第12話 サボりの口実
祥太はNPC相手にしきりに攻撃しまくっている。なるほど、先ほど僕と戦った印象そのままだった。
「なるほど、祥太は少し攻めっ気が強すぎるな。
まぁ、僕も今の祥太ぐらいの時は割かし適当にやっていたがな(まぁそれでも勝てていた が)。もうちょっと相手の動きを見て、それで次の相手の動きを予測しながら行動をするんだ。
攻めと守りのバランスが大事だぞ」
「そ、そんなこと言われても……」
「まぁ、ちょっと止めながら解説すると。
例えば、この瞬間相手が自分から見て右側の空中から左下に攻撃をしてくるとき、
この瞬間は思い切って右側にダッシュして逃げる。
すると、相手の攻撃を避けるとともに相手の後ろに回り込んで攻撃ができるわけだ」
対人戦だと時間を止められないがNPC相手だと時間を止められるので丁度良かった。
「な、なるほど……俺今まで普通に左に下がってた……」
「このゲーム3Dだから比較的逃げる領域が2Dよりかは遥かに広い。
しかし下がるばかりだと反撃がしにくいんで一方的にやられる。
思い切って勇気を出して懐に飛び込んでみるのも手なんだよな」
「なるほど……確かにさっき虻輝さんと戦ってた時もカウンターでやられまくっていた……」
「僕達プロにもなるとキャラごとのモーションの動きでどの攻撃や動きがきそうとか、足場ごとによる加速の差とかそういうところも極めている。
まぁ、そういうところまではまだ極めなくていいけどな」
「すげぇ……! そういや、虻輝『深い思考と相手の心を見抜く精密な読み』って言われてなかったっけ?」
「そうそう、そういう二つ名みたいなのもあったな。まぁ、最初はそんなところは分からなくても大体の動きで相手がどう来そうとか、それぐらいは漠然と分かったほうがいいぞ」
「な……なるほど」
と話してる最中、島村さんが硬直して顔が青ざめている表情が目の端に映った。
そういえば、さっきから灯里ちゃんの泣く声が聞こえる。何やら問題が発生しているみたいだった。
「あ、ちょっと自分で今の復習してみてね」
そう祥太に言って島村さんのところに向かった。
「どうしたの? 固まっているみたいだけど……」
いつもは結構強気な雰囲気か、玲姉に対して憧れているという感じの印象しかないので意外だった。が、よく考えてみればそれ以外の一面もあるのは当たり前だ。
「あ、あの……大変恥ずかしいんですけどオムツの替え方もミルクの作り方もわからなくて……」
まぁ、経験したことが無いのが分からないのは仕方ない。別にそれについて非難しようとは思わない。
「……心配するなよ。僕にも分からん。ただ、ネットで調べればいいでしょ」
「……私の携帯電話はネットをすることができないんです。電話しかできません」
そもそもそんなに情報を必要としていなかったのだろう。
ただ、それだから虻利の情報データの目をかいくぐって来たともいえる。僕ならそんな環境は耐えられないけど(笑)。
「あ……そうなの。なら、僕のコスモニューロンを使ってよ。まさか、僕が女児のオムツを替えるわけにもいかないしね。それで操作方法だけど――」
公開モードにして島村さんが操作できるようにしておいた。流石は島村さん呑み込みが早い。最初は戸惑っていたものの直ぐにコスモニューロンの操作方法に慣れていった。
「これでなんとかなりそうです。それに、あなたが女の子のオムツを換えていたら私が通報しますもの」
少し希望と余裕が持てたのが表情が柔らかくなりいつもの直球の毒舌で言ってきた。
「それじゃ、そっちは頼むよ。僕は祥太の世話をするので精一杯なんでね。長く目を離すとまた暴れまわるかもしれん……」
「ええ、これなら大丈夫そうです。ありがとうございます。もう戻ってもらって結構です」
島村さんはお礼を言うと共に、ちょっと僕に笑顔を向けてくれた! 例え社交辞令だとしても嬉しかった。
おっと、浮かれている場合でも嬉しさに浸っている場合ではない。急いで祥太のところに戻ると、NPCと戦闘しているみたいだった。
