第55話 認知されていない存在
「ほぅ……虻輝様。流石ですな。これがプロの神業と言う事ですか」
リビングでソファーに座りながらコスモニューロンで作業をしていると後ろから為継からそんな声が聞こえてきた。
そう思われるのも無理はない。
僕はゲームをしながら未知の生物がいないか深海5000メートルの日本海溝の調査をしているのだから――半分皮肉が混じっているに違いないのだろうけど(笑)。
「深海だからそもそも生物や植物が少ない。視界の端で動きがあった時に見ているよ。
何か物があった! と思って見ても大抵はゴミとかが多いけど……。
というか、こんなにゴミがあるだなんて知らなかったよ」
深海で生物とゴミどちらが多いか? と言ったら断片化されて溶けかけていることもあって断然ゴミだ。
最早、未知の生命体がゴミを巣にしていないかどうか、ロボットを遠隔作業をして調べる作業をしているレベルである。
「なかなか深海のゴミ掃除をする手間、除去する機械を入れる労力もその意義もありませんからな。
何せ普段は見えませんから環境保護団体も問題提起しません。
私も時間と金があれば実施したいことの一つではあるのですが」
「表面化していないと本当は深刻な問題を起こしているのに認知すらされないということか」
「恐らくは海底のゴミによって海洋汚染の深刻化や生物多様性の欠如したことが証明されるまで取り除く機運は高まらないかと」
「こんな水が汚いところに希少生物がいる気がしないな……。もっと別の地域はダメなの?」
「しかし、水が綺麗で見渡しが良いところほど可能性は低いですぞ。
既に調べ尽くされていますし、生態系も前回の大規模調査時と比べて大幅に変わっているとも思えません。
過酷な状況で見えにくい場所ほど可能性があるかと」
「そういう見方もあるのか……」
「既存の生物を超える再生能力が必要ですからな。
この水が汚い程度では駄目ではないかとすら思えてきます」
「これでもダメそうなのか……」
強烈な暗視ライトを使っているために本来の暗さは無く、視界の確保はなんとかなっているが、生物がまともに暮らせる環境には無いと思うのだが……。
「ただ、可能性としてはこの地域はそこそこある方だと思います。
ゴミが深海にあることすらも一般的にはそこまで認知されていませんからな」
「でもある意味その世間から認知されていないゴミが羨ましいぐらいだ。
“認識されない状態“で世界大会を勝ちまくりたいよ。
そうすれば大王からヘンなお願いをされたり、玲姉達から邪魔されないで済むようになる」
「そう言えば虻輝様は今月末には9種目の総合的なゲームの世界大会があるようですな」
「そう。色々なゲームをこなさないといけないんだよ。
睡眠時間を削ると全てのパフォーマンスの低下につながるから、1回の作業で同時にこなすマルチタスクをするしかないわけ」
「ですが、認識されないとなるとそもそも世界大会に出場することはできないかと……。
参加したことすら認識されていませんから……」
「!? 確かにそれは困る!」
「ということで、しっかり成果を出してください。
ただ、AIや画像認識は活用しないでください。
我々も様々な技術を駆使していますが、それらでは特異な新生物を見つけられていませんからな」
丁寧な言い方ではあるが全体的に鋭い棘を感じた……。
「え~。とにかくサボりたいぃ~」
「なるべく虻輝様の負担が少なくなるように善処しますが……。
やはり完全に仕事を回避することは難しいかと。
何せあの局長と玲子さんを――」
為継の細い目が大きく見開かれる。
「あらあら~。困るわね~。こっちは3人で総力戦なのに~。依頼を受けた本人がサボってどうするのよ~」
ギョッとして見上げると玲姉がいつの間にか帰ってきて為継の隣にいた。
為継も恐らくは隣に来るまで気づかなかったから目を見開くほど驚いたのだろう……。
「大丈夫ですよ。虻輝さんの手を煩わせないように私が特攻局の様々なシステムを駆使して、独自調査させていますから科学技術局とはシステムの構造が少し違うので新たな生物を発見できるかと」
