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第15話 虻利社会のルール

2055年(恒平9年)10月28日木曜日


 今日の午前中は、久しぶりに大学の授業をみっちり受けた……。

 ただし、授業内容はダルすぎて、ほとんど目が半開き状態だった。

ただでさえ慣れないことをやらされて疲れているのに無味乾燥な話を聞かされ続けたらそりゃ眠りますわな(笑)。


 重要そうなところを言っているその瞬間だけ奇跡的に脳が覚醒してメモを取るという真面目なのか不真面目なのかよくわからない行動をとっていた(笑)。


 授業が一通り終わった後、島村さんと合流して車谷さんと直接会ってついて話をした。

 なんでも、野々谷さんは時折記憶違いがあったり、何か幻覚のようなものを見ている素振りをするらしい……。


 玲姉はその話を聞くと薬物がらみだと断言し、僕もそれに近いものを感じた。


 芸能界はストレス過多の業界であり、そういった薬物を仕入れるようなルートも多いので、暗い話も多いからだ。


 しかし、警察は具体的な証拠がないと取り合ってくれないと車谷さんは嘆いていた。 

まぁ、噂話程度でいちいち動いていたら警察も体がいくつあっても足りないのだろう。


 今の警察は外国からのサイバー攻撃への対処など今起きている出来事のほうに対処するのに力を割いている。それについての理解はできた。


 というわけで、僕たちのミッションは警察が動いてくれそうな証拠を持ってくることが目的となったわけだ。――まぁ多少証拠が弱くても僕が虻利の名を使って進言すれば警察は動いてくれそうではあるがね。


「ふーむ、しかし随分と友達想いな人だよね車谷さんというのは」


 車谷さんも自分の懐からお金を出して僕たちに頼んで、警察に野々谷さんを突き出してでも元に戻って欲しいということらしい。

 年は3つ車谷さんより下のようだが、親同士が仲が良く家族ぐるみの付き合いだったらしい。どうやら妹のようにかわいがり続けてきて、野々谷さんも懐いていたらしい。


「そうですよね。なかなか他人のために学生が30万円もかけてこんな人に頼み込むのですからね。あなたにはそんなお友達もいなさそうですけどね」


 大学から野々谷さんとの待ち合わせのファミレスに向かう道中で島村さんとそんな話をしていた。


「相変わらず酷い言いようだね……あっ……」


 僕は視界の端にあまり見たくないものが入ったので思わず声を上げて目を背けた。


「……あなたはああいうことから目を背け続けてきたのではないのですか? また現実から目を背けるのですね」


 僕が思わず視線を逸らしたのは、特攻局と思われる制服の2人が、路上の丁度陰になる場所で今にも一般市民と思われる10代ぐらいの高校生男子を“逮捕“しようとしているところだった。

 

 普段なら見たくないシーンだが、島村さんから見ろという“圧”を感じるのでこれは仕方ない……。耳をそばだてて3人の様子を窺った。


「そ、そんな容疑は無いはずだ!」


「確かに、この容疑はあなたには存在しない。しかし、“反虻利の思想を持つ”そのことがもはや罪なのだ。君ね、この表現はどう見てもマズいんだよ」


「横暴だ! 自由に主張をしてもいいはずだ!」


「分かってないなガキ。自由や権利なんて表面上なものだ。学校で学んだものは所詮表社会にしか通用しない。裏を操る虻利家の前には何も通用しない。現実を知るがいい」


「そ……そんな」


 高校生は足に蹴りを入れられて気絶した。特攻局の2人が取り押さえる。


 どうやら聞くところによると、自由に自分の考えを表現したところを”補導”されようとしているのだ。


 彼はまだ若い(と言っても僕とそう年齢差があるようには思えないが)ので、“社会のルール“を親から教わっていないのだろう。


「ああいうのは何ともできないんですよね?」


 島村さんが半ば諦めと言った感じで僕に聞いてくる。


「……特攻局に対して助命を乞うのは相当なコネが無いと難しい。

 僕自身は特攻局とコネは確かにあるが、あの少年は僕と直接関与したわけでも無くただ通りすがっただけだから厳しいね」

 

 島村さんが歩き出したので、僕もようやくその場を去ることができるようだった。僕も心苦しいのでホッとした。


「普段暮らしていると思わず忘れてしまう瞬間もありますけど、現実は“こういうこと“が日常的に行われているんですよね?」


「そうなんだよね。特攻局がかなりうまく立ち回っているから、

 あんまりその活動は表面化していない。

 今さっき現場を目撃できたのはかなり珍しい事例で、あの高校生と思わしき少年の住居が仲間の住まいを転々としているとかで決まっていないなど例外的な状況だったのだろうな。

 恐らくは彼は良くて精神改竄だろうな」


「……」


 島村さんが厳しい表情で黙りながら目的地に向かって猛然と進む。あまりにも重苦しい空気になったため僕は思わずハンカチで顔の滲んだ汗を拭いた。


 島村さんには言えないが、更に恐ろしいのは特攻局が用いた“報奨金”システムだ。

“反虻利“の人物を報告・摘発すれば報奨金として50万円支払われる。

 この政策により人々が周りの人を監視し合う社会になっている。また、自分の気に入らない人物を”摘発“してしまう事件が起き、お金のために家族を”摘発“する事件なども出てきている。