「お、いいね。さっきより断然動きがよくなっているよ」
僕のアドバイスが良いんだろうなぁ~。とか思いながら祥太のプレイをしばらく見ていた。
「ふぅ……そろそろ昼ご飯食べたいんだけど……」
「ふむ……なんとかするか」
特に食べたいものとかなかったので、皆の意見を聞くことにした。
昼は結局出前になった。島村さんも僕も料理ができないんだから仕方ない。祥太ご要望でラーメンになった。
僕はトンコツラーメンが好きなのでそれをササっと食べた。あのスープが麺と濃厚に混ざっている感じが好きなんだよな。祥太も同じようなラーメンを美味しそうにズルズルと食べていた。
それに対して島村さんはやむを得ずという感じで嫌々とシーフドラーメンを食べていた。
食べ終わって片づけまで終えた時、着信が入った。
「こんにちは、お食事中でしょうか? 失礼します。祥太と灯里は迷惑かけていませんでしょうか?」
高橋清美さんだった。初っ端、祥太にやられたことを告発してやろうかと思ったが……あれ以降問題行動は起こしていないし、告発するのは可愛そうな気がした。
「いや、丁度食べ終わったところです。この活動は好きでやってますし、2人とも可愛いし、元気にしてますよ」
「お世話をさせて頂いているついでにお願いしてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます! 実は祥太は学校に行きたくないっていうんです。リモート授業が小学校でもそろそろ解除されて学校にもうじき行かなくてはいけなくなるのに……」
僕も学校には行きたくなかったから気持ちは分かる。なんだかんだ言いながらも出席日数を数えながら休み、惰性で通いきったけど(笑)。
「元々学校嫌いだったとかはあったんですか?」
「そうですね……“こんなこと将来役に立つんだろうか”とか言っていたことはあります。その時私は最低限学校に行かないと社会で評価されないよって答えたんですけど……ダメだったんでしょうか?」
「いえ、問題ない答えだと思いますよ。分かりました。説得しきれるかどうかはわかりませんが、できるだけのことはしてみようと思います」
本心から言うと悪くはない答えではあるが、子供にはあまり響かなさそうな答えだなと思った。……まぁ僕が限りなく子供に近い立場だからだと思うけど(笑)。
「本当に……本当に。ありがとうございますっ!」
はぁ……とんだことを凄く気軽に引き受けちゃったな。でも流れ的に断りにくかったし仕方ないか……。祥太を果たして説得しきれるだろうか……。
昼食後、トイレに行ってリビングに戻る際に島村さんと灯里ちゃんの横を通った。すると、先ほどよりも余裕をもって灯里ちゃんをあやしている島村さんの様子がうかがえた。
「お、結構手馴れてきた感じだね」
「何事も経験ということですね」
「ほぉ、もうお母さんになれそうじゃないかその感じだと」
島村さんが僕の方を見ると鋭い視線を向けてくる。恐怖で震えそうになるのを何とか堪えた。
「あなたのお嫁さんだけにはなりたくないですけどね」
「まぁ、そりゃそうだろうね。僕もそんな関係になりそうだったら、逆に疑うだろうね。暗殺されやしないかと思ってさ。ハハハ!」
「私は暗殺だなんてしませんよ。正面から殺しに行きますよ」
「あっ……そ、そうですか」
『そこは殺さないですよ』とか否定する場面なんだけど……。ガチで正面から殺しに来そうで怖い……。
「そっちも順調そうですね。思ったよりもコミュニケーション取れているじゃないですか」
「ゲームという最強ツールが味方しているからな! もし、祥太がゲームが好きじゃなかったらガチで詰んでたわ(笑) そしたら職務放棄していたかもなぁ」
「……」
島村さんは言葉なく目を細める。その視線から軽蔑や侮蔑のオーラを感じさせた。
「じゃ、じゃぁ頑張ってね」
僕は島村さんの視線に耐えかねてその場を離れた。初めてと言って良いほどまともな会話のキャッチボールが成立したと思ったら“これ”である。やはり島村さんとの壁というのは容易には解消されないな……。




