第16話 300段
玲姉から追い出されるようにして日本宗教連合本部を兼ねている本祭神社に向かった。
埼玉県にあるこの神社は20年余りしか経過していない歴史の新しいものだ。
調べたところによると宗教団体が課税強化によって儲からない昨今、様々な神仏を集合させここ数年で一気に信者数を獲得しているとのことだった。
本祭神社に向かうまでの僕は大王から送られてきた資料に目を通し直し、どこまで提案して良いのか、何を言わなくてはいけないのかについて確認しておいた。
あぁ~~大丈夫なんだろうかぁ? 大王が交渉中モニターするかと思うとなおさら不安になってきた……。
「つきましたぜ虻輝様」
「ああ……」
そんな不安をよそに目的地に着いてしまったようだ。
僕達は飛行自動車では敷地の外で止めておくことにした。
本当なら一番上のところまで乗りつけてドヤ顔で登場したいところなのだが、
虻利家と日本宗教連合の関係が悪い上に今回は僕たちの側が相談する側なのだ。
交渉前から心証を悪くしていてはお話にならないために敷地内は歩くことにしなさいと玲姉からアドバイスを貰ったのだ。
閑散とした雑木林の先に厳かな雰囲気の大きな赤い門があった。
「こ、これを上るのか……」
まさしく障壁のように立ちはだかっている階段が僕を絶望の底へ突き落した。
恐らくは300段以上はあるのではないだろうか……。
どうして寺社仏閣はいつも高い所にあるんだよ……霊的な力はそんなに高い所が好きなのかよ……。
ただでさえ、歩きにくい紋付き袴であるのにこんな階段を登るだなんて地獄だった……。
玲姉の心証をケアするためのアドバイスがとても憎く思えた。もしかしたらこれも新手の訓練の一環なのかもしれない……。
「こんなん楽勝っすよ! 見上げるだけで辛そうなんで、いっそのこと俺が背負って行きましょうか!?」
確かに景親であれば僕をヒョイと持ち上げて疾走することも可能だろうが……。
「いや、なるべく“伊勢君の助けを借りないように”と玲姉から言われているから……」
「そうすっか……確かにコスモニューロンのデータを調べられれば、俺らがどうしたかなんて一発ですから……」
玲姉はこういうところだけは無駄に徹底しているし、何より思考を読めるアドバンテージがデカすぎるからな……。
「うわっ!」
何と1歩目から倒れそうになった。
如何せん紋付き袴だなんて普段は着ないものだから自分の身体のバランスすらもままならない……。
足を結構しっかり上げなければきちんと上ることが出来ない。
1,2,1,2,1,2……のリズムで足を上げて降ろすという事をやり続けて、粛々と登らなくてはいけなかった。
「ひぃ……うぅ……」
ようやく階段を上り終わった。やはり300段ほどあっただろうか……。
道中何度もこけそうになったのを必死に堪えていた……。
「大丈夫っすか? やっぱり俺が背負って運んだ方が良かったような……」
景親はスイスイとなんと二段抜かしで登っていっていた。まるで下っているかのようなペースだった……。
そんな風にしてアッという間に階段の一番上に到着して僕を待っていた……。
そんなに余裕なら僕が倒れそうになったときに支えてくれればよかったのに……。
流石に100段分とか下に落ちたら死ぬぞ……。
「い、良いんだ……時間も何とか間に合った……」
ただ、玲姉がどの時点で“助けてない”とみなしてくれるかは謎過ぎるためにこれで良かったんだ……死と隣り合わせだったわけだが(笑)
結構早く階段下の時点では着いていたのだが、休み休み階段を上ってきたためにギリギリになってしまった……。
これまでは玲姉やまどかや島村さんなど誰かが常に一緒にいた感じがしたが、ついに1人きりで動かなくてはならなくなった。
こ、これぐらいでへこたれてはいけないことぐらい分かっているのだが……。
体が言う事を聞いてくれない……。
これだから10代にして“老人”とまで言われてしまうのだ……。
息を整えてゆっくり歩き、指定された建物の近くまでやってきた。
荘厳な雰囲気が僕を委縮させたが、ここで手間取っては時間に遅れてしまう……。
「こんにちはー! 14時にお会いすることを約束していた虻利虻輝と申すものですが、いらっしゃいますか!」
すると掃除をしていた袴姿の見習いみたいな人が箒をソッとその場に置いてからこちらに走ってきた。
年は僕と同じぐらいだろうか? 大学などに通っているのかそれともここに就職しているのかは謎だった。
「これは、これは。虻輝様ご一行様ですね。どうぞこちらへ」
そう言って入り口に案内される。建物の中は江戸時代の城内にでも入ったかのようなそんな古風な趣だった。しかし、作りとしては新しさも感じた。最新設備や掃除を行っている汎用ロボットも散見されたからだ。
長い廊下を歩かされ目的地に向かわされる……。遅れ無いように、倒れないように――そう思いながらついていくので精一杯だ……。
とにかく早く着いてくれと願った。
「いやぁ、スンゲェデカい建物っすなぁ。そんなにこの組織は儲かってんっすか?」
景親はとんでもなく不躾な質問を案内してくれている紋付き袴の成年に聞いていた。
コイツの口を閉ざしておく術はないのだろうか……。短期間だけでも口を縫っておきたい……。
「いえいえ、それほどでも……。ただ、皆さんが自主的に行ってくれているんですよ。
私共はそんなにお金を多く集めているわけではありません」
「へぇ……そうなンすか……」
景親は何か解せないといった様子だった。
「おい、景親。交渉中は何も話すなよ。結構重要な話し合いなんだからな?
僕達の命運がかかっていると言っても過言じゃないんだから」
「分かりやしたよ」
景親が本当に黙っていてくれるのか不安は尽きない……。
しかし、肝が冷えるような発言をする景親の印象も分からなくはない。
僕達が来るまでの間、ほとんど誰ともすれ違う事が無かった。
せいぜい目の前にいるような袴姿の若者と何人か挨拶を交わしただけだ
これだけ大きな神社を運営していくためにはかなり儲かっていなければならない――何か闇みたいなものや裏に何かがあるのを感じたのだ。
ただ、今回はそれを調査しに来たわけでは無い。下手にこの点について追及してはいけないだろうな……。
「ではこちらです。皆さんこちらは虻輝さんです」
ひときわ大きな襖の部屋の前に5人ほどの大男が立っていた。こんな大男用の着物があるのかと言うぐらいだ……。
景親のサイズとか特注しないといけないと玲姉は判断して礼服を着させただけにとどめたというのに……。
「大王局長からの使いの虻利虻輝です。本日は招待いただきありがとうございます」
「お入りください」
そう、低い声が聞こえてバッと襖が開いた。
「虻利虻輝です。よろしくお願いします」
ご隠居の金銀財宝が散りばめられた絢爛豪華な部屋とはまた違った圧力があった。漆塗りの漆黒の部屋からヌッと40代ぐらいの男が着物を着て待っていた。
僕は頭を下げたまま相手の出方を窺った……。
「ようこそ。虻輝さん。私は斎宮佳親と申します。本祭神社神主であり、日本宗教連合会長も務めています。散々我々を虐げて来ておきながら本日は一体全体どのようなお願いですかな?」
挨拶の初っ端からからとんでもない皮肉だった。
とんでもないところに来てしまった……。
初対面の相手に対してこのような発言をする相手にまともに交渉できるのだろうか……。
でも、ここでしっかりと大王の伝えたいことを伝えなければ僕の命運は無い。
しっかりしなければ……。




