほど……流石にそれは侮れないな……」


「玲子さんをご覧ください。一挙手一投足が洗練され、何気ないことをされていても隙が無いような気がしませぬか?

細かいところから突き詰めておられるからこそ、お強いのだと思います」


玲姉はまどかと笑いながら体の動き方をレクチャーしているのを見ていると――リラックスしているようでも死角から攻撃を受けても対応できるぐらい隙が無いというのは何も分からない僕でもよく分かる。


「なるほどねぇ……」


爺の説明は合理的でとても分かりやすかった。


「腕を振ることに関してはそこまで筋肉も使いませんので、今の虻輝様でも問題なく出来ることだと思います。

本当はもっと早くからやっておくべきだったのかもしれませんが……」


「仕方ないですよ。虻輝さんは根本的に何もかも足りていないので、何から手を付けたらいいのか正直言って私も戸惑うぐらいですから。気づいたところから修正していくしかないと思いますよ」


建山さんはまたしても気が付けば隣にいた。

可愛らしい笑顔で語りかけて来るが、僕の傷を抉るような辛辣さだ……。


「そ、それで具体的にどんな腕振りが良いんだ?」


「まず、肘を90度に曲げまして、力強く振り上げます。

上げる位置は目線よりも必ず下にしておく必要があります。

腕を振る速度は足の回転速度次第と言えますな。遅すぎては意味がありませんし、速過ぎても効率が悪くなります」


爺に触れられながらしばらくレクチャーを受けた。


そして言われたとおりに足を使いながら振ってみたが――思ったよりも腕の筋肉を使う印象を受けた。


これを何度も繰り返していたら筋肉痛になることは間違いないだろう……。


「思ったよりも良い感じにできていますな。後はいつも申し上げています通り再現性です。

走っている時に常にできなければ意味がありません」


「村山さん。是非、私に模擬戦をやらせてください。虻輝さん。捕まったら戸籍を抹消されると思って逃げてくださいね!」


「いやいや! それは困るから!」


「でも――何もペナルティが無いのは愉しみが無いじゃないですか?」


建山さんはそう言うと、途端に目から光が消え”ヤバいモノ”に変貌した。


え? 驚きを隠せなかった。これまではどちらかというと、笑顔の裏に何か黒いものを感じる程度だったが、その黒さや狂気が一気に露呈したような感じだった。


そして、特攻局であれば戸籍を抹消するぐらい朝飯前だということを思い出した――。


「それじゃぁ、木刀に当たったらゲームオーバーということで」


建山さんはどこからともなく木刀をスッと取り出す。僕は足を必死に動かした!


スキップをしながら木刀を振り回して迫ってくる!


「その身をお刺身にさせてください!」


「ヒィィィ!!!」


こりゃ捕まったら殺される……! しかも人間お刺身とか斬新過ぎる!


フォン! と言う音と共に木刀が鼻を掠める。皮がペラリと剥けて”お刺身への第一歩”が始まったのだ……。


「ぐわっ!」


走り方が気が付けば悪くなっていたのかツルッと滑って背中から倒れてしまった!


そして、木刀を突きつけられた段階で建山さんからの殺気が消えた。


「アハハハ! こけてたらどんなスピードだって無意味ですよ~」


いつもの何か毒気を抜くような雰囲気に戻った……。


「……危機に瀕した時こそしっかりと腕を振っていただかないと何の意味もありませんぞ。別に足が速くある必要はありません。安定したスピードを出すことが重要です。今の虻輝様は少しでも時間を稼ぐことが重要ですから。あと以前お教えした呼吸法(第2部44話)についてもこういう時に実践していただかないと」


爺は厳しい表情で語る。全く面目なかった……。本当に僕は学ばないな……。


「ましてや私は本当に殺しに来てないことぐらい分かってるんですから、しっかりしてくださいよ~」


今は完全にいつもの建山さんに戻っているけど、さっきは尋常じゃ無かったんだって……。玲姉がブチ切れた時以上にヤバい雰囲気を感じたんだって……。


「そ、そうだよね……」


ただ、改めて思うんだけど細くて美人で普段は何だか警戒心を解くような雰囲気があるけど特攻局幹部なんだ。


あの様子だといざと言う時は人殺しすらも易々とやってのけるだろうな……。


「それじゃ、ペナルティを受けてもらいましょうか?」


「え?」


そう言えばそんなことを言っていた……もしかして戸籍抹消が本当にあるのでは……?


そう思うと身震いがした。戸籍を抹消される前にま、まだ僕には年間王者を決める世界大会に出て今年こそは王座奪還を――


「わ、私を”あっちゃん”って呼んでください……」


いきなり建山さんは顔を赤くしてモジモジとさせながらそんなことを言ってきた……。


「は?」


聞こえはしたけど、マジで何を言っているのか意味が分からない……。


「で、ですから”あっちゃん”と……。朱美ですので……」


「……それに何の意味があるんですか?」


「私が満足するんです」


 有無を言わさぬ雰囲気にコメントを失った。よく分からないが代償は支払わなくてはここではやっていけない……。


「それじゃ、あっちゃん……」


「はいっ!」


僕が呼ぶと目をキラキラさせながら手を挙げた。


人を殺しかねない目つきからどんな要求をしてくるかと思えば渾名あだなで呼べとはね。


……やっぱり建山さんは何を考えているのか分からない。不気味だ……。


「ともかく、輝君の情けないことは覆ようが無いけどね……」


玲姉が僕の鼻の頭を治療し始めた。


「ただ、さっきのはペナルティの支払いってことで”建山さん”ってこれからも呼び続けるってことで良いですか?」


「えっ! そんな殺生なぁ!」


今度は雨に打ち捨てられた子犬のような目で僕を見つめて来る……。


「流石に年上の女性に対してそんなに馴れ馴れしく呼べないですよ……」


建山さんが僕の肩を掴みブンブンッと振り回し始める。


「ちょっとぉ! そう言う割には私に対しては結構馴れ馴れしい気がするんだけどぉ!」


今度は玲姉の方に強制的に顔を向けさせられる。もはや着せ替え人形か何かの争奪戦をしているようだ……。


「い、いや。玲姉は僕と長年の姉と弟と言う関係がありますから……」


「へ、へぇ~。そうなのぉ~」


言い訳をしたが、玲姉は更にこめかみに青筋を浮かべていく……。


僕は回れ右をするとすぐさま先ほど学んだ腕振りをして一目散に退散しようとた。


しかし、パッ! と音がすると玲姉が目の前に移動していた。


指のストレッチをしてニコニコと笑っている……。


こんな人外が相手だったら、走り方なんて学んでも無意味過ぎるだろ……。


「ふふふ……その身に教えてあげるわ……」


その言葉を聞いた瞬間に意識が飛んだ――。


目が覚めた時に世の中の理不尽さを自宅で痛感することになった。

どうして、当たり前のことを言っているだけなのに、何でこんなに厄介なことになっているんだ……。

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