第51話 美肌のため
朝ご飯を食べ終わると、ピンポーンと来訪のチャイムが鳴った。
大王の代理で為継がウチにやって来たのだ。
いよいよ何を対価として要求してくるのかが分かるわけか……。
「おはようございます。局長のお願いに振り回されているばかりでお疲れ様です」
白衣とスーツケースといういつも通りの出で立ちで為継は何事も無かったかのように現れた。
「僕以外の人に頼んで欲しいところだけどね……」
迎えに行った僕以外の皆は既にリビングに集まっていた。玲姉はいつもの“誕生日席”目を瞑って鎮座している。
「虻輝様は思った通りに動いてくださるので局長は高く評価されています。
しかし今回は特に玲子さんには本気で取り組んで欲しいとのことです」
「本気って……心外ね。まるで私がいつも手を抜いているみたいじゃない? 私はいつも何事にも真剣に取り組んでいるわよ」
僕は大王に殺されると思うと何とか目標を達成しようと必死になっているわけだが、
対する玲姉は相手によって力をセーブしている感じがあり、まだまだ余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で色々と戦術や力を隠している可能性は高い。我が姉ながら底知れない感じがするから為継や大王の言いたいことはとてもよくわかる。
「念を押して申し上げますが、結果を出さなければ大切なものから無くなっていきますぞ?」
その対象は僕やまどかのことを言っているのだろう。
玲姉は黙って鋭い目つきで為継を睨みつける。
僕ならゴメンとすぐに謝りたくなってしまうが、為継は“どこ吹く風”と言った感じである……。
対して為継が苦手だからか黙っているまどかはキョトンとしている感じだ。
何も知らないということは本当に幸せなことなのだなと思える……。
「秘具を今回活用するようだけど具体的にどのような原理だと思われているわけ?」
あまりにも玲姉から殺気が漂っているために少しでも話題を逸らそうという試みだ。
「……今回は皆さんに協力を仰ぐことになりますので特別に分かっている範囲での原理を説明しておきますが、他言無用でお願いします」
皆はほぼ同時に頷いた。
「“お願い”を書いた紙を筒の中にいれておいて、1日ぐらい経つとその裏に“返信”としての要求が書いてあるのです。
今回のケースではこの痣を撮った写真も一緒に置いておきましたがな。
恐らく“出来そうな候補者“に対して夢の中からでも働きかけるのでしょう。
そして要求を完了することで依頼者は“強制的に”最初に書いた“お願い”を実行するのです」
「まさしく、現在のテクノロジーをも超越しているな……」
「ええ。現在のところはコスモニューロンで空き時間のわずかな時間でも仕事をマッチングするシステムはありますが、そもそも導入していない人間には厳しく、また遠隔地の人間には実行不可能です。
しかし、秘具はそう言った時間や空間をも超越することが可能であると確認できています。
ちなみに、依頼者は候補者を把握することはできず、候補者は“お願い”を完了したのに実行しなければ死に至ることもあるようです」
「流石秘具……最後は恐ろしいんだな」
「ご理解いただけたところで相手が要求してきたものを紹介していこうと思います。
1つ目は再生力と耐久力の高い細胞を持つ生物です」
「え? そんなの?」
もっと恐ろしいものが要求されると思ってさっきまで玲姉と議論していただけあって、何だか拍子抜けと言う感じだ。
「ただの再生力ではありません。
-200℃から500℃ぐらいまで耐えてもらいたいところです。
そして、通常バラバラになっても自ら再生するような細胞――こんなものがあったのでしたら私も是非とも欲しいぐらいですよ」
為継が研究者として妄想をしているためか声を弾ませる一方で、僕は大きな壁の前に立っているような気分になった……。
「いったいどうしたら良いんだ……事実上、無いものを探すみたいじゃないか……」
「ただ、そこまでの細胞を手に入れることが出来れば、人間に移植することで不死は難しいまでも不老にはなれる可能性があるとも言われています。
女性であれば美肌を半永久的に維持することが可能になるでしょう」
「そう……美肌にねぇ」
玲姉の反応が変わった。これまではノルマに付き合うか……みたいな雰囲気だったのが、今じゃノリ気すら感じられる……。
ついでに、島村さんや建山さんもちょっと身を乗り出している……。
「玲姉はもう既に絶世の美女でしょ? これ以上に美しくなる必要あるの!?」
「色々とお肌のトラブルがあったりした際に対応方法がたくさんあった方が良いのよ。
美容マネジメントをしていると、お勧めできる商品コースが多いと売り上げがそれだけ上がるし、お客さんも増えるのよ」
「確かにピンポイントで色々肌トラブルがありそうだからそれを解決できると大きいかもね……」
「それより、私のことを“絶世の美女”とかいう割にはそういう扱いをされた記憶が無いんだけど……」
「え、そんなつもりは無いんだけどな。常にレディーファーストでなおかつ優しいつもりだけと……」
「虻輝さんの女性に対する扱いが酷すぎるということなんですね……」
島村さんが溜息を吐く。僕はそんなに酷かったか……。
「ま、まぁそういう風に受け取られる言動をしてきたのなら反省するけどね……。
話は戻るけど……そんな再生力や耐久力を持つ生物っていそうなの?」
「現状、地上で一番耐久力がある生物はクマムシであると言われています。
マイナス273℃から100℃の温度、真空から75,000気圧までの圧力、数千グレイの放射線、実際の宇宙空間に10日間曝露した後も乾眠状態で生存が確認されています(※これらは実社会のデータです)」
「へぇ……そんな過酷な条件でも生きていけるんだねぇ……」
「しかし、クマムシをもってしても今申し上げた条件を超える圧力や気温を前にはさすがに死滅してしまいます。
簡単に申し上げればそのクマムシを超えるだけの耐久力、再生力がある生物を相手方は欲しているということです」
「でも、大王や為継でも発見できていないから困っているわけなんだよね?
