第49話 特権階級への一歩?
風呂から上がった後にゲームをまどろみの中、勝ち続けていたが、この日のモーニングコールは大王からの連絡の通知音だった。どうせなら可愛い女の子からが良かった……。
大王はとんでもなく無駄に早起きだから、早い時刻でもスッキリした顔をしていることが多いのもまた憎い……。
「おはよう大王。どうした?」
しかし昨日、大王の恐ろしさを改めて痛感したために連絡に出ないわけにはいかなかった。とんでもない内容だということが明らかなのに……。
「虻輝様おはようございます。昨日はわざわざお越しくださりありがとうございました。
碌にもてなすことも出来ず恐縮です」
「急に押しかけてきたのは僕たちの方だしね……。それで、今日はどういった連絡なの?」
「今後の方針についてです。
実を言いますと、敵対している相手に対して交渉をする方法はあるのです」
「え……どうやって?」
思わず身を乗り出した。
「虻輝様は“秘具”と言うのをご存知でしょうか?」
「あぁ……虻利家が手に入れたと言われている超越的な力を発揮するモノだよね?
それによって圧倒的な富を得て今の地位を手に入れたとか……」
この世の空間すらも捻じ曲げるほどの力を持っているそうで、玲姉すらも迂闊に歯向かうことが出来ない最大の要因となっている。
「ええ。その一つで地味ではありますが“遠距離で取引ができる筒”と言うものが存在します。
これは相手に対して対価を支払うことで“強制的に願いを叶える”ことが出来るのです」
「強制的にって怖いんだけど一体どういうことなんだろう……」
「勿論、相手も取引に参加すればの話ではありますが一応は私の要求に対して対価は請求されているので可能なのでしょう」
「相手は対価を払えるのかな? この場合は大王の痣を取り除くことなんだろうけどさ。
履行しないとか普通にありえるような気がするんだけど……」
秘具そのものを見たことが無いので全てにおいて眉唾なんだけど……。
「“恐らくは〇〇したいな“という願望を脳波から汲み取り、
それをマッチングするシステムを宇宙的に行っているのでしょう。
対価を支払う際には意識すらもコントロールするのか、無心になって行うそうです。
私の科学技術をも超越しているので本当に興味深いです」
全く原理は意味が分からないが……ともかく互いの願望を仲介してくれるらしい。
「へぇ……そうなんだ。
でも、どうしてそんな筒があるのに大王は痣問題を解決することが出来てないの?」
「残念ながら私では“対価”を支払うことが出来なかったので。虻輝様と玲子さんにご協力いただきたいのです」
「でも、どうしてこの間玲姉がいる場でそれを出さなかったの?」
「玲子さんの存在は私が想定している枠の外に存在しています。
この秘具を破壊、または悪用されないためにも虻輝様と言う仲介者を使ってのやり取りになるということです」
「あぁ……そういうこと……」
玲姉に言えばすぐさま解決しそうなのに、こんなにまどろっこしいやり方なのは最高クラスの警戒をしているためだろう。
「玲子さんとの関係はなんと言いますか微妙でして。お互いに評価しているのですが、相容れないですし、警戒もしあっている――そんな感じなのです」
ついこの間も日本とブラジルぐらいかけ離れていると思ったばかりだもんな……。
全く相容れないけどお互い評価もしているという不思議なとこではあるけど……。
「まぁ、分かる気がする……。
それで、大王が“対価”を払えないとなると金とかを対価として請求してないってことだよね? 逆に怖いね……」
大王に支払えない対価なんて“大王が払いたくないもの“と考えるのが妥当だ。
そうなると、命とか精神とか魂そういった類が真っ先に頭に浮かんだ。それぐらいじゃないか? 後はどうにかしそうなものだから……。
「なに、恐れることはありませんぞ。
虻輝様が無事に対価を支払うことが出来たのであれば、“特権“を授けることを虻頼様に申請いたしますぞ」
「“特権”って一体?」
「それは正式な虻利家当主の後継者の座ですよ。具体的には次期“委員会”の1人になっていただきます。
それはこの地上の富を手に入れたも同然の状態です」
世界の物事を裏で決めている“委員会”その地位と言うのはどんな国の大臣や大統領よりも権力を持つ。
極端な話黒を白と委員会で決めたなら次の日から黒も白と呼ばれるようになるのだ……。
そんなものは僕とは全く無縁のものだと思っていた……。
「え……僕がそんな地位に?」
何だか現実味のない話だ。
「虻輝様は虻頼様のお孫様。元より血族としては最高のポジションですから、虻頼様がご健在の間でも“実績”があれば造作も無く得ることは可能です」
「ふ、ふーん」
色めき立つのを必死に抑えようとした。
