第16話 野々谷の日常
「こんばんは~、虻輝さんですよねェ~?」
野々谷について僕はよく知らなかったので直前に雑誌で見て予習しておいた。
噂通りのケバイ感じの印象だ。サロンで焼いただろう黒い肌と大きなイヤリングをつけているし、服も七色の色合いで胸元も大きく開いている……白と黒が軸となっている清楚な雰囲気がメインの玲姉とは対照的な感じがするので僕のタイプでは全くない。
「ど、ドウモヨロシク……」
正直上手く話せるかどうか自信がない……ただでさえ初対面の人に対して話せる自信が無いのに、こんな女の子が周りに居なさすぎる。今の声も聞こえたか怪しいぐらいの音量だ。
「あら、映像で見るよりカッコイイじゃないですかァ~」
ふぅ~~僕の自尊心が満たされていくのが分かる。
僕のことを理解してくれる人に対しては何とかなれそうだ。こんなことを島村さんに知られたらまた軽蔑されそうだけどね(笑)。
「そうかな? 僕は一応eスポーツの5冠王者なんだけどそれについては知ってる? チームABUTERUのエースやってるんだけどね」
「ア~見たことあるかも~。所属しているチームのチャンネル登録者数も多いよねェ~?」
ちなみにチームABUTERUというまさしく僕の名前を冠したチームに所属している。
チャンネル名もそのままなぐらい僕のための組織なのだが、肝心の僕は出るのが面倒過ぎてチームメンバーとしてほとんど出演していない(笑)。
自分のゲームプレイが自動的に配信されるシステムがありそれが初日に美甘が見ていたものである。ただしそちらでは実況などができない。
「僕はあんまり出ないけどね。口下手だからさ」
「へぇ~」
日頃は他のチームメンバーが僕の代わりに切り盛りして精一杯投稿してくれているが、気の毒なことに稀にしか出ない僕の時と再生回数が2桁から5桁違うんだよな……。
あんなに毎日頑張って投稿しているんだからもうちょっとみんな評価してくれても良いだろうに。
「ところで、今日は車谷さんから紹介してもらったけど、何か悩んでいるっていう話らしいね。せっかくだから、君について助けになりたいんだ。初対面の僕に対してで悪いけど何か話せることは無いかな?」
薬物に手を出しているのだとしたら、色々理由があるだろうけど一つには芸能界でのプレッシャーなどのストレスを忘れたいとかそういう理由だろう。
そしたら何か悩みを抱えている可能性が高そうに思える。
「んー、特に悩んでいることはないかなぁ~。仕事も順調だしィ~。」
確かにパット見た目としては何か問題があるようには感じない。
自分が感じている悩みがないのであればどんどん質問していくしかないだろう。
「へぇ~でもモデルの仕事って皆から見られるじゃない? なんか異性から見られているっていう感覚とか嫌にならないの?」
ちなみに僕に『世界大会観戦チケット付き写真集出しませんか?』とかいうオファーがとんでもない額を積まれてやって来たことがあった。
しかし、何か僕の無駄にキメたポーズが数えきれないほどの人に見られているかと思うと途轍もなく恥ずかしかったのだ……。
「うーん、そういうのは無いかな。むしろウチの体でコーフンしてくれるならそれでいいしィ」
まぁ、そういう風に見られても良いという人が本当に向いている職業なのだろう。
彼女にとっては天職なのだろうな。
「あれかな、僕もプロとして余裕があるときは結構、“見られること”を念頭に置いた“魅せプレイ“みたいな敢えてあまり意味のないプレイをすることもあるんだけど、それに近いのかな?」
「うーん、アタシはゲームとかやんないけど、見られる前提のカッコみたいなのはあるかなァ~。」
とりあえず、会話をどうにかして繋がないと任務失敗してしまうからとにかく必死だ。
大体どんなことを聞けばいいのかもよく分からないが……肝心なことは直ぐに教えてはくれ無さそうだし。
