第52話 スイッチの切り替え
玲姉の美への探求に圧倒されていたが、ふと気になったことを思い出した。
「それで、さっき“条件の1つ目”と為継が言ってたからには“2つ目以降”も存在するってことだよね?」
「流石、虻輝様。良いところにお気づきになられましたな」
気づきたくはなかったが、忘却したところでいずれは逃れることはできないだろう……。
「そもそも、その要求とやらは何種類も指定できるんだ……」
「対価は要求する側の難易度によるようです。
今回の局長の痣を摘出する活動は、それだけの難易度だと秘具が判断したということです」
「やっぱり難易度が極めて高いんだ……」
現時点の技術では全く対処できないぐらいなんだからな……。
「この間のK神社においてその後交渉をしましたが、解除することは困難であるとのことでした。
何となくできそうな雰囲気を出していたのもこちら側から交渉カードを引き出させるためでしょう。
つまり報酬だけもらった後に約束を反故にして逃げようとしていたわけです。
勿論そこまで露骨にやることはなく、何だかんだ言い訳を並べるとは思いますけどな」
「なんと……それならどうしてここで態度をこっちにとって良い方向に豹変させたんだ?」
人当たりが良さそうなK神社の神主の顔が思い起こされる……。
そんな悪い人達には見えなかったけど――僕には経験値が足りなさ過ぎて人を見抜く目は無いからな……。
「やはり玲子さんが動いてくれたからだと思います。
思考を読み取る力は並の人間では隠し事はできませんから、観念したのでしょう」
玲姉はニッコリ笑って右手でブイサインを作る。
結局のところ、玲姉が動かないと何も動かなかったというわけか……。
大王が玲姉を解決のキーパーソンだと最初から狙っていたのも分かった気がした……。
「玲姉を見た瞬間に表情が変わったもんな……。
あんな人達と、どこで知り合ったんだ……」
「んー。あんまり言いたくないけど、獄門会との繋がりで東北で集まりがあるのよ。
そこで私の力についてはこの業界では知れ渡っているのよね。
どうやって監視の目をかいくぐって集まることが出来ているのかについては言うつもりは無いけどね」
笑顔でブイサインから一転、顔が曇ったのはあまり良い思い出では無いのだろう……。
「話は戻りますが2つ目の相手からの要求は、“境界線”です」
「……何だそれは?」
科学技術局が要求してくるものなのだから、県境とか家の敷地などの平凡な区割りではなさそうだけど……。
「具体的には神社やお寺の境界線のようなものを要求しています。
そんなものを知って何か彼らにとってメリットがあるとは思うのですがね……」
為継も困惑しているのをみると、その価値は分からないようだった。
「そのことについて私から解説させてもらうと、
それぞれ神社やお寺には“勢力圏”みたいなものがあるのよ。
神社やお寺には独特な雰囲気があるわよね? 霊媒師などはあの状況でしか発揮できない“力”があるのよ。
それを“境界線“と呼んでいると思うわ」
「へぇ、そうなんだ。確かに神社やお寺には神聖な雰囲気があるよね」
流石玲姉、知っている情報は科学技術以上か……。
「普通は分からないかもしれないけど、その“神聖な雰囲気“にも少しずつ差があって特色があるの。
ただ、一般的にはそんな勢力圏は公開されていない機密情報になっているからね。
これは、価値があると思える人にとっては非常に価値があるのよ」
「確かにゲームでもサバイバルゲームで“縄張り“や”射程圏“みたいなものが分かるだけで戦略は変わってくるからな……」
相手の配置と所持武器を予測して、縄張りの範囲を頭の中で組み立てて戦略を考えるのだ。
それを思い出すとババっと武器の射程と自らの行動作戦などが頭に自然と景色が浮かんできた。
「いつもゲームの話が行っちゃうけど、理解してくれるならそれで良いわ……。
ともかく、未知の生命体を見つけるよりかはまだ楽ね。
ただ、日本宗教連合はさっきの話で分かる通り、表面では分からないほど腹に一物を持っている人たちが多いからね。
簡単に縄張りを教えてくれるわけじゃないから私たちで調査する必要があるわね」
「まぁ、そうだろうな……」
「3つ目以降は無いの?」
「他の要求もありましたが、既に科学技術局が用意できています。
ちなみに条件が全て揃わずとも要求通りの条件を満たしているかどうかは秘具に近づけることで分かるようになっています。
しかし、この2つばかりは情けないですが我々科学技術局ではお手上げ状態となっているのです。非公開の特別対策本部を作ってはいるのですが……」
「とはいえ、科学技術局も寝ていたわけじゃないだろうから、今までの研究成果はあるわよね?