 これは別の意味で社会問題になってきている。このために嘘情報だった場合の罰則規定や提出証拠書類の増加なども近年制度として追加されている。


「彼のような人を将来的に減らすことが出来ればと思っている。

ここでヘタに争うことは得とは思わないよ」


「……そうですね。とりあえず今は今できる最良のことをしておきたいですね」

 

 島村さんは苦虫を口の中で潰したような表情をしている。こ、怖すぎる……。

 気が付けば待ち合わせのファミレスに着いていた。


「島村さんはどこから僕を観察する予定なの?」


「玲子さんお勧めの喫茶店が向かいのビルの3階にあります。そこからは良く見えるようです。では、私はこれで」


 島村さんはどこまでもビジネスライクと言った印象を受ける。玲姉が言わなかったら僕と行動を共にすることはありえないだろう。

 しかし、玲姉は人の苦手なことを見つけたら逆にとことんさせる傾向にあるからこの状況というのは逆に長く続くだろうな……僕はため息をつかざるを得なかった。




 現在の時刻は18時15分、ファミレスでの待ち合わせの時刻まで15分あるので、島村さんとこうして今日のことについて語り合っている。


 超小型マイク兼無線機のコスモニューロンのアプリを使って僕は連絡している。島村さんは恐らくはそれに準じた実物を使っているのだろう。

 僕が野々谷さんとデートのようなことをしている最中にも、向かいのビルから監視をしている島村さんと席を外したりしている間に連絡を取り合うことができるというわけだ。


「それにしても、車谷さんの30万円は僕の30万円とはわけが違うだろうから余程の友情なんだろうね。さっきは話の腰が折れちゃったけどさ。なかなかそういう友達はいないと思うよね」


 それにしても、こちら側からだけ相手の姿が見えず、島村さん側からだけ僕の様子が見えるというのもなんともやりにくいものを感じた。


「あなたが薄情な人間だからそういう意見なのではないですか?」


 相変わらず冷ややかな口調だ。僕と交友を深める気などさらさらないのだろう。マジで玲姉が何を考えているのか全く分からない。お陰でこちらは険悪な島村さんと地獄のような時間を送っているわけだ……。


 いっそのこと、早く野々谷さんが到着してくれないかね? そしたら島村さんと会話せずに済む。初対面の人と会話することだって嫌だけどさ……。


「そりゃ、正平やカーターが困っていたら助けたい気持ちはあるさ。だからって、30万円かけて得体のしれない人間に頼むかね普通」


 むしろ、車谷さんは服も繕っている様子だったので、いかにも苦学生といった雰囲気すらあった。まさしく、一世一代の30万円という雰囲気が昨日の車谷さんとの対談でも分かった。

 野々谷さんを助けて欲しいとひたすら涙ながらに終始語っていた――それだけ野々谷さんを助けたいのだろう


「それだけ藁にも縋る様な思いなのだということですよ。ところで、そんなにも苦労しておられて、あまりお金を持っていなさそうな車谷さんからもお金を取るのですか?」


「いやぁ、僕としては別に無料でやっても構わないという気分ではある。が、ルールはルールだからな」


「流石は虻利の血を引く者……鬼か悪魔にでも憑りつかれているんですね。」


 ……その直後に唾を吐き捨てる音が聞こえてきそうな声で言われた。心から軽蔑されているのが分かる。これ以上嫌われたら流石に日常生活や今後の万屋の活動に支障が出るレベルになるだろう……。


「じゃ、じゃぁこうしよう。振り込んでもらうのは30万円だけど日常生活で使えるポイントで30万円返してあげるというのはどうだろう?」


 コスモニューロンでの支払いでポイントが付く制度がある。その制度のポイントをあげることは支払いとはまた別の問題ということだ。


「……あなたにしてはまともな発想ですね。そもそも私はポイントがもらえるということも知りませんでした」


 咄嗟に思い付いた内容だったが島村さんからの評価は高かった。後で為継に頼んでおこう。


「ま、まぁ、虻利主導の技術には興味がなさそうだしね」


「そうですね。虻利の影がチラつくだけでストレスが溜まるので、極力避けるようにはしています。流石に日用品のお店など日常生活に支障が出るようなことはやむを得ず利用しますけどね」


 結構まとめて嫌いになるタイプみたいだからな……。逆に玲姉の言うことなら何でも聞きそうな雰囲気があるし……。


「どうやらそちらに、野々谷さんが向かわれているようですよ。流石は有名なモデルさんですね。レンズからの小さい姿でも極めてよく目立ちますね」


 気が付けば18時25分だった。もう来てもおかしくないだろう。僕は襟を文字通りただした。今日は玲姉が仕立ててくれた結構“マトモ”に見える服装だ。

 僕は服装について全く興味が無いからどう良いのかは分からないが……。

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