第41話 恋愛定跡の外
思い切って言ってみた甲斐がありました……。
お互い手袋をしているために手の感触はよくわかりませんが、“確かにそこにある”という感じがしますね。
実は最初に“何でもいい“と言われた時からデートを提案しようと思っていたんですけど、流石にちょっと言いにくかったんですよね……。
ただ、虻輝さん以外からプレゼントを貰って、虻輝さんがどんどん申し訳ない表情になっていくのを見てこれは大丈夫なのではないかな? と思って迫ってみたんですよね……。
玲子さんからの視線が怖かったですけど、勇気を出してみて良かったです。
誕生日がこういうタイミングだったのも本当に幸運でした。
2カ月ちょっとですが同じ年になるのも嬉しいですね。
そして、こういう時のために私は陰で必死に恋愛の勉強をしてきました。
一体どんなタイプの人がどのようなことを好むのか、それを頭に叩き込んだのです……。
「ど、どこか行きたいところある?」
“誕生日プレゼントが無い“と言われた時からこのプランニングを構築してきました。
「ええ、あります。来てください。最近、胸元がキツクなってきたので下着を一新したいんです」
「そ、そ、そうなんだ……」
お店に入るだけで顔が真っ赤になってるんですから本当に可愛いですね……。
こうして私の誕生日は始まったのでした――。
◇
私たちは虻輝さんのおごりで飛行自動車に乗せてもらうと(美甘さんは空気を読んで先にどこかにか出かけてくれました。知り合いがいるだけで私がやりにくいですから……)、
都心にある下着店に向かいました。
「この場所、水着の時も来たけど落ち着かないな……」
試着室の前に男性が待てるような場所も用意されていて、虻輝さんはそこでオドオドしながら辺りを見回していました。
今つけているのより一回り大きいブラジャーを付けると、大きく息を吸い込んでカーテンを開けました。
「ど、どうでしょうか?」
「に、似合ってるんじゃないかな?」
煽情的な赤を基調とした下着です。かなり恥ずかしくはあるんですけど……。
「この間水着の採寸の時に前より2センチ大きくなったんですよね……。
好きな人が出来たからでしょうか……」
これまでは胸が大きくなっても邪魔なだけでちっとも嬉しくなかったですけど、
今は他の女の子と比べてプラスの差別化ポイントになっているぐらいですね……。
「そ、そうなんだ……。あ、鼻血がっ!」
この間の水着試着会の時も鼻血が凄かったですし、鼻血が出やすい体質なんですかね……。
そのまま興奮が有り余って私を押し倒してくれれば良いんですけど……。
などと思っていたら虻輝さんが何やら小瓶を取り出しました。
「あの……何されてるんですか?」
「いや……折角だから鼻血を集めて献血をしようかと……
こんな日のために用意しておいたんだ」
「……血は鮮度が大事だと思いますので、一般の方が保存する方法だとダメだと思いますよ。きちんとお医者さんの献血方法ですぐに冷凍しないと……」
「確かに……。つまり僕の血は無駄ってこと?」
「恐らくは……。直接触ってみます? 先ほどからこの胸の谷間に目が釘付けみたいですけど……。血液も活かされると思いますよ?」
「た、確かに精子って血液で出来ているっていうけどさ……」
もう、ここまで来たら退くことはできません!
「……私は別に妊娠しても構わなんですよ? 性欲を発散したいときだけの付き合いでも構いませんし……」
「い、いや。それはとても失礼だよ。」
ここまで押し込もうとしても、どうしても一線を越えようとしてくれない……。
「わ、私では駄目なんですね……鼻血が噴出されるほど興奮しているのに……」
私は顔を手で覆いました。本当に恥ずかしいのに……毎回意を決して言っているのに……。
「そ、そういうわけじゃないよ。島村さんはとても魅力的だよ」
「でも、私から必死に誘っているのに全然乗ってくれないじゃないですか……。
それって私が魅力が無いってことじゃないんですか?」
「島村さんが悪いわけでは無いという事をとにかく分かって欲しいんだ。
誰が良いわけでも、どんな理想があるわけでも無いから……」
「でも、玲子さんはかなり理想的な女性だと思うんですけど……」
「うーん、確かに上から目線で悪いけど玲姉の女性としての完成度は100%に近いと思うし、理想的だよ。何と言うか僕にとっては身近なんだけどとても遠い存在と言うか……」
「それなら理想の女性像を教えてください! 私がその女性になって見せますから!」
「い、いや……理想なんてないよ。あ……かといって男が好きとか他の生物や物体が好きとかそういうわけでは無いから安心してね? 普通に人間の女の子の方が好きだから」
次に聞こうとしたことを勝手に答えられました……。
「それなら、誰かと付き合っていないという事が異常だと思うんですよ。
だって、それだけモテているのにおかしいじゃないですか……」
虻輝さんは首をほぼ真横に傾げました。
「うーん。何と言うのかな。世間で彼女がどうしても作れなかったり、欲しいという人に対しては大変失礼であり、勿体の無いことかもしれないんだけど。
誰かと付き合うとか重いし、負担が大きいんだよ」
「性欲とかは無いんですか?」
「僕は性欲ないわけでは無いんだけど、特段彼女が欲しいとは思わないし……。
それなら自由でゲームをできる時間の方が欲しいというか……」
「は、はぁ……おっしゃりたいことは分かりました」
同じ日本語で話しているはずなのに全く別世界の価値観の人と話している気がします……。
“ゲームが恋人“と言われているだけのことはありますね……。
女の子が好きのはずなのに、全ての女の子がゲームに敗北しているということですから……。
とは言うものの私は虻輝さんがゲームをしている姿も好きなので“するな”と言うことも出来ませんけどね……。
「下着、どれが似合いそうか選んでもらえますか? それをプレゼントにしてもらいます」
「う、うん……分かった」
どちらかと言うと布面積が多めなのを選んでいきました。特殊な趣向の持ち主というわけでは無いようです。
「プレゼントですか? 彼女さん良かったですね~」
「はははは……」
店員さんから嬉しいことを言われましたが私は苦笑するしかありませんでした。
私はゲーム以下の存在ですし……。
「次は虻輝さんが行く場所を選んでいただけますか?」
「あ、そう? それじゃ、次は僕の行きつけのパフェ屋さんに行こうよ。
厄介な関係にならないのであればいつでも大歓迎だよ」
「分かりました。太らないようにするために私はあまり食べませんけど」
“恋人同士”と言うのは虻輝さんにとって“厄介な関係”に過ぎないんですね……。
一つ確信したことがあります。この虻利虻輝という人はあらゆる恋愛マニュアルや攻略法は存在しないのだという事を……。
そして、そんなとんでもない人を好きになってしまったのだという事を……。