今回の調査の結果で構わないから情報を共有できないかしら?」
「そうおっしゃると思ったので、現状の成果をまとめたものを持ってまいりました。
もっとも境界線については全くお手上げ状態だったので、生物についての分析のみですがな」
用意が良い――と思ったら、なんと30センチぐらいの厚みの書類を取り出した!
その鞄はこの間の島に漂流していた時も持っていたが、四次元なのかと思えるほど色々と出てくる……。
「どれどれ~」
玲姉はその書類の厚みに圧倒されることなくペラペラとめくっていき、ウンウンと楽しそうに頷いている。
超人的身体能力ばかりが注目されるが、T大に行けるぐらい優秀なんだからな……。
「私からの要求は一つよ。再生能力が高い細胞を抽出することが出来たら、まず私にそれを頂戴ね。美肌の研究のために活用させてもらうから」
「ええ。その点についても必ずお約束します」
為継から確認を取ると玲姉は満足げに頷く。ホント、そこは絶対に拘るんだな……。
「とりあえず。縄張りの境界線については私とまどかちゃんと知美ちゃんとで取り組みましょう」
「よぉうしぃ! この間倒れた分も頑張るぞぉぉぉぉぉー!」
まどかは飲み終わったティーカップを揺らすような勢いで拳を突き上げて、無駄に気合が入っていた……。
このやる気があり過ぎる状態が空回りしないと良いんだが、玲姉と一緒にいるなら多少やらかしたとしても大丈夫だろう……。
「分かりました。やれることはやって見せます……」
島村さんは落ち着いて答えている。
メインが玲姉のはずなのだが、どうしてかとても緊迫した表情をしているのはどうしてなのか……。
「輝君もスキマ時間を見つけて調査を頼むわよ。コスモニューロンでロボット操作は慣れているわよね?」
「システムの操作については問題無いけど、
正直見つけられる気がしないからさっさと玲姉の方を終わらせて援軍に来てよね……」
そりゃそうだ、というように玲姉は頷く。
「虻輝さんには私が付いてます! 今回は特攻局も全面協力させてもらいますよ!」
そう言いながら建山さんが僕の手を取った。
「輝君の直径1メートル以内には近づかないでもらいたいわね」
「え~~~~! 良いじゃないですか~。虻輝さんは別に誰とも交際されているわけじゃないんですし~」
建山さんはニヤニヤと不気味に笑う。
対する玲姉はこめかみの欠陥が浮き上がる……。
「た、建山さんも玲姉を怒らせたら流石に危険だと思うからなるべく離れた方が良いかと……」
建山さんは僕から離れると真剣な表情になる。
「私が思うに、仮にそんな再生能力を持つ生物がいるのであれば意外と今までと同じような造形をしているんじゃないかな? と思いますけどどう思われます?」
「そうですな……未知の生命体であれば“とんでもない造形“先入観があるのは間違いないです。
本当にその生物であるかどうかカメラに収めた時点で様々な角度から見ていくとしましょう」
建山さんも時には真面目な提案をするんだな……。
何か妙なテンションな時があるだけで、そう言えば元々は優秀な人だったな……。
玲姉も建山さんも楽しそうな瞬間と真剣な話の“オンオフスイッチ”を瞬時に切り替えている気がする。
僕はどっちかって言うとボケているつもりはないのにボケているって言われているだけで、こういう話の時は常に気を張っている感じだからな……。
こういう切り替えがストレス無く暮らしていくコツなのかもしれない……。
とか思っている間に大学に行く時間となり、急いで家を出たのだった……。