そんな生命体を僕たちなんかが発見できるの?」
ホント簡単に言ってくれてるが僕は途方に暮れている……。
「私や局長は今現在存在しているあらゆる科学的知識を持ち、そしてそれに相応しいテクノロジーを駆使することが出来ます。
いわばプロ中のプロだと思って構いません。
――しかし、それだからこその“先入観”と言うのが多分にもある可能性があります。
何せ、私たちでもまだ世の中の事象で解明できていないことは数多にわたり存在していますから何かしらの盲点があるのかもわかりません」
「確かに、素人の方が“盲点”を発見する可能性はあるわよね。
ま、やるだけやってみましょう」
「えー、玲姉はそうは言うけど何だかやっぱり納得がいかないような……。
あと、AIが今は何でも画像認識で探してくれるんじゃないの?」
「AIやロボットで調査をしても判別が詳しくできない可能性はあります。
何せ“未開”ですから上手いこと判別がついていないケースもありますからね。
生物だと認識できないのかもしれません
基本的には名前が表示されるのですが、角度次第では判別がつかないケースもあります。
そのために、名前が表示されない生物が見つかり次第カメラの角度を変更するなどして真ん中に納め、それでも名前が出ない場合に報告して欲しいのです
未知の生物が驚異の生命力を持つ生物の可能性がありますから」
「ひぃ……そんな気の遠くなるようなマメな作業を目視でか……。
しかも、“いるかもしれない”と言う程度の可能性のために尽力しないといけないのか……」
「AIやロボットにもできない気の遠くなるような作業だからこそお願いしているということです。
玲子さんが“本気“を見せてくださればその手間も必要ないかもしれませんがね」
ピクッと玲姉のこめかみが動いた。表情はいつもどおりが内心は挑発にブチ切れていてもおかしくは無い……。
「それなら早速だけど、一つ私から提案させてもらおうかしら。
カメラが入る場所は私が指定させてもらうわ。
基本的にはどこでもいいのよね?」
「ええ。流石に宇宙の果ては困りますけど。地球であればどこでも」
「クマムシは究極の状況でも耐えられるっていうじゃない? それなら極限状態にほぼ常時ある場所を探す方が手っ取り早いような気がするのよ。
例えば火山口の近くや深海の奥深くとか」
「妥当な考え方ですな。もともと生物が少ない場所であれば生物を発見した際のセンサーも見つけやすいですからな。
ただ、それでもそう言った場所すらも既に我々は調査しており、それでもそう言った耐久力のある生物は見つかっていないことをご留意いただきたいですな」
「ええ。それは承知済みよ。メインは私と輝君が行うけど、皆にも手伝ってもらうわ。
良いわね?」
玲姉の言葉に対して僕と為継以外の皆が頷いた。
「基本的に我々はできることは全面協力させていただきます。
是非ともお申し出頂ければと思います」
「美肌のためだからね。やれるだけのことはやるわ」
玲姉のモチベーションはまどかのためにそこそこ高かったような気がしたが、
「美肌」と言うワードを聞いてから声色も躍動しだしたような気がする……。
特に何の肌トラブルも無く、透けて見えるほど美しいぐらいなんだがな……。
美への飽くなき探求心がそうさせるのだろうか……。




