第12話 危険なデート
……これまでも“2人きり”っていう瞬間は何度もあったのですが、いざこういう事になると緊張しますね。
別にどこか遊びに行くわけでは無いですから“デートらしくはない”と思うので“抜け駆け”でも無いと思うんですけど、心のどこかにか後ろめたさみたいなものもあります……。
「島村さーん!」
無意味に大きな声で虻輝さんが私のことを呼んでいます。
そう言えば虻輝さんは私のことはずっと名字ですよね……。
私も心の中では名前でお呼びしていますけど、外では呼んでいないので他人のことは全然言える立場では無いのですが……。
「お疲れ様です。忘れていなくて良かったです」
「えぇ~僕ってそう言う風に見られてるの?」
「今朝の会話を聞いている感じでも怪しいと思っていました」
「玲姉に言われて定期的に今日の予定を通知してくれるように設定したから大丈夫――になる確率が上がったはずだよ」
「100%の確信が持てるようになるまでしっかりしてくださいよ。
玲子さんに全て管理されている状況って情けないとは思わないんですか?」
「は、はい……」
どうしてもっと優しい言葉をかけてあげられないのかと自分でも呆れるばかりです……。
自ら嫌われたいのかって思っちゃいます……。
「今回向かうのは地図のここです」
「え……何も無いけど……」
私が示したところは住宅地と公園の間にある場所でした。
「“何も無い“と思われる場所だから行くんです。行けばどういうことなのか分かりますよ」
「あ、折角だからタクシーで行こうよ。凄い微妙なところにあるしね。お金は僕が払うからさ」
美甘さん呼ぶとか言わなかったのが幸いです……。知り合いがいたらもうそれはデートじゃなくなりますからね……。
大学からタクシーで20分ほど行ったところに私の示したところはありました。
タクシーの運転手さんも正直行くのに慣れていない場所で当初困惑していました。
細い道を抜けた先に、少し広い空間が広がっていました。
「え……なんだこれ……」
着いた先は“小さな道場跡“みたいなことになっています。
どうやら私が最後に来た時とほとんど同じような状況になっているみたいです。
「簡単に言えば私はここで練習や訓練を積んでいました。
定期的に場所を移転していくことで虻利家や特攻局からの追及を免れていたんです。
都内でもこうしたタクシーの運転手さんでも把握しにくい場所は何カ所かあったので秘密裏に活動できていたんです。
主に土地整理で中途半端になってしまった場所や、相続人がいないまま放置されてしまったところを利用していました」
「へぇ、確かにそんな土地は所有者がいても文句は言ってこないだろうしね。興味深いね……。
でもそれを僕に教えて大丈夫なの?」
「今、現在使われていませんからね。“仲間を売っている”わけでは無いです。
でも、私が今虻輝さん達の側に立っているんだという事を証明したかったんです」
「なるほどね。でもこの間の僕の父上を護衛した一件(第2章54話~第2章最後まで)で虻利家としては島村さんのことを比較的信頼しているみたいだよ」
「そうなんですね。安心しました」
その割には警戒されているような……。モヤモヤが晴れません……。
でも、表向きだけでは安心しているフリをしておかないと……。
そんなことを考えているとキラリと奥の方で何かが光ったのが分かりました。
「危ないっ!」
私はそう叫びながら虻輝さんを突き飛ばしました。
その直後に私たちの頭の上を爆音が通過していきました。
恐らくは拳銃か何かが爆発したのでしょう……。
「な、なんとかなりましたね……」
私たちは警戒して姿勢を低くしながら旧道場を後にしました……。
「ほ、本来であれば男の僕の方が島村さんを守ってあげなくちゃいけない筈なんだけどね……。本当に情けなくて申し訳ない……」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
むしろもっと頼って欲しいぐらいですから……もっと近づいてもっと体を触って欲しいぐらいなんですから……。
「そ、それより当たってるんだけど……」
「あ……」
私が虻輝さんを庇いながら進んでいたので意図せずに胸を押し当てることになってしまいました……。
「ご、ごめんなさい……そんなつもりじゃ無かったんですけど……」
でも顔を赤くされている時の顔はとっても可愛いですよね――ただ、男性の方は“可愛い”と言われることに関してあまり良く思われないみたいなんですよね。
虻輝さんも玲子さんから言われた時不機嫌そうな顔をされていますからその例外では無いのでしょう。
だから、言いたくても我慢しないといけませんね……。
「一体どうしてこんなに都合よく反応したんだろう……」
「恐らくは熱センサーだと思います。ここに立ち入った者に対する攻撃するように設定されていたんでしょう……。私たちが侵入してから何秒後かに打つような設定がされていたのだと思います」
「こんなところ誰も注目しないだろうに……」
「もしかしたら私のような“裏切者”に対する報復なのかもしれません。
ここを知っている人が限られているのは事実ですしね」
「なるほどね。そもそも、実際のところ島村さんみたいに“途中で抜けた人“ってどれぐらいいたの?」
「基本的には皆さん現状に不満を持っていたので、多少のことでは抜けた人はいませんでしたよ。
少なくとも子供を育成するためのカリキュラムの段階で辞めた人はいませんでした」
「それだけ虻利家の存在は闇深いという事か……」
「でもカリキュラムを“卒業”した後には考え方を変えた人はいると思います。
現実的に難しいことを悟ったり、私のような色々な事情がその後にあった人だと思いますね」
私も本当に色々なことがありましたからね……。
「人生色々状況が変わることあるからね……。
僕も突如としてゲームばかりしていられる状況じゃ無くなっちゃったし……」
「私の前ではいつでも気兼ねなくゲームをしていただいて構いませんからね。
ゲームをしている虻輝さんもカッコ良いと思っていますしね」
「そ、そうなの……」
「あの……こんなことに巻き込んでしまいましたけど、虻輝さんをこんな目に遭わせるためにここに呼んだわけでは……」
「分かってるよ。ただ、ここが敵のテリトリーの中にまだいそうだという事が分かって良かったよ。他の場所も教えてくれない?」
「はいっ!」
「あの……それより、僕のことを名前で呼ぶようにしたんだ……?」
「あっ……済みません。馴れ馴れしかったでしょうか……?」
気が付かないうちに最近心に思っていたことが口に出てしまいました……。
「あ、いやそんなことないけど……」
「では、これからは“虻輝さん”とお呼びして良いですか?」
「ええ、あぁ……うん……」
「私のことも名前で呼んで良いんですよ?」
「いやぁ、僕たちはそんなに仲良くないからねぇ……」
「私が許可しているんですから。虻輝さん次第ですよ」
私は一つ息を吸ってからそう言い放ちました。
「ぼ、僕は、し、島村さんの好意は“幻想”なんじゃないかと思っているからね。
そ、そうじゃないと確信に至るまではちょっと遠慮しておくよ……。
きょ、今日は色々とありがとうね。誘ってくれて嬉しかったよ」
どうにも“見えない壁”みたいなものが私と虻輝さんの間に立ち塞がっているような気がします……。
でも、私への信頼が完全に失墜してしまったわけでは無いことが分かったので良かったです……。
次は私が名前で呼んでもらえる日が――いつか来るんでしょうか? 悲しいぐらい先の未来になるのか、もしかしたら一生来ないのかもしれませんけど……。




