第37話 恋愛シミュレーションの覇者
まどかは健康優良児であり、風邪一つひいた記憶も無い。
だから、こんな風に倒れたのは異例だ……。
目の前で起きていることが嘘であって欲しいと思いながら近づいた。
「大丈夫か!? しっかりしろ! 水飲むか!?」
「お、お兄ちゃんの膝の上にいたい……」
掠れるような声でそう答えた。
「わ、分かった……」
一瞬ためらったが、状況が状況だけに仕方ない……。
「あ、あたしの背中さすって……」
そう言ってまどかは背中を向けた。僕はその小さな背中をさすった。
エチケット袋が近くにあったためにまどかはそれを利用したようだった。
「苦しいの収まったか?」
「全然……でもとても安心できる……」
僕は色々と緊張して大変だがな……。
「何かヘンなモノでも混ざってたのか? 食べ終わった時からおかしくなったから……」
「ち、違うと思う……どっちかって言うと心臓が痛い感じだから……」
「そうか……」
こういう時、店員がいないのは困るなと思った。
妹とは言え異性の体に触れるのは全く慣れてない……。
「ちょっと。寝るね……。起きてるだけで辛いから……」
「え……」
まどかは静かに目を閉じた。僕の膝の上で心臓が動いていることが確認されることが唯一の救いだった。
どれぐらいの時間が経っただろうか? 玲姉や美甘は来てくれるのだろうか……という漠然とした不安襲ってきた。
もしかしたら、いつまで経っても来てくれないのではないだろうかと……。
「輝君!」
「虻輝様。まどかちゃんはどうですか?」
「何とか大丈夫そうだよ……。美甘も同時だったか」
「美甘さんがいないとこの店のセキュリティを突破出来ず入れなかったのよ。
私はコスモニューロン無いからここの会員に暫定的にもなれなかったから。
もっと危機的なら店ごと壊そうかと思ったけどね」
「なるほど……自制してくれて助かった」
ここは完全自動の店舗のためにデジタルでしか会員の申請も出来ないのだ。
こういうトラブルの時は本当に厄介である。
体調不良者に対する対応も自動で行えるようにした方が良いだろう……。
店のレビューに書いておくかな……。
そんなことを考えている最中も玲姉はまどかの様子を見て小声でまどかと対話している。
「ちょっと輝君、向こうむいてて」
「は、はい……」
玲姉がまどかの服に手をかけていたから恐らくは服を脱がせるのだろう……。
「えっ……! 何ですかこれは!?」
「これは蛇みたいな……。何かの呪いの紋章のようね……」
「大丈夫なんですか?」
うわぁ……玲姉と美甘の会話がとてつもなく気になる……が、振り返った瞬間に僕は一瞬で他界する可能性があるから我慢しよう……。
「心臓の動きが弱ってるわね……。恐らくは心臓の血管が詰まって血の巡りが悪くなっているのではないかしら……。ここはゆっくり運ぶわよ。輝君、こっち向いて良いわよ!」
「はい……」
まどかが気の毒で心配になるぐらい顔が青くなっているが玲姉もいるし何とかなりそうだった……。
「輝君は頭、美甘さんは足、私は体を持つわ。いちにーで一歩ずつ動くわよ」
「はい」
僕と美甘は玲姉の言う通りにゆっくりと持ち上げて玲姉の動くペースに合わせた。
まどかはその間もウンウン……と小さく唸っていた。
清算をして店を出て、飛行自動車まで運ぶと、玲姉がまどかの様子を見ながら僕に話しかけてきた。
「まどかは大丈夫なんだろうか……」
「私がいる限り大丈夫だと思うわ」
「このまま病院に行くの?」
「呪い専門の病院とかあると思う?」
「無いと思う……」
「基本的には家で安静にして、誰かが見守る体制の方が良いと思うわ。
心臓の動きを強化する医療機器を発注することにしたからそれで何とかなると思うわね」
「そうか……良かった」
玲姉が落ち着いて対応しているところを見るとまだ安心して良さそうだった。
「それよりも、輝君はまどかちゃんに対して随分な扱いをしたようね」
「え……そんなつもりは……」
「恐らくその対応とまどかちゃんが倒れたことは直接は関係無いと思うけど、
“最後の一押し”にはなったんじゃないかしら?」
「……これでもまどかのことを心配して真剣に答えているつもりなんだよ。
視野が広ければもっと違った見方が――」
スッと僕の口に玲姉の指が置かれてその先は強制的にストップさせられた。
「良い? 本気で考えてあげてるのなら、その気持ちに応えてあげること。
それ1択なんだからね?」
気持ちに応えるってことはつまり――ここから先はあまり考えたくはなかった……。
考えると僕が望まない結論。どうしたら良いか分からなくなってしまう結論に到達してしまう可能性が高そうだから……。
「本当に呆れた思考法してるわね……。ゲーム以外については本当に酷いものだわ……。
この状況を棚上げにするだなんて恋愛偏差値20ぐらいしか無いんじゃないかしら?」
「これでも、僕は恋愛シミュレーションゲームの選択肢だと100%の正解率だぞ?
更に言うのなら、自分で言葉を紡ぐ系統のゲームだってことごとくTrue Endまで辿り着いている。
クリアしたゲーム数は優に3桁は超えているね。
コスモニューロンのデバイスの半分をゲームをやって、半分を恋愛をこなしているんだから“覇王”と言っても過言ではないね」
「それでこの有様? 信じられないわね……。
でもよく考えてみれば、ゲームの世界の女の子なんて“プレイヤー主人公のためのご都合主義“としてプロ グラムされているに過ぎないからね。
浅はかな輝君でも容易に攻略できちゃうのね」
「ぐぅ……今日はいつも以上に手厳しい」
メンタルブレイク寸前だよもう……。
「ゲームで恋愛が攻略できるのなら世の中から“恋愛弱者”はいなくなるわよ。
感情の機微は言葉だけじゃなくて、雰囲気や仕草、声のトーンで分かるんだからそう言うところも見ていかないと」
「VRの世界だとかなりリアルに近づいている状況ではあるけど、
基本的にゲームの女の子は好意を向けてくれるばかりだからな……。
女の子の動作について照れることはあっても、それが別の意図を持っているかどうかとか考えたことも無かった……」
「そもそもの話、感情が好き0%とか好き100%かで振り切っているケースと言うのも少ないと思うしね。
好きな面もあれば嫌いな面もある。その中でその人の琴線に一番触れた部分が良いと思うと“惚れ“になるんだと思うわ」
「いつもながら話している内容のレベルが高い……」
「輝君は女の子を惹き付ける“謎の力”を持っているんだから、
しっかりそれを自覚して欲しいものね。
ゲームの女の子を何人攻略したって現実世界の女の子の気持ち1人分からないんだから、
サッサと恋愛シミュレーションゲームを今生やらないと決める事ね」
耳が痛い。だが、助けを呼んだ立場としては耳を塞ぐわけにもいかない……。
「玲姉と僕のベクトルは違うんだよ――あ、為継から連絡だ。ちょっと外す」
為継からの連絡通知がこんなにもタイミングが良いと思った瞬間は無い。
対低大王や為継はこちらから連絡した時でない時は“ふざけた内容”であることがほとんどだ。
それが分かっていながらも玲姉の追及は息苦しさを増していってたからな……。




