第14話 努力を飛ばすと……
よ、ようやく5分が経過した……。
昨日に引き続き地獄のような5分間と言えた……。
「あー、僕はどうしてこうなんだ……」
先ほど見た限りでは島村さんは元から素晴らしかったのが一段とグレードが上がっている気がした……。僕が与えてしまった怪我を乗り越え更に上に行けるのだから、年下ながら本当に大したものだ。
それに対して僕と言えばリアルとはかけ離れた得意のはずのVR空間で、何も思うように行かずに無力を味わっていた……。
「ふむ……昨日からそうですが、虻輝様は大きな相手に対して低い姿勢で臨もうとするところは良いですな」
今日は荒ぶる巨大な闘牛を相手に逃げる訓練だった。
5分間で3回は事実上殺された……。
突撃のスピードはライオンよりも早く、角はライオンの牙より鋭利だった。
闘牛士が常に命懸けで地元の風習を守るために続けているのだと改めて痛感した……。
死ぬような痛みでは無いにしろ、激痛が体を駆け巡っているような感覚はあるので、かなり必死になって逃げてはいるのだが……。
「あー、なんでホントに僕はこれぐらいしかできないんだろうなぁ……。
ゲームの世界みたいに一足飛びで経験値を得て強くなったりしないのかなぁ……。
筋力増強ギプスを常につけるとかダメなのかなぁ?」
僕はVRの地面に大の字になって倒れた。自分の無力感をつくづく呪う。
ゲームでは世界王者や英雄として活躍している。こんな巨大な動物の何倍の大きさもあるドラゴンやとんでもないバケモノをバッサバッサとなぎ倒している。
“神懸かり的なプレイ”“奇跡”と呼ばれることも数多く成し遂げてきた。
それが、リアルに近い形になれば無様に逃げ回ることしか出来ないのだ……。
ゲームをやる以外の特別な才能をどうして神様は与えてくれなかったのかと恨むばかりだ……。
建山さんと爺が駆け寄ってくる。僕を見下ろすような格好になった。
「確かに、厳しい過酷な訓練を続けているとそう思われても仕方ないですよね。
ただ、あれはあれで体への負担が凄く、使い過ぎれば寝たきりになってしまう方もいるぐらいですからね……。
いざと言う時に着るのも結構手間がかかるので私たちが求めている実戦には通用しないかと……」
確かにあれを付けたことがあるが身体がいつもの訓練以上にボロボロになった感じはあったから常用は出来なさそうだよな……。
強制的に動かされる感覚は気持ちが悪いし、いつか身体が壊れるだろうという事は予測がついた。
「それじゃぁ、ロボットを体内に埋め込んで筋力強化するとかは? 僕は体の中をいじくりまわすことに対して抵抗感とか無いからさ」
抵抗感がある人はコスモニューロンを入れることすら、拒否感が凄いけどね……。
玲姉みたいに表向きは従っていても魂までは虻利家に売りたくない人たちは最後まで抵抗するのだろう……。
しかしあれを活用すれば飛躍的に筋力が増大し、俊敏に体が動くようになり敵が来ても打ち倒せるようになるのではないかと思った。
「体内にロボットを埋め込み筋力を増強させることはコスモニューロンと比べても非常に危険と言う事が分かっています。
科学技術局が外で公表されている安全と言われているエビデンスデータは“販売用に抽出”したチェリーピックだと思われた方が良いですよ」
「具体的にはどういうことが起きると本当の研究結果ではあるの?」
「私が見たところ神経の病気が一番多くありましたね。
昏睡状態になって起き上がれなくなったり、金属アレルギーを発症することも数多く見られました。
勿論、難病患者や高齢者などにとっては身体が自由に動かせるようになるので救世主のような技術ではありますけどね。
ただし、まだまだ先が長い若い方が使う技術では無いように思います」
「そうなの……技術が発達しても世の中ままならないものだね……」
“裏”を知ってしまうと、とてもやりたいとは思わなかった……。
“非常に安全”と言われているコスモニューロンすらも一定以上のリスクがあるのだから……。
そういったことは長期的に見ていかないといけないだろうし……。
「とにかく、そう言った身体的リスクが嫌であるのならば、一足飛びは難しいので地道に積み重ねる今の方法しかありませんな。
現実は漫画やアニメのように急に強くなることも無いですし」
爺がストレッチをしながら静かにそう語った。
「とは言え、建山さんや爺は元から強かったんじゃないの? 流石に動きが尋常じゃ無さすぎるでしょ……」
僕はゲームでゼロコンマ1秒の反射神経が要求される都合上、動体視力だけは良い方だと思うのだが、それでも動きが捉えきれないことが多い。
玲姉を始めとした雲の上に位置しているトップクラスは、何か“特別なモノ”があるに違いないと思ってしまうのだ。
「確かに、ある程度の素質も重要ではあると思いますよ。
私は何でも呑み込み早い方でしたからね。色々なことをやってきましたがその都度師事してきた方々からは目を丸くされましたよ。“こんな人は初めてだって”ね」
建山さんは細くて見た目が強そうでない分、そのギャップも驚きの要因の一つだろうけどな……。
「ほら、やっぱりそうだ」
「ただ、どのような“天才”と言われている方でも一定以上の地位におられる方は全く努力をされていないことは無いと思いますよ。
例えば玲子さんであれば力が強すぎて制御するのが大変だったとお聞きしていますしね。
私も、色々と紆余曲折があって今この立場にいるわけですしね。
それぞれの壁や課題や悩みを乗り越えていると思います。
勿論、何の才能も無い方から見るとそう言ったことは“贅沢だ”と思われるかもしれないんですけど」
建山さんは“自分に何があったのか“までは”聞くな“と言った感じで決して言いたくは無さそうな雰囲気を感じた。
柔らかい表情で話してはいるものの何か“闇”に近いものを感じてしまった……。
「それならば虻輝様にも特別な才能はありますぞ。何と言っても虻利流の継承者に相応しい血族のお方ですからな。適正につきましてもデータを偽装していなければ非常に高いものですし」
爺がニコニコとしながら話した。その笑顔は逆に恐怖を感じた……。
「あ、そうなの……」
全く必要としていない才能だがな……。
鍛えられるだけ厄介だが、先ほどの話からすると体を無理やり強化するのも問題があるから本来であれば喜ばなくてはいけないんだろうけどな……。
「やはり、ゲームとはいえ絶対王者とも言える立場の方ですから判断能力は的確で素晴らしいですよね。
後は身体さえついてくれば問題無いと思いますよ」
「はぁ……そうは言うけどね。身体が付いてこないのが最大の課題なんだよね。
一体どうしたら良いものか……」
「やはり体幹強化のための訓練が欠かせませんな。
体の芯が定まっているのといないとでは全く動きが変わってきます。
そうと決まればリアル世界に戻りますぞ!」
「はい……」
その後腰が悲鳴を上げるまでスクワットさせられた……。
ノルマが終わった直後はもう立てなくなるのではないかと思うほどの鈍痛に襲われたものだった……。
風呂に入った時には身体が溶けて無くなるのではないか? と思うぐらい気持ちが良かった……。
僕の身体の上では疲労が抜けきったと判断したこともあり、今後は当面の間はリアルでの訓練に戻るとのことだった。
果たしてこの身体は彼らの過酷な訓練を耐えることができるのだろうか……と改めて不安を感じずにはいられないまま眠りについたのだった――勿論ゲームをしながらではあったけど(笑)。