深呼吸をしてもう一度考えを整理する。
「でも、そんな地位を得たところでどうしようもないんだよね。
特に“これ”と言って特別やりたいことがあるわけじゃないし。
むしろ玲姉に“特権“与えてあげてよ。一番貢献しているんだから。僕の分減らしたり無くしたりしても良いからさ」
まず、そんな地位を貰ったところで活用方法が全く思いつかない。
敢えて言うのならゲーマーの地位が今よりも上がるような社会システムに作り替えるとか……それぐらいだろうか(笑)。
そんなくだらないことしか考えられない僕なんかよりも、玲姉の方がよっぽど有効にその権力を活用してくれそうなものだった。
「……玲子さんは実力と実績は申し分ありませんが、我々に対して敵意を向けておりますからな。
中々“特権”を得ることは難しいのではないかと思います。
今の委員会のメンバーからの“同意“と言うのも非常に重要になってきますので」
「そんな……玲姉達の身の安全はどうして守られるの?」
「それでしたら虻輝様が権力を得ることはより重要になると思います。
絶対的な力を得ることによって家族や仲間を守っていけば良いのではないかと思います」
「あの玲姉を僕が守る……」
玲姉からはずっと守られてきたばかりだったのでそれは革命的な提案だった。
「ただ、希望を与えておいて申し訳ありませんが、“その一歩“に過ぎないことはお忘れなく。
この1回の実績では流石に“特権”を得ることはできません」
思わずズルっとその場に倒れかけた。
「で、ですよね~」
「しかし、“秘具”を使いこなすことが出来れば通常のルートからは誰も得ることが出来ない権力や富を得ることが出来る足掛かりとなることは違いないでしょう。
虻輝様を慕っている女性を全員抱え込むことも容易ですぞ」
「でも、僕を慕っている人って僕が権力に染まっていないから評価しているんじゃないのかな? そうなると皆からの評価が失墜するような……」
「ご安心ください。その程度のことで虻輝様から離れる者は切り捨てて問題無いでしょう。
それよりも委員会の周りにいる素晴らしい方々とお付き合いした方が良いかと」
玲姉やまどかから嫌われたのを想像しただけで目の前が真っ暗になるのが分かる。
データ改竄して大王に実験体を送り込んだだけで軽蔑されたんだ。
大王の仲間になったと知ったら絶縁されるだろう……。
かけがえのない家族を失った心の穴は“素晴らしい方々”とやらが埋めてくれる気がしない……。
「皆それぞれの人生を生きているんだよ! 切り捨てるだなんてあんまりだ! 個人の尊厳を大切にしないと!」
つい言ってしまったが、しまった! と思った。
コスモニューロンで会話をしているのにも関わらず目の前で話しているかのような緊迫感が走った。それだけ雰囲気が変わったのだ……。
「ほぅ……。随分と面白いことをおっしゃるのですな」
ようやく大王から帰ってきた答えはそれだった。大王から見たら“役に立たない奴”なんて切り棄てて構わないということなのだろう。
元々そういう思考回路の持ち主だ……。
「あ……いや、玲姉だって大王のいうことに本質的には逆らえないんだ。
権力こそ絶対的な存在だなって思うよ。
法律や国際条約などのあらゆる枠組みを超越できる力なんだからさ……」
「そうです。そうです。権力は全てを超越します。法律は守る側では無く作る側になるのがベストです。
虻輝様はまだ経験が浅く、実感が湧いてこないだけですぞ。
一つ一つ成果を上げていけば時期に“権力の頂点”が見えてきます。期待しておりますぞ」
“権力の頂点“か……。そんなところ到達どころか見なくてもいいのに。
敢えて言うのならゲームの世界の頂点にい続けることが出来ればそれで満足だというのに……。
「というか、それだけの特権を得ることが出来るのなら尚更その“対価”と言うのが怖くなってくるよ……。
ま、まさか臓器とか? 魂とか? そういう類のものじゃないよね?」
「その可能性もゼロではありませんが、相手も交渉をしたいと思っているからこの道具を使っているわけでして、何かしらの妥協点を見出して、提供すればいいのです」
「それが難しいと思うんだけど……」
「だからこその、“特権への第一歩”になるだけのミッションなのです。
私の痣のためにも本当に頼みますぞ。為継にどのようなことをしたらいいのか具体的なプランを渡してありますので、恐らくはこの後虻輝様の下に渡しに来るでしょう。その際にでもご確認ください」
「わ、分かった……」
連絡が終わると同時に僕は目をギュッと抑えた……。
成功すれば究極の特権階級への第一歩、失敗すれば大王の実験材料。まさしく天か? 地獄か? それぐらいの大きな差があると言っても過言では無かったからだ……。




