第35話 コンフォートゾーン
K神社の階段をゆっくり降りると、ようやくまどかが笑顔になった。
「あ~! やっと終わったよ~! カビ臭い感じがするところとかずっといたくなかったんだよね~!」
大声でそんな失礼なことを叫んだので思わず周りを見渡した――少なくとも僕が感知できるレベルでは誰もいないようだった。
「……まったく、誰もいないから良いものの。そんなことは家にいる時以外は言うなよな。
誰が聞いていて、そいつが悪評を広めるか分からないんだからな」
「はぁい」
僕が真剣に話したからか、妙に素直だった。いつもこれぐらい素直ならいいんだが……。
と、会話をしていたら、大王から連絡が入る。“大王からだ”とまどかに伝えてその場にとどまる。
「虻輝様お疲れ様です。やはり前回の栄宮神社との交渉が効きましたな。
本日は呪いについて具体的な話を聞けてとても参考になりました。
もっとも、我々を惑わすためにデマ情報を与えてきている可能性もあるために精査しておく必要はあると思いますが」
須永さんと大王はお互いに警戒しているという点では凄く似ているな……。
「“呪い殺してる実績がある“と言う情報を目にした時は正直ゾッとしたよ。
僕もやらかせば呪い殺されると思ってとにかく必死だった……」
「虻輝様は追い詰められたときの方が力を発揮すると思いますので、
今は伸びるチャンスだと思われた方が良いかと」
「命懸けの成長のチャンスとか怖すぎるだろ……。成長するならスルで平和的に成長したいよ……」
「ですが、虻輝様はゲームの腕前以外は平穏無事では何も成長し無さそうな気がしますが?」
「言うねぇ~~~~。実際その可能性は非常に高そうだけどな(笑)」
「虻輝様で無くとも必要に迫られなければ力が開花できない方は非常に多いです。
やはりコンフォートゾーンの中に閉じこもってしまいがちですからな」
「何そのコットンみたいな名前……」
「ストレスや不安が無く、限りなく落ち着いた精神状態でいられる場所のことです。
虻輝様で言えばご自宅でゲームを悠々自適で行える環境のことですな。
しかし、そこにいるだけでは成長の機会は失われてしまいます。
ですから少しストレスを感じるストレッチゾーンに行く必要があるのです」
「もう毎回外に出るだけでパニックになる寸前だけどな……」
「おお。ちなみに、ストレッチゾーンよりもさらに負荷が高いパニックゾーンと言うのがあります。そこでは緊張し過ぎて力が発揮できない可能性が高いです」
「うん。僕は外の全ての空間がパニックゾーンだから是非とも家の中で――」
「ですが虻輝様は伊達にゲームの世界大会で修羅場を切り抜けられておりません。
動揺していても平静を保つ技術に非常に長けているのです。
局面分析も非常に上手く、実はパニックゾーンだと思っている場所でもストレッチゾーンである可能性は高いです」
「そこまで褒められると照れるな……」
「ということで、今後もコンフォートゾーンの外に強制的に出させてもらいますぞ。
虻輝様は警戒心を解く能力もあるので交渉事には実は向いていると思っていますので」
「ぐふぅ……ゲームが出来なくてそれは困るぅ……」
玲姉も大王と別軸ではあれ期待しているからこそコンフォートゾーンから出させたいんだろうな……。むしろ期待しないで欲しいんだけど……。
「しかしながら須永神主と私との間で直接交渉します。
虻輝様は基本的に立っているだけで良いので、是非とも同席していただければと思います」
「えっ……そうなの……」
“殺す力“が別方向で鋭い2勢力に挟まれるとか怖すぎるんだけど……。
「虻輝様がいなければ須永神主も警戒心が強まるでしょう。
何度も繰り返しますが虻輝様のような警戒心を和らげるような存在は必須なのです」
「それなら仕方ないのかなぁ……」
癒し系マスコットか何かなのかよ僕は……。
「場所については現時点では未定ですが、お互いの力が及びにくい“第三者が支配する地域”にしておこうと思います」
和平交渉か何かかよと思ったが、基本的に大王によって宗教そのものが弾圧されているのだからお互い警戒しても仕方ないのかもしれない。
「うん……出来るだけ僕に負担が来ないようにしてね。いつか僕の胃に穴が開くから……」
「胃に穴が開いて使い物にならなくなったら人工臓器に換えましょう」
「えっ……!」
「はははは! それは冗談として、なるべく私だけで何とかできるよう善処します。
またご連絡しますのでお待ちください」
こうして大王と連絡が終わった。これまで謎の高評価だったから今日は安心して良いと思っていた。嘘か本当か分からない冗談を飛ばすぐらい機嫌が良いと見て良いんだろうな……。
「ふぅ~。やっと終わったぁ~」
そう言ってまどかと一緒に再び飛行自動車に向かう。
「思ったよりもちゃんとやってたんだね!
お姉ちゃんが褒めていただけのことはあったよ!」
「褒めてくれているところ悪いけど、ちゃんと解決してくれることが確定したわけじゃないからな……」
「あたしのイメージだとおどおどしていて返事すら出来ないのかと思ってた」
「どれだけ僕がコミュ障だと思ってんだ……。
まぁ、確かに今でもパニックになる寸前だったり、勇気がいる瞬間は多いけどな。
相手も僕が虻利家の一員で大王の代理だという事で尊重してくれているのが分かるから、
そこまで気を張らなくて良さそうだなと言う事が分かったのが大きいかな」
「ふぅん。そうなんだ」
「ふぅ~。今日は比較的早く終わったしまだ休みはあるからゲームするかぁ~」
「そんなことよりもさぁ、お兄ちゃん。どっか寄っていこうよぉ~。例えばパフェとかさ~」
「う~ん。そうだなぁ……」
一瞬、お前と~? 僕の貴重なゲーム時間を使ってかぁ? と返そうとしたが、先ほど“どうしようもない妹でして……”と言った際に睨まれたのがフラッシュバックした。
先ほどは懐かしい気分も味わせてくれたことだし、機嫌を取ってやっても良いだろう。
「分かった。ただ、この紋付き袴でパフェってのはちょっと合わないだろ。折角だから和風の甘味でも食べようじゃないか。
ちょっと行きつけの店が無いから金はかかるがな」
「わぁい! やったー! 和風の甘味はあんまり食べないからそれは楽しみぃー!」
自分は金を出すわけじゃないから値段については考えなくて良いんだろう。
コイツは気楽な立場で良いな……と思いつつこの満面の笑みを守りたいなとも思った。