建山さんも気が付けば僕の真後ろにいるのでまた少しギョッとした。
気配を消す大会は今日も開催されていた……。
「い、いやぁ。助かるよ。建山さんはいつも頼りにしているからね」
本当か~? 何が狙いだ~? と建山さんに対して突っ込みたくなったが、僕も背に腹は代えられない。
とにかく今年は世界ゲーム年間王者を奪還したい。去年があまりにも無残な大逆転での2位だったから……。
目的は依然として分からない。だが、建山さんには悪いが効率を上げるために利用させてもらう。
謎の利害の一致があるのだから。
「建山さん良いの~? 輝君に“都合のいい女“として利用されるだけよ~?」
玲姉は声はおっとりとしているが、眼がブチ切れているんで怖すぎるんだが……。
「“都合のいい女”でも一向に構いません。私はこう見えても“尽くすタイプ“ですから」
島村さんは無人島の一件もそうだったっが、距離が近い場面が多かったから「吊り橋効果」で“好きである”と誤解してしまったのだろう。
しかし、島村さん以上に建山さんとは接点が無く、好きになってもらう理由は見つからない……。
それが“一目惚れ”だと言われてしまえば反論する余地は無いのだが、
そうとは言えない何か“違和感“みたいなものがあるんだよな……。
だってどっちかっていうと失礼な言い方になると思うけど“マイペースで身勝手”なイメージしかないのに“尽くすタイプ”ってどういうことなんだろう?
僕のために強い自我を捨てたり時間を割いたりするのっておかしくないか? って思っちゃうんだよな。
やはり、建山さんのことはよく分からない……。
「具体的にはどういう感じで支援してくれるの?」
「通常の見える範囲で調査するのは不毛だと思うんです。
どこであろうと、地球上であれば科学技術局が一度は調べている場所だと思いますからね。
そこで私は“土に潜るタイプの生物“や”微生物“に着目したいです。
地中数メートルや火山の付近でも微生物が発見されているので新生物を発見するならそういったところの方が良いかと」
「それはなんだか独特な発想だけど微生物なんかで許してくれるのかなぁ……」
着眼点としては面白い話ではあるのだが、ちょっと趣旨とは違うような気がするんだよな……。
「筒に入れて“審査“が通ればOKだそうなので何でもいいから挑戦するんですよ。
案外、アッサリと突破出来るかもしれませんよ」
「要求している側がどんな奴かどういう意図をもって要求しているか分からないですから、案外味気なく受け入れてしまう可能性は確かにありますな」
意外にも為継は同意した。
建山さんは今の人類には無い“野生のカン”みたいなものがある気がする。
もしかしたらそれでトンデモナイ発見をするのかもしれない……。
「建山さんはそう言う方向で行くのね。
私は“画像認識の穴”があると思っているからそれについて研究をしておくわ」
玲姉の建山さんを見る目つきが殺しそうなぐらい鋭くて怖すぎるんだが……。
「開発者側の人間からすると基本的にはそんなものは無いと思いたいのですがな……」
「科学技術局も特攻局も技術が素晴らしいのは認めるわ。
“先入観があるから見落としている”ということで頼んできたんだから、
その点はある程度諦めて欲しいわね」
玲姉が為継を説得しようとしているのを見て僕はある言葉が頭に浮かんだ。
「玲姉も先入観があるんじゃないか?
僕をどうしても鍛えたいみたいだけど、僕はあくまでもゲーマーなんだから。
鍛える必要なんて無いんだよ」
玲姉はセリフの後半には苛立ちを隠さなくなり、終いにはこめかみがピクリと動いた!
「輝君はただ単に何か言い訳を作ってサボりたいだけでしょぉ! 人類最底辺の体力しか無いんだから、せめて標準レベルの体力を得てから私に物申しなさいよ!」
「ひぃええええ!!!! 助けてくれぇぇぇ!!!!」
玲姉が建山さんに向けていた鋭い目つきを僕に一気に向けてきたので、一目散にリビングを逃げ出す!
あの玲姉から逃げ出せる気は全くし無いが恐怖が勝手に足を突き動かしていた!




