第17話 苦痛な任務
私は今、3階の喫茶店から無線機と双眼鏡を使って様子をうかがっています。
“あの男”と野々谷さんがいるファミレスをよく見ることができる絶好のポイントと言っていいでしょう。
無線の先の2人はハッキリ言ってどうでもいい話題を永遠と続けています。彼女の趣味はアクセサリー作りでや好きな食べ物はイチゴ、飼っているペットはインコ1羽と犬1頭など……それらペットの周辺話題を展開していて、私たちが知りたい情報とは全く関係のない話ばかりです。
おかしな点は今のところないし、“あの男”がセクハラをするような場面も今のところ来なさそうです。今のところの私の印象は虻成みたいな女狂いではなく、むしろ女性と一定の距離を取っている印象があります。
昨日は思い切って玲子さんに私は“あの男“と”交際している”のではないかと思って聞いてみました。どちらかというとあの2人は姉と弟という関係より“長年連れ添った夫婦”という感じにすら見えたからです。時折目線だけで会話している場面すら見受けられますから……。
それに対する玲子さんの答えは「それはよく言われるけど、ただの弟よ」と言うと共に「時期に輝君の魅力に気づくわ」という回答でした。
私の感想は“やっぱりそうだったのか”という感じでした。
しばらく“あの男“をすぐ近くで観察させてもらったんですけど、“掴み所がない”というのが正直なところです。
他の虻利のような残忍性があるかと思いきや素直に私の言うことを聞いてくれる時もあるし時折優しさを見せる所もある。更にサボって何もしたくないのかと思いきや一気に行動するときもある……一体何が本質なのか全く分からないんです。
玲子さんにそのことも言ってみました。玲子さんが言うには「いざという時が一番頼りになるのよ」と言っていました。今回の一件はまさしくその“いざという時”が来るか本能のままに野々谷さんに手を出すのか分かれ目になりそうです。
より本性が露わになるか分かりやすい状況ともいえますね。
「ねェ……そろそろこんなファミレスじゃなくてェ~もっと静かで2人きりになれる場所に行きましょうよォ~」
これは、ようやく動くかもしれないです。ようやく退屈な時間から解放されるのかな……とある意味期待感が持てます。
私としては“あの男“に本性を早く見せてもらってその酷さを玲子さんにウキウキと報告して、玲子さんの”あの男”に対する信頼が失墜するのを笑顔で見届けたいという気持ちがあります。
「え……こ、困るなぁ……」
本当に困っている雰囲気がします。
「ウチの知っているバーがとってもいいムードなんだァ。」
「ま、まぁとりあえず会計払っとくよ」
「ウフフ……」
こ、これからどういう展開になるんでしょうか……。
お会計を済ませたようなので、どうやら移動するようです。
双眼鏡で見えなくなる範囲に行くかもしれないので私もこの喫茶店から急いで移動します。
この店は最初に会計をするタイプのお店だったので、トレイを置く場所においてすぐに移動を開始します。幸い、すぐにエレベーターも来てくれたのですぐにビルを出ることが出来ました。
「いやぁ、僕お酒とか飲めないんだよね……。ドクターストップかかっていてさ。」
「そんなの気にしなァ~い。ね?」
「わわわ……」
無線機の位置が分かるようになっているので見失いことはなくすぐに追いつきました。
2人から100メートルぐらい離れているところを歩いています。あまり尾行は得意ではありませんが、野々谷さんは特に警戒していない様子なので私のような素人でも気づかれないと思います。
今日は少し寒い日です。時刻は20時を回ったので5℃を切っているかもしれません。昼はそこまで寒くなっていなかったので上着を持ってこなかったのを少し後悔しています。
あまり寒い気候には強くないのでちょっと堪えます……。
「あ、あの店だよォ~。あの店のお酒はちょっと変わっていてェ~。すっごくキモチヨクなれるんだァ~」
