第26話 マルチタスク
最近授業で、メモを取りながらプレイングの考察をするという「マルチタスク」が出来るようになってきた。
こうでもしなければゲームで世界トップの実力を維持しながら、玲姉の“授業に出ろ”という要求を満たすことが出来ないからだ。
しかし、何かに集中・特化して活動している方がクオリティが高いことは間違いなく、
毎日のように疲れきって日中でも眠いという問題も発生していた……。
気が付けば授業のメモを取り忘れていたり、ゲームのプレイングについても聞き飛ばしたりしていたからだ。
やはり同時に話を聞くというのは困難を極める……。だが、これも慣れていかなければ目標を達成できない……。
それでも大学を出た瞬間に紋付き袴に着替えるために大学近くの洋服店のフィッティングルームに走った。
また、玲姉が別の店のお菓子を持たせてくれた。
これらは前回と同じような配慮を忘れないようにするためだ。
「虻輝様大丈夫っすか? 随分とお疲れのようですけど?」
行く前の準備を終えて飛行自動車の天井を仰いで倒れるようにして座ると、景親にそう聞かれた。
マイペースに木刀を振り回しているコイツがそう聞いてくるのだからよっぽどの状況なのだろうな……。
それもこれも大王がヘンな依頼をしてきて、玲姉が大学に出席させたり訓練させたりしているせいだ……。
「授業に出ながらゲームのことを考えたりしているからな。疲労度がハンパ無い。
ゲームも極めれば考えることが非常に多いからな、戦術のトレンドも学んでいかないといけないし、トッププレイヤーを維持していくのも並大抵の努力じゃ駄目なんだよ。
僕が全力疾走をしないと、他のプレイヤーも全力疾走しているからね。
専業の人も多いしいくら世界一位でも油断はできない」
「虻輝様のゲームの世界大会への執念が凄いっすよ。どんなに時間が無くてもこなされているんでしょ?」
「そうだね。今この瞬間もカードゲームやってて勝っているわけで(笑)
一番レーティングも低くて、勝率も7割ぐらいだからね」
「勝率7割で低いってスゲェ業界っすね……」
「明らかに弱い相手に勝率7割だから世界大会だと5分5分ぐらいなんだよ。
弱い相手だと“勝ち方“と言うのも大事になってきて、毎回のように反省点がある
漫然とプレイしているだけではいつまで経っても向上することが出来ないんだ」
「流石、世界一のプレイヤーは違いますなぁ……」
「まぁ、そう言う姿勢でやろうとしているだけでボロボロの状態だと何も分からないまま勝っていることが最近増えているんだけどね(笑)」
「いやぁ、最初も言いましたけどそんなボロボロな状態でもやろうとする姿勢が凄いっすよ。まずやろうと思いませんもん」
お前は常に体力が有り余っていそうでボロボロな瞬間を全く想像できないがな……。
「“居場所の確保“が最優先と言う感じかな。ゲームをしないと僕が生きた心地がしないけど、玲姉の言う事を聞かないと家にいてもゾッとするような圧力をかけられてしまう……」
「それで、合間を縫ってでもゲームをして調整されてるわけっすか……」
「大会で勝てないことは時間が無いことやコンディション不良何かは言い訳にはならないからね。
今回のクリスマス前の大会は9種類のゲームでやるからあらゆる分野の確認と調整が必須なんだよ」
ゲームぐらいしか僕の立場を維持するような存在が無いからな……。
僕の体の一部と言っていい……。
一番近いのは“血流”みたいなものかな? 恐らくは無ければ生きていけないだろう。
この間、一時的に無人島でゲームが出来なくなったときはやはり”禁断症状“や”出来ない寂しさ“みたいなものがあったから……。
やっていて熱中して飽きは来ないし、僕の性格や適性に合ってもいるのだろう。
「俺も見習ってもっと木刀振り回します! 難なら今からでも!」
普段は自動運転だからだって木刀を取り出そうとしていたのを僕は必死に止めた。
「だからそれは僕が景親に撲殺されるのも時間の問題だって。
車の中だとマジで危険だから……。もっと別の方法考えてくれ……」
「へい……しかしどうしたら良いんでしょ?」
「僕は効率良く鍛える方法とか知らないから爺にでも聞いてくれ。
特に爺はあの年齢でありながら色々な訓練方法の引き出しを持っていて毎日驚かされている。
玲姉に聞いたらうさぎ跳びと反復横跳びしか教えてくれないだろうからな(笑)」
「なるほど! あの爺さん只者じゃ無さそうですもんな!」
そう言って景親はさっそく木刀を手にしようとしたのでまた止めた。
「その木刀を振り回す癖みたいなのやめような……。ガチで僕の命が危ないから……」
僕もよくズレているとか言われるけど、景親も普通の価値観から比べるとぶっ飛びすぎてグラフの標準偏差から比べると凄く外れたところにいるような気がする……。
ただ、為継や輝成はかなり真面目だから良い感じで反発していたんじゃないかとは思うけどね。
僕だってこの“謎のペース“につられるような感じでホッとすることはあるからな。
そして、こんなくだらない会話をしている間に飛行自動車は静かに停止した。
栄宮神社に到着したようだった。
今回も上から挑発的に入るのではなくちゃんと正規の門から入るわけだが、
本祭神社と比べると幾分、標高は高くは無さそうだった。
「いやぁ、良かったすねぇ。今回は100段ほどしか階段が無さそうで!」
「あぁ、そうだな……」
だが、今日の疲労度は本祭神社に行った一昨日よりも上だ。島村さんにお尻を撃ち抜かれたのも影響している……。
そして相変わらず紋付き袴とやらは動きにくい。
歴史や伝統、格式というのも非常に大事だし、これからも伝えていかなくてはいけないと思うのだが、一方で洋服と言うのは非常に機能性に優れているなとも思った……。
やっとの思いでその階段を登りきって時間を確認するとまだ予定時間まで30分ぐらいあった。
「今日は早めに着きましたな」
「まぁ、元々早く出てきたしね」
僕達を認識すると、短髪の袴姿の青年が駆け寄ってきた。
「こんにちは、虻利虻輝様と伊勢景親様ですね?」
「ええ、そうです。あなたはこの神社の関係者の方ですか?」
「はい。この栄宮神社の下働きをしている二宮です。
ですが、まだ面会までお時間もありますし、参拝されてはいかがですか?」
「ああ、そうですね。折角の機会ですし、そうさせていただき――」
そこで僕は気づいた。今朝見た参拝して“神の警告を受けた“神社というのはここではなかろうかと……。
夢の景色はおぼろげだが、そんな気がしたのだ……。