更にゲームの話題に繋げることもできそうにない、本当にどうしようもない。とにかく必死に頭を回転させて何かないか探し続ける。
「そうなんだ。服ってとかはやっぱりたくさん持っているものなの?」
「実はアンマシ持ってないのォ~。当日貸してくれるのを着るだけかなァ~」
「あ、そうなの? 意外だねぇ~。なんかモデルさんって何室も服で埋め尽くされているか、倉庫を借りてそこに服を詰め込んでいるイメージだったよ」
かなりの偏見だってのは自分でもわかってはいるけどね……。
「そういうモデル友達もいるよォ~。ウチは~オキニなのを何着か持ってるだけなんだァ~。シェアブランディングで色々と着ているのもあるかなァ~」
シェアブランディングというのはブランド物の服やバックを皆で安く共有できるサービスである。
女性ものだけでなく男性用のものも存在するが、僕はブランド物に興味が無いのもあるけどシェアするって言う感覚が他人の垢が付いていそうでなんか嫌なんだよな。
勿論ちゃんと洗浄されていてとんでもなく綺麗なんだけどもさ。なんか気分的な問題である。
「僕は何着かしか持ってない上に、ほとんど安物ばかりだからね(笑)」
今着ている玲姉から貰った服みたいなのがちょっとあるだけで、ほとんどの服は1万円以下だからなぁ。
「へェ~今着てるのは結構良さそうな服に見えるけどね?」
「あ、流石プロのモデルさんだ。分かるんだね? これだけはちょっと特別でプロの人に仕立ててもらったんだよ」
ここで玲姉の名前を出すのは話がややこしい方向に行く可能性を少し感じたので言うのは辞めた。
「凄くカッコイイ。似合ってるよ♡」
「あ、ありがとう」
目を合わせることすら恥ずかしくなったので、手元のジュースを手にした。味はしなかった。
しかし、材質が良いのは着ていてわかるがやっぱりセンスが良い服だったんだな……まぁ、玲姉もプロと言える存在だからな。
「プロゲーマーさんってやっぱりゲームばっかりしてるの?」
「そうだね。基本的にはそうなるよ。あらゆる状況に応じて手か神経に動きを覚え込ませるまでやらないと世界大会では勝てないからね。
相手も同じように極めてきているから、生半可な実力では勝つことはできないよ」
今日の会話の中で一番スラスラ喋れたのは言うまでもない。
「1日どれぐらいやってるの?」
「通常では12時間以上。多い日で16時間。少ない日でも5時間はやってるね」
「マジ! そんなに!? 目が悪くなったりしないの?」
最近はとにかくこういった仕事が増えているので隙あらばやってはいる感じだが、それでも何とか捻出して6時間ぐらいしかできてないな……。
「最近はデジタル媒体だからその心配はあまりなくなってきている。
一番の問題はゲームがリアルになりすぎてゲームとリアル社会の区別がつかなくなっている人が出てきていることぐらいかな(笑)」
「ウチもモデルの分野じゃプロだけど、何時間か集中してやればいいもんなァ~。
後はモデル同士でファッションについて話し合ったり、彼氏がいるかどうかとか話したりするだけだしィ~」
野々谷さんは僕の方をチラリと見る。しかし本当に今のところ何の変哲もない普通のファッションに詳しそうな女の子というイメージ以外は無い。
もうちょっと何とかしてみないとダメなのだろうか……。
「もうちょっと突っ込んだ質問をしてもいい? もっと君のことを知りたいんだ」
野々谷さんは身を乗り出してきた。
「いくらでも聞いてェ~!」
「それじゃ、どんどん質問していくよ?」
何か少しでも成果を出さないと今のままだと何も生産性の無い会話をするだけで終わりそうだ……。
「イイよぉ~」
「普段家では何かしてるの?」
「ウチの趣味は~、アクセサリー作りでぇ~。安い部品から高い商品と同じようなのを作るのが趣味なんだァ~」
この間の抜けた喋り方は何とかならないのか? と思いながら辛抱強く聞いていこうと思った。




