第39話 隠された苛立ち
玲姉は自宅の前に到着すると、心底ほっとした表情になった。
飛行自動車の揺れがほとんど無くても相変わらず車に乗っていること事態が嫌だったようだ。
そして、まどかを背負って車をゆっくりと降りた。
まどかの顔色は相変わらず悪く、心配な状況には変わりなかった……。
「玲子さんお帰りなさい――って! まどかちゃんどうしたんですか!?」
玄関まで迎えてくれた島村さんは、まどかがグッタリして玲姉に背負われているのを見てまどかと同じように青ざめた。
「ちょっと待ってね。まどかちゃんをちゃんとしたところに寝かせた後に話すから」
玲姉は静かに答えた。取り敢えずはまどかを安静にさせることを最優先にしたいようだ。
「はい……」
島村さんも玲姉が落ち着いて対応しているのを見て少し安心したようだった。
実情は分からないが玲姉がまどかのことを誰よりも大事に想っていることは皆が知っている。
玲姉が夕食前に皆を集めると、K神社との交渉が上手くいきそうだったのにもかかわらず、まどかが呪いをかけられて振出しに戻ったという事を説明した。
僕が今日の交渉内容や大王との対話の内容について話してはいなかったのだが、全ての思考を読み取ったのだろう。
「――ということで、私が次回ついていくことになったわ。
日程についてはまだ決まっていないけどいつでも構わないから。
難なら今だって良いからね」
僕に向き直ってそう言った。その瞬間を想像すると責任を感じざるを得なかった……。
「まどかちゃんは今後、どうなってしまうんでしょうか?」
島村さんはとても心配そうにしている。
「K神社に輝君と私とで再交渉しに行くから、その際に専用のお祓いの方を呼んできてもらうしか無いわね。相手側としても自らの潔白を証明するために協力に応じるしかないと思うしね」
「玲姉でも呪いみたいなものは解消できないの?」
「私では症状を抑える程度のことしかできないからね。
それでも紋章は複雑じゃないし、恐らくは大王にかかっている呪いよりも軽いタイプだと思うから、間違えなく良くなると思うわ」
玲姉が笑顔で答えた。
それは良かった――と島村さんが言うと一気に場は弛緩した。
一番まどかのことを想っている玲姉が落ち着いていることはこの場を和ませたのだろう。
ただ、右腕を左手で抑えている様子は、
必死に自分を抑えているようにも見えた……。
本当は今からでも加害者を特定して文字通り“八つ裂き”にしたいのだろう……。
僕だってまどかを治せないことと犯人を特定できないやりきれなさがあるんだから、
玲姉はその何倍もあるんだろうな……。
そんな風に玲姉が話し終えるとこの家の来訪の通知が届いた。
家の前についているカメラを僕のコスモニューロンで確認すると、輝成だった。
「おう、輝成! どうした!」
景親が元気よく応じた。コイツはどんな状況でも本当にマイペースだ……。
そう言えばコイツも一時、洗脳されて暴れまわったことがあったが、今は全くそんな様子はない。
気が付かないうちに完全に解放されたのだろう。少しでも安心材料があって良かった。
「為継から連絡がありまして医療診断ロボを届けろという事で伺いました」
「ありがとう。こういうのは医者に見せても根本の問題は解決しないだろうけど、体の機能が低下しているから。医療技術にも頼らないとね」
「為継は医師の必要性があるなら気軽に呼んで欲しいとのことでした」
「まどかちゃんについては私が見ていて何かあったら烏丸君を呼んで小早川君と連絡を取るから」
やんわりと話してはいるが、
基本的には他人には任せたくないという強い意志を感じた。
「食事は僕が届けますから付きっ切りで見てあげてください」
烏丸が珍しくニヤニヤせずにそう言っている。この状況では流石に真剣なのだろう。
玲姉は口元を引き締めた後まどかの部屋に入っていった。
僕達は静かにご飯を食べ始めた。玲姉とまどかの両方がいない食卓は本当に暗い。
気が付けば胃の中がいっぱいになっていたという感じで、何を食べたのかすら記憶になかった。
建山さんは食後に小さい一つ組織を摘発して15人ほど捕まえたという事を嬉々として語っていた。
玲姉が居ないとその次にインパクトがある建山さんがペラペラと勝手にしゃべり続ける傾向にある。
しかし、どこかしらかまどかについて皆が心配に思っている中でいつも通りの調子なのだから、景親と並んで相変わらず空気を読まない人だよな――まぁ、僕もゲームの戦略を気が付けば考えたりしてたから似たようなモノなのかもしれないけど(笑)。
「まどかさんのことは心配ですが、我々にはどうすることも出来なさそうです。
ともかく。それぞれに今やれることをやるしか無いですな」
気が付けば爺がフラリと僕の真横に現れていた……。
「え? やれることって?」
「虻輝様にとってそれは訓練ですぞ! 最近の虻輝様の傾向から一つの結論が出ました。
結局のところフィジカルに最大の問題があるという事です!」
「ひぃぃぃぃ!!!! どうかお助けをぉぉぉぉぉ!」
僕が逃げ出そうとするとすかさず誰か場僕の身体を捕らえてきた。ば、馬鹿な! 爺は指一本動かしていないというのに!
「虻輝さん。それなら選択肢を差し上げますよ。」
建山さんが僕の身体をホールドしているようだった。
コソコソと小さい声で僕に囁いている。何かこそばゆい快感が体に走った――が、何とか堪えた。
「え、どういう選択肢?」
「私と愛の逃避行をしてくれるのでしたら、免除しても良いです~」
「え……! それは、流石にちょっと……」
建山さんは紛れもなく美人だし女性としての魅力も抜群だが、如何せん信頼が出来ない……。
「――それなら倒れるまでしごきます」
「え?」
建山さんの目がギラリと光ると僕の身体はフワリと浮いた。
そして気が付けば訓練場に到着していたのだった……。
「フフフ……私との逃避行を断ったことを後悔させてあげますよ」
「ひぃぃぃぃぃ!!!!!」
玲姉が居ない時の建山さんは言動ともにやりたい放題と言う感じだ。
その後はひたすら筋トレと素振りの型作りだった……。
宣言通り立てなくなるぐらいまで訓練させられて這うようにして大浴場に入り、それから部屋に戻った。
しかし、訓練しながら思ったことがあった。今のまま玲姉一人に背負わせてはいけない。
玲姉は弱みを見せたくないタイプだから、これ以上負担を負わせてしまえばいよいよ壊れてしまうだろう。
皆が玲姉の本当の心情に気づいていない以上は、僕がしっかりしなくてはいけない。
具体的に何か助けることは難しいだろうから、精神的な支えにならないと……。
交渉の時、玲姉に負担を負わせないように僕が主導して行わないとな……。