「へ、へぇ~そうなんだ……なら楽しみだね。でもお酒飲めないんだよね僕は」
「エェ~そうなんですかァ~。もったいなぁ~いぃ~」
野々谷さんは“あの男”の腕に抱きついています……それを振りほどこうとせず、逆に“いい雰囲気”になっています……。
あんなに高潔な考えをお持ちで全てにおいて素晴らしい玲子さんがあんなにも想ってくれているのに大変失礼です。
一体何を考えているんでしょうか? あんなに下品な女性が好きなのでしょうか? 大変不快です。私は告発のためにカメラで2人の様子を撮影しました。
「よしこれで証拠は押さえましたからね……玲子さん」
玲子さんは“あの男”に騙されているんだと思います。恋は盲目という言葉がありますがまさしくその通りだと思います。このことを玲子さんに後で報告し、早く夢から醒めて頂かないと……。
「さ、どうぞ~」
「ど、どうも」
「マスター、いつものお願いィ~。この人はプロゲーマーの虻輝さん」
「よ、よろしくお願いします」
2人は看板がボロボロで傾いているような“いかにも怪しい“感じの店に入っていきました。 私は周りを見て向かいのカフェが営業してしかも窓側の席が空いているようなのでそこに入りました。
向かいに面しているので双眼鏡は使えませんが私は視力がいいほうだと思うので大体の様子は分かります。
「アタシ、ハイボール!」
「僕はお酒とか飲めないんですけど代わりに何かあります? 特にアルコールがダメなんですけど」
ちなみに私も20歳未満なのでお酒とか飲めないですね。
あまり健康にも良くないみたいですし20歳以上になっても飲む予定は無いです。
玲子さんもあまり飲まれないようですし、私の周りの人たちは結構飲まない人が多い印象です。その点高校生なのに平然とお酒を飲んでしまう野々谷さんはやっぱりどうかしています……。
「そうだねぇ……フルーツカクテル風のフルーツジュースでも出してあげるよ」
「ありがとうございます。あっ、美味しいですね! これ!」
「それっぽく見えるだろぅ?」
「確かに本格的ですね。ところで野々谷さんはここにどれぐらいの頻度で来るの?」
「月に3回ぐらいかなァ~?」
「男を結構連れてくるよな?」
「へぇ、そうなんですね」
「あ、でもお前さんが一番男前だな! そういや俺も見たことあるぜ、プロゲーマーの人だろ?」
「ええ、一応現在世界5冠王です」
「カレンちゃんもやるねぇ~。そんな人を捕まえてきちゃうんだからさ!」
「ウフフフ……優しいし素敵なのよォ~」
「そ、そんなことないって」
「ハハハ! なんだかカレンちゃんの方が年上に見えてくるな!」
「ええ~そんなぁ~。マスターも酷いですねぇ」
とにかく生産性の無い会話が無限に続いていきます。下らない会話をある程度集中力を保って聞き続けなければならないのは本当に大変です。
「アタシ、今付き合ってる人いないの。虻輝さんはどうなんですか?」
「え……い、いないけど」
「それならアタシと付き合わない?」
「そ、それはちょっと……」
「ネェ……ウチ、虻輝さんのこと気に入ったの。……このまま今日一晩共にしない? セフレでもいいから……」
「そ、それは……」
の、野々谷さんが“あの男“の手を握って胸元までもっていっています。ですが、何となくですが野々谷さんが”あの男“を見る目というのは最初から惚れているような感じにも思えました。”女のカン”という奴でして他に根拠は無いのですが……。
「ウチ……モデルだけどカラダにも自信があるんよ。ウチのムネはどう?」
「す、凄く大きいね……そ、そして柔らかそうだね……」
「Gの88あるのよ。これでいっぱいキモチヨクさせてあげるからサァ……」
「わわわ……」
「クシュン!」
手でくしゃみを抑えたつもりでしたが向こうにも聞こえてしまった可能性があります……。
どうせ何もアドバイスをしないつもりでしたからこちらの音が聞こえないようにしておくべきでした。まぁ、別にもういいですけどね。